第三話 咲き明け

マイクを渡されて先生は一呼吸置いた。

「すーっ。フー。まず皆さん保護者生徒関係なくここまでのご足労お疲れ様でした。私は教員免許を取得して研修も1年間別の学校で行って今は21歳です。どちらの大学もITを専攻していました。ですが、教員免許を取得したのは歴史です。なので、これからは生徒皆さんに歴史を無理なく教えます。また、勉強はやらなくて良いという選択肢もあります。社会に出て働くと勉強は全くの別物であるため、学ぶのは自分次第です。ただし、自由に生きる技術を身につけて、より幸せに生きたいなら勉強は励むべきです。そして、60代を越えようとも勉強は可能で楽しめます。それだけ没頭できるくらい最強の遊びだと私は感じます。以上です。生徒と保護者、学校の教師の皆さん今後とも宜しくお願いします。」

バチバチと大きく多い拍手が体育館に鳴り響く。私は思った。こんな。こんな天才な人がどうしてここに?それに何でITから歴史と明らかに別部類の科目で教員免許を取得できたのだろう。大学名から分かるように天才すぎる。カヤが私に顔を向けて小さな声で言う。

「ねぇ、もしかしたらサナさんの話せない事情、小澤先生なら治せるんじゃない。」うん。初対面で私が他人に話せないことを理解したのだ。小澤先生の洞察力と頭の良さから不可能を可能にできるかもしれない。高校生活に希望が少し見えてきた。


〈入学式終了後、再び教室へ〉

皆自分達の担任が優秀なことに喜んでいた。教室の入り口ドアが開き、小澤先生が入る。歩いて教壇に立ち、場が騒いでいるのを抑える。

「さ、席に着いてー。明日から授業や部活が始まるから説明するわよー。」

各々座り込んで明日の予定を先生が説明する。説明が終わり、先生は何か思い出したようにそういえばと目線を少し上に向けて言った。

「言い忘れたけど、日直は出席番号順からねー。と言っても、簡単な日報を書くだけだから。内容はその日全体の出来事と自分自身のことのみ。別に行や字数制限はないから最悪一行でも構わないわ。」

要は自由に書けと言っている気がする。カヤはやった!と嬉しそうにしていた。私はカヤに文章書くの苦手なの?とメモに書いてそっと横の机に置いた。

「ん?あ、そうなの。私これまで陸上一筋だったから。この高校はスポーツ推薦で入れたし、偏差値高くて進学校の割には補習がないからラッキーだった。」

そうなのか。まぁ、入学するまでの試験が厳しかった割には、自主生を重視している。恐らく、この学年は大抵勉強熱心で校則も破らない人が多い印象だ。カヤのようにごく僅かな功績を持つ者が少ない気がする。と、考えるうちに帰りのチャイムが鳴った。

「はい、今日はお疲れ様ー。明日から授業あるから準備忘れずにねー。」

そうして各々カバンに荷物を入れて帰る準備をする。席を立ち、早速仲良くなった組で一緒に教室を出ていくのが見受けられる。私とカヤも一緒に帰る。校舎を出てカヤに手を振る。

「じゃあねー、サナさーん。また明日ー。」

常に元気で笑顔が絶えないなぁ。相対している私も元気になっていく。カヤといると不思議と晴れやかな気持ちになる。

自転車置き場に向かい、自分の自転車を見つけて鍵を掛ける。カバンを籠に置いた時、真横からさっき聞いた声がした。

「あれ?サナさん!?また会っちゃったねー。」

ビクッとして、真横にいる人を見ると、カヤだった。えっ!?

「あー、私別方向から自転車置き場に向かってたから気付かなかった。ちょっと陸上競技場を通り見ながらこっちに来た。」

そうなんだ。まだ陸上に未練があるのかなぁ。

「にしてもたまたま隣に止めていたとは。偶然というか運命だね。」

ニコッと私に対して笑う。恥ずかしくなって私は顔を背ける。カヤは言葉の重みや羞恥心とは無縁な人なんだと知った。私とは真逆な存在だ。羨ましいなぁ。

「それじゃ、一緒に帰ろう。たくさん話しながらね。」

カヤは突然何か思い出した顔をした。

「ごめん!話は聞くだけでも良いよ。それも嫌なら私話さないよ。」

ああ、私が話せないことを再び思い出したのか。思わず普通に話ができる人だと勘違いしてしまったらしい。無理もない。初日から無言で幽霊みたいな存在と友達になって続くわけがない。そう更けっていると、カヤは笑顔のまま問う。

「うーん。そうだ!ライン交換しよ!別に自転車押してる時は無理に話さなくても、家や学校ではラインを通じて話せるね。」

頷く。それがいい。お互いスマホを出して交換する。

「さ、帰りますか。初日から疲れたー。」

そうして一緒に自転車をゆっくりと押して話さないまま帰る。カヤはルンルンと鼻歌をしている。ポジティブだなぁ。周りの桜が開いて彼女はピンク色に包まれる。

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