初仕事/聖女はじめました
馬車に揺られる麗奈。青い顔をする聖女は、同乗者たちの心配を誘っていた。
「聖女様。顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫大丈夫……あ、ヤバい。吐きそう……」
「聖女様ー!」
麗奈は緊張からか、不安からか、はたまたレイナの体質ゆえか馬車で酔ってしまったのだった。
「はぁ……はぁ……えらい目にあった……」
「聖女様。落ち着かれたところ申し訳ないですが、村に到着します。我々もできることは協力します。どうか魔獣と汚染された土地をどうにか元に戻してください!」
「もうちょっと休みたかった……」
嘔吐で余分な体力を消耗した麗奈に、
村の中におよそ30匹はいるだろう魔獣の群れが、異様な存在感を放っていた。
(どうしたもんかな……普通に殺しちゃいけないらしいし、村の人たちが期待するような力は使えないし)
麗奈は思考を巡らせる。今日だけでどれだけ頭を使ったかわからない。この大一番を前に麗奈の体力のほとんどは消費されていた。今の自分にできる最善を麗奈は模索する。やがて苦肉の策が浮かんできた。
「よーし。やってやりますか!この!聖女レイナ様が!華麗に魔獣を浄化して見せますとも!」
威勢よく
「浄力~!それ浄力!あれ、効かないのかな?浄力だってば!おりゃ!」
はた目から見て、その行動は怪奇だった。聖女が腕を振って浄力を発動している。しかし、何も起こらない。
「せ、聖女様……どうされたのですか?」
「わ、わかんないよそんなの!え?ちょ……」
麗奈が魔獣に背中を見せて村人とやり取りしていると、魔獣がとびかかってきた。
「いやいやいやいや!無理だって!無理無理!ヤバいヤバい!」
麗奈はパニックに陥っていた。背中を魔獣の爪が切り裂いた。背中に走る痛みは麗奈の頭を恐怖で支配していく。
「聖女様~!終わりだ!この村はおしまいだぁ~!」
「いや、だ、大丈夫!大丈夫ですから!そんな、叫ばないで!あ!そっち行ったー!」
魔獣の群れから数匹が離れ、加速しながら村人たちを狙う。恐怖の表情を浮かべる村人たち。棒切れや農具で抵抗を続けるものの、努力もむなしく、けが人が増えていく。民家から男たちが飛び出してきて魔獣に応戦するが、それに呼応するように魔獣の群れは村人たちを襲いだす。
背中の痛みに耐えながら立ち上がる麗奈。あさましい計画が失敗した。自分に浄力が使えないことはわかっていた。それでもこの体は聖女レイナのもの。何かの拍子に浄力が発動してくれないかとも願った。段取りとしては、自分一人の力ではどうにもできないほど強い相手であると村人たちに認識してもらい、教会に助けを呼ぶように進言するつもりだった。くだらない見栄を張り、即席で考え、失敗など想定していないお粗末な作戦で事態は悪化した。
麗奈にはわかっていた。自分が聖女に求められることは何一つできないことが。断ってもよかった。仮病でも何でも使って、レイナのように逃げてもよかった。そうすれば誰かが代わりにこの村を救ってくれた。それでも麗奈が聖女のふりをしてこの村を訪れたのは、村人たちに頼られたからだった。麗奈の父親は消防士だった。だがその父親はすでに死去している。火災現場から少年を救いだして。父親は全身にやけどを負って
村人の一人がしりもちをついた。魔獣の爪がその命を奪おうとする瞬間。鮮血が飛んだ。
「せ、聖女様……」
「ま、間に合った……」
麗奈は村人の盾になった。右肩から胸元まで切り裂かれ傷口が赤く染まる。気の遠くなるような痛みが麗奈を襲った。
間髪入れず第二撃が飛んでくる。麗奈が死を覚悟したときだった。青白い光がほとばしり魔獣に衝突したかと思えば、魔獣は野生の獣へと戻り倒れこんだ。
「い、今のは……」
「聖女様!大丈夫ですか!?」
村人が駆け寄る。魔獣が一匹消えただけで、村には魔獣があふれている。すぐに別の個体が麗奈たちを狙う。
その時だった。四台もの馬車が村に突入してきた。中からは神父やシスターたちが現れた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ネミル。来てくれたんだ。ちょっとうれしいかも」
馬車から現れた聖職者たちは、協力して魔獣たちを浄化して見せた。魔獣はただの獣へと姿を変えていく。何事もなく住処へ走っていく個体もいれば、衰弱して死んでしまうものもいた。続いて土地の浄化が行われ、村は救われたのだった。
村の家屋の一室にて、麗奈はネミルの手当てを受けていた。
「……麗奈さん。前も後ろもひどいけが……こんな無茶、いったいどうして?」
「はは。聖女のふりも楽じゃないね……見栄を張っちゃってさ。断れなかったんだ。何もできないのに。自業自得って言っちゃえばそれまでだけど、でもね、浄力が使えなくても、あたしが助けられる人がいるならって。気づいたら肩からざっくりやられちゃった」
麗奈は一呼吸置いた。この体はレイナのものだ。死んでいてもおかしくないような傷を受けたはずだった。傷は右肩から胸元までに達し、心臓近くにまではいかなくてもショック死していても不思議ではなかった。それでも生きていて、言葉を交わすことはできた。それだけではない。魔獣の一体を浄化したはずだ。多くの疑問が麗奈の頭を駆け巡る。
「ほんと、良く生きてるよねあたし。やけに頑丈なこの体に感謝しないとだね」
「……そういえば、麗奈さんが守った村人から聞いたんですが、魔獣を一体浄化したとか」
「うん。よくわかんなかったけど、たぶんあれが浄化ってやつだったんだね。あたしにはできないのは知ってたけど、なんでいきなりできたんだろ?」
ネミルが黙り込む。浄力のことは四十代半ばのシスターから聞いたのが最初だった。修行を積まなければ扱うこともままならないそれを、火事場のバカ力的な豪運で偶然発動させた麗奈。信託が下された聖女の体だからだろうか。
「力を使うって感覚がそもそもわかんないんだけど。何がどうなってどんな原理で浄化ってのが行われてるのかも、一切何もわかんないよ」
「……麗奈さん。司祭様はあなたに、怪しまれるから話し方を正すようにおっしゃられました。でも、レイナ様の代わりに危険を冒すようにとは一言もおっしゃられなかった。今回のことは……」
「……あたしが勝手にやったことだよ。ネミルが気に病むことじゃないよ。もちろん司祭様も。そんな気にしないで。それにあたし決めたんだよね」
「それは?」
「今のあたしは、世界を災厄から救うことを期待される聖女で、あたしは頼られたらそれに応えたい。誰かのためになるなら頑張りたいから。だからあたし決めた。あたしが聖女で世界を救うって!」
これは一人の女子高生が聖女として異世界を救う物語。彼女は彼女の物ではない青い瞳に意思を宿す。大それたことではない。頼られたのなら。誰かのためになるのなら。あの背に追いつけるのなら。かくして少女は、入れ替わりによって投げ渡された聖女という在り方を歩き出す。ほかならぬ自分自身の意思で。
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