始まる学校と崩れる日常
事実は小説よりも……いややりすぎ
制服に身を包んで、少し着いた埃を払う。
久しぶりに着た気がする。長らくスタラで居たから、というのも理由なのだろうか。鏡を見ると、首にぶら下がった宝石が揺れ動いていた。
「出来るだけ喋らないでくださいね?」
「そこは弁えているつもりです。空さんの平穏は崩しませんから」
夏休み明けて久しぶりに会った友人が謎のネックレスを付けている、というのは男子高校生にとって平穏を崩しかねないスキャンダルになりかねないと思ったが、口に出すのはやめておいた。
こんな時に校則が異常に緩いうちの学校に感謝する。偏差値はそこそこ高い為絶句するような格好でくる人間は少ないが、小物を付けたり、髪色をいじったりぐらいはよく見る。
そんなこともあってかファッション目当ての進学者が多かったりもするのだが、それは余談だ。
「……っし、行くかな」
◇
満員電車に揺られ、そこから徒歩数分。
摩天楼立ち並ぶ中でも異常な面積を誇る学校と対面した。そこは環涼高校、自由で、広大な高等学校である。
「おは」
「おは〜」
「いいもんつけてるね?」
「そりゃどうも」
廊下を入り乱れる知り合いに挨拶しながら、教室に向かって行く。いつもの俺を知っている人間は俺の首元を見て一瞬怪訝な顔をするが、そこまで不審に思われているようには見えなかった。
さすがこの高校に住まう人間だぜ。
「ふぅ」
席に着いて、のろのろと準備を開始する。
窓から射す日が眩しくてしょうがなかった。
「お、お前そんなのつけるタイプだっけ?」
俺の席の後ろに座っている友達から声を掛けられる。
「貰いものだから付けないわけにもいかないじゃん?」
「そうかぁ?……ま、空ならしそうなことではあるか」
「だろ」
できるだけ納得されそうな理由を考えておいて助かった。今まで貰いものとか贈り物とかを出来るだけ身に付けたりしてたのが役に立った。
今まで貰ってから使ったことのないもの何て、旅行帰りの友人からもらった七色に光る帽子ぐらいだ。
「ま、似合ってるしいいんじゃね」
「……褒めても宿題は写させねぇよ?」
「やってるわ馬鹿が。信頼ゼロか??」
「日頃の行い」
「正論は一番人を傷つけるんだぞ」
何気ない雑談を繰り広げていると、在る場所が目に留まる。俺の席、その隣。いつもなら眼鏡をかけた女子が座っていた筈だが、彼女が一つ前にずれていることに気が付いた。
「席、間違えてない?」
「ん?あぁ、私もよくわかんないんだけど、ここら辺だけ席変わってるっぽいんだよね。前、見てみ?」
「……マジだ」
教室前方の黒板に書かれた座席表を見ると、俺の近くだった数人の席が変更されていて、俺の隣に至っては空欄になっている。え、空欄?
「お前、何やったんだよ」
「何もやってない。信じてくれ」
「何かされた?」
こいつ、俺が吐かないと判断した瞬間に元々隣の座席だった人間に話しかけやがった。彼女は首をひねり、思い出すように呟いた。
「私は特に何もされてな……いや、夏休みの間にカツアゲを……」
「ちょっ!!??」
してない!!断じてしてない!!
「お前……流石にそれは」
「待って??待ってガチで。冤罪の中の冤罪。冤罪オブザイヤーだよこれ」
「ふふっ。冗談」
「やめてよ……心臓縮む……」
いつも通り、というには中々騒がしいが、久しぶりに浴びる空気だと思った。好き勝手ふざけるし、ふざけてくる。ゲームをするのもいいが、日常に浸るのも大事だ。
「あー、ホームルーム始める前に、一個ニュースでーす」
がら、と扉を開け、やる気なさげな猫背の先生が入ってくる。
「え、宿題増えるとか?」
「抜き打ちテスト?」
「全員退学?」
「俺の事を何だと思ってるんだお前らは」
やる気が底辺まで落ち込んでる癖に授業が異常にわかりやすい変人、かなぁ。
「良いニュースだ。お前らにとってはな。入っていいぞー」
開きっぱなしの扉から、一つの影が教室へと踏み込んでくる。
彼女が現れた瞬間、教室の空気感が変わった。殆ど足音も無く、美しい佇まいで黒板の前に立った彼女は、先生と打ち合わせしていたのかさらさらと黒板に文字を書いていく。
「
「転校生だ。喜べお前ら」
綺麗な人だった。でもそれ以上に、見慣れていた。
整った顔立ちも、声も、体格も、優しい瞳も……日本人ではありえないだろう、深紅の瞳と髪も。転校生として現れた彼女は、
「……は?」
「「「「「うおおおおおおお!!!!」」」」」
思わず零れた間抜けな疑問は、血の気の多い男ども(と女子数名)の雄たけびによって幸運にも掻き消される。
待って、待ってくれ。何で、なんでだ?一つも意味が分からない。というかキャラクリしてないの??そのまんま??ネットリテラシーは
「偶然、宵乃の横が空いてるな。色々教えてやってくれ」
「」
やりやがった、あの教師。
俺が今まで面倒ごと引き受けてたりしたから、自分がやりたくない転校生の学校の案内任せやがった。あーほら、男子からの嫉妬の視線でそろそろ潰れるぞ俺のメンタル。
そんな葛藤をよそに、華火花は……三花って呼ぶべきか。三花は机の間を歩いて、俺の隣に座る。
「よろしくね。宵乃君」
「よろしくお願いします……」
血の気が引いていくのを感じる。
正体のわからない悪寒が首に巻き付いている。というか何で髪色までそのまんまなの!一目でわかっちゃ
「綺麗な黒髪!」
(……??)
黒髪、今黒髪って言ったか?三花を見て?
じゃあ今俺が見てるのはなんだ?赤色の髪を揺らしている彼女は何なんだ?
落ち着け、整理しろ。状況を咀嚼して考えろ。
翌々考えれば、三花が出て来た時の反応は赤髪の人間にする対応じゃなかった。いくらここであったとしても、だ。つまり、俺からしか見えていない?よし、この情報を踏まえて結論と行こう。
(幻覚か、遂には)
華火花が同じ高校に入ってきたのは真実だと仮定しても、髪色が違く見えたり、遡ってみればネックレスから女の人の声が聞こえてくるのも変だった。そうだ、其れしか考えられない。そろそろ精神科行くか……。
(失礼じゃないですか?)
(うわ)
頭の中に声が響く。
最近聞いたばかりの声だった。脳内テレパシーできるんなら最初からそれでよかったじゃん。
(私の声は幻覚じゃありませんし、空さんが見えているのは幻覚じゃありません。時間がある時、しっかり解説しましょう)
(……それまで見て見ぬふりをしろと?)
(幸い空さんがスタラさんだとは気づかれていないようです。こちらから干渉しなければ、イレギュラーが起こることはないかと)
(まぁ、確かに?)
言っていることはその通りだ。
俺がスタラだというのを三花は知らないし、早々バレるものでもない。そこそこの距離を置いて、不通に過ごしていれば波乱は起こらな
「そのネックレス、さ」
(終わった)
唯一「俺=スタラ説」にたどり着けるであろう手掛かりに最速で手を掛けられた。もう終わりだよ終わり。何が何だかわからないままジエンドだ。
「私の知り合いも持ってて。どこかで買えるの?」
「あーっ……これは貰いものだから、何処で買ったかはわからないと言いますか……」
「へぇ」
凄く疑わしいというか、探るような目つきで三花はこちらを見てくる。でも、俺が危惧しているような速攻で身バレのような展開にはならなかった。
そりゃそうだ。ゲーム内での華火花の洞察力が凄いイメージが先行していたが、普通に考えて性別が変更できないゲームで女アバターを操作してるなんて思われるはずがない。
(せーふ……)
首筋から冷や汗が伝るのを感じながら、第一の危機が去っていくのに安堵したのだった。俺の日常は、早々に崩れ始めているらしい。
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