一難去って五難くらい

 あれよあれよと混乱したまま一日を過ごし、ようやく始まった昼休み。


「行くぞ野郎ども!!」


「出陣!!」


 視界の端では購買に突っ込んでいく男子たちの姿が見える。

 この学校のスローガンでもある自由。それが適応されるのは生徒や先生たちだけでなく、学校の仕組み自体にも組み込まれている。


「なに、あれ」


「あぁ、三花……さんは初めて見たんだよね」


 呼び捨てにしかけた口を何とか引き留め、困惑した様子の三花に説明する。


「この学校、一階に購買あるのは知ってる?」


「一応。パンフで見た」


「それがめっちゃ旨くて安い」


「あぁ」


 何かしらに合点がいったのか、三花は数回頷く。

 高校生の胃袋を満たすために大量、そして意味の解らない程美味。噂によれば元ミシュランのプロが裏にいるとかなんだか聞いたが、高校で流れる噂なんて八割嘘なのでそういう事なのだろう。


「ん、でも宵乃君は行かないの」


「行かないというかまぁ、命が惜しいというか」


「?」


 この学校は学業をそこそこにして部活に専念するのもある程度許容しているからか、部活がめっちゃ強い。全国とかがポンポン出るくらいには強い。

 ということで何が起こるかと言われれば、購買へのダッシュはもうダンプカーとかと同じくらいの破壊力を持っている。か弱いゲーマーの俺が巻き込まれて無事で済むとは思えない。


「弁当、持ってきててよかった」


「別に残るものは残るんですけど、安全性を考えるとやっぱりこう……」


 安い、と言っても費用対効果の話だ。つまり量に比べれば安いという訳で、弁当作った方が基本的に安い。めっちゃ面倒ではあるけど。


(そろそろ、良いですか?)


(……良いですけど、お手柔らかに)


(善処します)


 弁当(自作)を開封している所で、夜空の破片在住のシリカさんから声がかかる。今も進行形で続いている、三花がL2FO内の、華火花の姿で見えていることに付いて解説してくれるらしい。


(では、一度夜空の破片を外してみてください)


(?)


(騙されたと思って)


 箸をおき、ネックレスを外す。

 じゃらじゃらと蠢くそれを机に置いた後、三花の方へ首を回してみると


「……」


「何かついてる?」


「いや、なんでもないです」


 顔を、というか三花全体を見すぎていたのか、不思議そうに彼女が質問してくる。な瞳が、真っすぐに俺を見据えていた。

 黒髪黒目。整った顔立ちこそ変わっていないが、今対面している三花の容姿は日本人のそれであった。


(どうです?)


 再びネックレスを首に付けると、三花は華火花として現れる。

 頭が痛くなってきた気がするが、ようするに、あれだ。


(このネックレスの影響で見えるようになってると)


(正解です)


 一つ息を吐き、弁当のおかずに手を付け始める。

 お、から揚げめっちゃうまくできてるな今日。


(夜空の破片によって、空さんの視界は因子の本質が見えるようになりました)


(……簡潔に)


(ネックレスを付けると真の姿がわかります)


(わかりやすい)


 ぱくぱくとおかずを口に放り込みながら、大体の事象を理解する。

 ゲーマーは設定に対する理解だけは早い生き物なのだ。


(要するに、フィルターを取っ払う効果がこれにはあると)


(そう考えて頂けると良いかと)


 何故かはわからないが、L2FOの開発元は人間の真の姿が見えるようになるマジック・アイテムを俺に寄こしたらしい。何でだよ。


(実は脳を弄られて俺の視界でそう見えるだけ、みたいなのは?


(無い、とは言えませんね。証明方法がありませんし)


(そうですか)


 ……正直、賢くいくならこのペンダントを放り投げるのが良い気がする。身の丈に合わない異変も、力も。日常を壊すだけだってのは小さい頃に学んだ。これを持っていて何かに巻き込まれる予感がしているのは確かな事だった。

 だから、視なかったことにする。それが正しいんじゃないかと心根が囁いていた。


 でも、どうにもそれは出来ない。

 キャラクリの時に聞こえた声、それに、花小僧と戦っている時に見えた人影、それらが全て、シリカさんなのだとしたら。彼女は、俺の過去を知っている。そして、それを認めているような言動をしている。

 あの過去を、背中に巻き付いた恐怖を知ってくれる誰かが居るのが、嬉しいというのは本音だった。


 それに、この中には人の人格があるのだ。

 そう簡単に捨て去れる程人の心が無い訳ではなかった。


(それで……俺は、これからどうすればいいんですか?)


 思わず尋ねる。

 どれだけ設定を連ねたところで、本筋が見えなきゃクソシナリオだ。それに、何に巻き込まれているのかもわからない状況で、何か指針が欲しいというのは本音だった。


(一つは、普通に過ごすことです)


 白米を口に運びつつ、シリカさんの声を聞く。


(私と、夜空の破片は備えにすぎません。異変が起こった時、貴方とその周囲を守るための力です)


(そう使うものではないと?)


(使う状況になるべきではない、というのが正しいでしょうか)


 水筒に口を付ける。

 護身用、というべきか、使う状況になるべきではないというのがシリカさんの見解であるらしい。普通に過ごせるならそれほど有難いことも無かった。


(二つ目は、L2FOを、スタラとして進める事です)


(これまた唐突な……いや、順当と言えば順当ですね)


 スタラとして戦い続けたからシリカさんが現れたのだから、それを求められるのはよく考えれば当然だ。


(空さんにしていただきたいことはこれくらいでしょうか)


(わかりました)


(押し付けた私が言うのもあれですが、呑み込みが早いですね)


(そう、ですかね)


 ぱたん、と弁当の蓋を閉め、両手を合わせた。

 呑み込みが早い、というより、現実を飲み込めていないのもあるんだと思う。ゲームの延長線にあるような、それくらい、非日常的な話だった。せめてもう一つ理由を挙げるなら


(起きたことはしょうがない、進まない理由にはならない。そう、思うようになったんです)


(正しいですが、それは辛い道ですよ)


(正論ですね)


 失った時も、壊れた時も。蹲って、這い蹲って、でも、現実は変わらなかった。

 だから、現実逃避でも、空元気だとしても前に進んでみる。それが、最近俺が出した答えだった。問題から逃げていると言われればその通りなのかもしれないけど。


(だから、大抵のことは受け止めるように……)

「すいませ~ん!理科の先生はここに……」


 俺の思考にかぶさるように響いたのは、明朗快活で、何回も、何十回も傍で聞いてきた女の子の声だった。

 うちの高校の制服に身を包み、長い金髪を揺らすその姿は、まさしく世界の最前線をひた走る魔術師その者であった。


「……輝來?」


「はぁ???」


「え、華火花!?」


 やっぱり、受け止められないかもしれない。

 いや待てよ。待ってくれよ。華火花だけなら偶然でギリ片付けられなくもないが輝來まで来たらもうそれは偶然とかそういう規模じゃないだろ。オールスターじゃん。


「何でここに……って、先生いない?」


「多分先生なら理科室にいますよ~。寝癖ぼさぼさの猫背だったらその人です」


「ありがと!華火花!色々聞きたいけど後でね!また来るから!」


 どたどた、と走り去っていく輝來の後姿を、渦巻く困惑に対処できないまま見送ることしか出来なかった。


(空さん、先に言っておきますが)


(もしかして、何か知ってることが?)


(私は何も関与してませんし、今驚いています。輝來は動ける状態じゃなかったはず)


(ただのお手上げ宣言だった)


 何が起きてるんだホントに。

 切実にそう思った所で、昼休みも終わりに差し掛かるところであった。

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