魂の力/座学
麗奈がエーゲンメイムに迷い込んで一日が経った。初日に大仕事を終え、この世界での目標も決まった。そしてその第一歩として、麗奈はネミルに浄力の使い方を教わることになった。
「麗奈さん。じゃあ始めましょう」
「うん。ご指導よろしくお願いしますっと。で、何から始めたらいい?」
教会の一室で修業を始める二人。浄力の修行。まずは座学からだ。
「浄力について詳しく説明します。人間をはじめ、生物は肉体と魂で構成されます。魂は決まった形をしていませんが、肉体に影響されて形を変えるんです」
「へぇー。中にあるものが外側に影響受けるって、なんか意外だね」
麗奈は少しずつかみ砕きながら力の成り立ちについて理解を深める。
「魂はたいていの場合、これまでの人生で影響を受けてきた、自らが望む姿をしていると言われています。ある意味で、その人の象徴ですね」
「……どんな姿をしてるとか、そんなのもわかるの?それとも、ただそういわれてるだけとか?」
「人間が浄力、ないし特異な力を発動するためには、魂から力を引き出す必要があって、自身の内側にある魂の根源とつながらなければならないんです。その時に自分の内側を見ることができると言われています」
魂とはいわば、外側から影響を受けた、自分自身の在り方が形となったものだ。魂とつながり、そこから力として定義された在り方を外界に引き出す作業が求められる。自分の内なる領域に存在する魂と接触して初めて、超常の力に手が届くのだ。
「麗奈さんは、自分が浄力を使ったときの感覚を覚えていますか?」
「え?そういわれるとどうだろう。あの時は必死だったし、あんまり覚えてないかも。青い光みたいなのが出た気がしたんだけど、内側がどうとかって感じはわかんない」
「麗奈さん。魂から引き出される力は、浄力だけではありません。その人が持つ在り方や理想、これまでの経験などから魂の形は変わり、力も変わっていくんです。私たちが浄力と呼ぶ力は、この世界の神々や自然、動物といったものに対する信仰心や祈りを魂の形として定めることで扱えるようになります」
「……えーっと……?じゃああたしが浄力使えたのおかしくない?あたし悪いけど、あんまり信心深い方じゃないしさ。あ。この体に引っ張られてってこと?」
「それもなくはないと思います。でも、麗奈さんは浄力で魔獣を浄化できることを知っていました。危機的状況を打破するために必要なものをわかっていたからこそ、魂はそれを求めてその在り方を形作ったのかもしれません。望む形に姿を変えたんだと思います」
「……そっか。確かにあたし、あの時必死だったし。でも、だったら一体しか浄化できなかったのはなんでよ」
疑問が1つ解決すれば、また新しい疑問が浮かんでくる。麗奈にとって魂の力とはいまだ理解の及ばない未知の領域だ。
「こんな言い方はあれですが、それは麗奈さんの経験不足が原因かと。力を引き出すためのイロハも知らなかったわけですし、修行を繰り返すことでつながる力は高めていくものですから」
「じゃあさ、レイナはどうだったの?すっごい浄力使えてた?」
身を乗り出しながら問う麗奈。己の未熟は承知の上だ。そのうえで聞いておかなければならない。この体は聖女のものだ。神託を受けてから自分が入れ替わるまで聖女として世界にあった少女。自分が目標にするべき彼女のことを知るべきだと、麗奈の心が叫んでいた。
「レイナ様は……その、並みの聖職者たちと比べても、浄力の扱いに苦慮していたようでした。魂の形や力も重要ですが、何よりも柔軟性や技巧が問われるので……」
「そうなんだ……そりゃ引きこもるよね。あんな感じでひっきりなしに頼んでくる人たちはやってくるだろうし、出来が良くないのを隠すのって大変だし」
麗奈が立ち上がる。その目には確かな光が宿っていた。
「ネミル。あたし、とにかくやってみるよ。自分の魂とつながって力を引き出す練習する。なので、その修行をつけてください!」
「わかりました。じゃあ、座学を終わります。一緒に頑張っていきましょうね。麗奈さん」
聖女は民衆からの期待を背負うもの。その重責に耐えることは並大抵のことではない。かつての聖女と同じ道を歩くと決めた麗奈は、レイナに対して妙な親近感を抱きながらもう一度決意を新たにする。世界を救うための力を必ず自分のものにしてみせると。
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