第12話 美少女、初めての光景に戦慄する

 ゴブリンとの戦闘が始まった。彼らも犬型と同じく、群れを作って戦闘を行う。

 知恵があること以外は、さほど犬型と変わらない。


「ゆあ、右から来てる」

「了解」


 現在ここにいるのは3匹。だけど、棍棒を振り回す彼らにゆあは苦戦しているようだ。

 俺はとりあえず見守ることにする。あくまで整備士だし、整備士は命に関わるとき以外戦闘してはいけないルールがある。

 ゆあは棍棒を避けつつ、隙間から剣でゴブリンを斬ろうとする。だけどタイミングが上手くいかず、こけてしまった。まだ第2層に来てすぐだ。こんなこともあるだろう。


「俺が気を引く。その隙に立て。じゃないと俺もお前も死ぬぞ」

「分かった」


 俺はゴブリンのうち1匹を、ナイフで一突きした。

 途端に周りにいた2匹も、こちらに気を取られる。俺に向かって飛び掛かってきたゴブリンたちを、素早く立ったゆあが斬り捨てた。


「どうにか上手くいって良かった」


 俺はほっと息をついた。普段は戦闘をしない俺だ。ゴブリン1匹とは言っても、闘うのには緊張感がある。

 コメント欄はどうなってるのだろうかと確認してみると……


 "腕が"

 "もしかしてゆあちゃん?"

 "いや、ゆあちゃんケガなさそう"

 "えっ、死体?"

 "ダンジョンやば"


 思いがけない反応に、俺はカメラを覗いた。

 確かに、右端に人の腕が落ちているのが見える。さっきはゴブリンに気を取られて気づけなかった。

 ちょっと待ってこれはかなりヤバいんじゃないか?

 放送事故、という言葉が頭をよぎる。


「す、すみません! すみません本当に……画角変えます。ちょっと揺れますがお許しください」


 謝り倒し、カメラの向きを変える。

 近くで休んでいたゆあが、こちらをじっと見た。


「どうしたの?」

「いや、ちょっと映ったらよくないものが……」


 ゆあもコメント欄も見て納得したようだった。恐怖に満ちた目で腕を見つめると、なんとなくこっちに寄ってくる。


「あれは……ゴブリン?」

「だろうな」


 ゴブリンは嚙む力が強いし、腕が噛みちぎられるなんてことがあってもおかしくない。だけどじっとその傷口を見て気づく。


「ナイフ……?」

「え?」

「いや、なんでもない」


 噛まれたにしては傷口が綺麗すぎる。それに、棍棒で叩かれたにしても、あまり潰れていない。

 まるでナイフで切られたかのような……


「それより本当に大変なものを見せてしまってすみません。整備士としてしっかり回収します」


 もしかしたら、ここで命を散らした人の腕かもしれない。遺族がいるなら、その方にもお渡ししたい。

 カメラをゆあに預け、腕の場所へと向かう。

 整備士になるための講習で習った方法で、しっかりと布で包み込む。きっと誰かの大事なものだったはずだから、丁寧にしてあげたい。


「……持ち主の元に戻るといいわね」


 ゆあが呟いた。それに頷き返す。

 いろいろと疑問の多い傷口だったけど……もしかしたら探索者同士で喧嘩とかしたのかもしれないし。

 深く考えてもしょうがない、はず……







 あれから俺たちは第2層の中を進み続けていた。かれこれ10分ほど経っているが、ゴブリンたちには出くわしていない。

 一応コメント欄は優しい言葉で埋め尽くされていて、安心した。どうやら配信中に人の死体が映ったり、配信者が死んでしまうことはよくあることらしい。どんなホラーな配信なんだよ。

 ゆあもこのダンジョンの脅威を目の当たりにしたからか、表情に緊張感が満ちている。


「なぁ、ゆあ」

「なに? 急ぎ足で行く?」

「いや、ご飯にしよう」

「は……?」


 困惑気味のゆあを連れて、近くの岩場に腰を下ろす。


「そ、そんな。悠長なこと……」

「ダンジョンの中はあんなもんだ。ここから階層を下に行くともっとひどい。こういう時に飯を食べられる探索者は強いぞ」


 ゆあが実際にああいうものを目にしたのは初めてだから、ショックは強いだろうけど。

 それに、俺たちはあくまで配信者だ。視聴者がいる。視聴者も多分楽しく探索する様子が見たいのであって、こんなお通夜みたいな状況を見たいわけじゃないだろう。

 何となく目線で配信画面をアピールすると、ゆあは納得したように頷いた。


「……分かったわ。食べる。齋宮、今日のお弁当は何?」

「えーっと、ゆあはいつもみたいに鮭のおにぎりだろ? あとそれにおかずが卵焼きとブロッコリーとミニトマト……あっ、卵焼きはちゃんとハートになるように入れてるから。それにハンバーグかな」

「ありがとう。ハンバーグは好きだから嬉しいわ」


 お弁当は俺の担当と決まっていた。

 2人でお弁当を広げる。うーん、ダンジョンの中の飯は遠足感があっていいよな。


「ね、ねぇ! 齋宮、やばい……!」

「ん? 何が」

「同接よ! な、なんでこんな配信に1万人もいるの!?」

「えっ、1万……?」

「そ、そう。witter、witterは……フォロワーが700人も増えてる……! ね、ねぇ、この短時間で何があったの!?」


 ゆあがコメント欄に問いかけると、途端に流れ出した。


「えっと、おじさんと女子高生の組み合わせが珍しくて元々ちょっと話題になってて、前回の配信がプチバズってて、それで今回でwitterでトレンドに乗った!? ほ、ほんとだわ。"おじさん整備士とJK探索者"で乗ってる……」

「そ、そんなヤバいのか……」

「ヤバいのかなんてものじゃないわよ! ダンジョン配信でこんなの見たの初めて」

「マ、マジか」


 ゆあの勢いに気圧されつつ、とりあえず頷く。

 一体どこにバズる要素が……?


「お、お弁当を食べなくちゃ。マナーとかあったっけ。齋宮、何か知って……はないか」

「ゆあ、君の中で俺はどういう存在なんだ?」

「さぁ」


 結果、落ち着くために食べようとしたお弁当は、緊張してほとんど味がしなくなってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る