第3話 美少女に整備士について説明する
「お願い……?」
「そう。私、ダンジョンに潜り始めてまだ1週間なの。だからもっと私にこのダンジョンについて教えてほしいなって」
「1週間で第3層にいるのか!? それはあまりにも危険すぎるんじゃ……」
少女のお願いよりも、俺はその期間にびっくりした。
基本的に、初心者探索者が第1層を攻略するのには、1週間かかると言われている。あまりにおかしすぎる。
それに俺が見る限り、この少女はあまり強くない。
「人間が成長するのは、自分より少しレベルの高いところに行ったときなのよ。だから私はここにいるの」
「いや、その理論はダンジョンでは通用しないから。少しレベルの高いところってのが命取りになる。一旦第1層に戻ろう」
「でも私は実際第1層を簡単に突破したわよ? モンスターを倒すこともできたし」
少女はドヤ顔で言うがそういうことではない。
たとえ第1層のモンスターを倒せたのだとしても、第2層のモンスターを倒せるとは限らないし、そもそもモンスターはピンキリだ。
少女が倒したのが仮にスライムだとしたら、第1層のボス的モンスターである犬型のモンスターはスライムの10倍は強い。
「それでもとにかくダメだから。理由はあとで説明するから、ひとまず第1層に戻ろう。それに」
俺は少女に近づいた。一瞬遅れてから、後ずさる。
「その反応速度じゃとても第3層のモンスターを倒せるとは思えない。実際、あの蔓型植物のモンスターに囚われてただろ? 十分に強い探索者なら、すぐに反応して避けることができる」
「でもさっき、捕まる探索者はいっぱいいるって」
「それは彼らが弱いからだ。君と考えが同じ。すぐに無茶する。実際そういうやつはすぐに次の層にいって……まぁ、続きは分かるだろ?」
わざと脅すように俺は言った。
これで彼女が少しでも分かってくれたらいい。
しかし残念なことに実際はよく分かっていないようだ。
少女は不満げに方眉を上げた。
「どういうことになるの? というかそれ以上に、どうして貴方は、彼らのその後を知ってるの?」
少女の言い草に、俺はピンとくる。
これはもしかして……
「ダンジョン整備士って仕事のこと、詳しく知らない?」
「そりゃもちろん知ってるわよ、ダンジョンの整備をする人でしょ?」
「そうだけど、それだけじゃない。ダンジョン整備士の仕事の中には、整備だけじゃなくて、探索者の応急手当とか、遺体の回収も含まれていたりする。まぁ、これはあまりにも稀だけどな?」
「遺体の、回収……?」
少女は顔を青ざめさせた。
一応探索者としての危険性は、探索者になる前の講習で聞いているはずだ。だけど、実際に肌で感じるまでは、信じられないだろう。
みんなゲーム感覚だから。
「顔を見れば、だいたい分かる。あぁ、無茶してクエストこなしてたやつだなとか。この層を突破するにはステータスが低すぎたんだろうなとか。だから君も気を付けた方がいい。死ぬのは一瞬だ」
俺だって何度死にかけたことか。
少女は少し涙目になって、足元を見つめた。
「じゃ、じゃあ貴方はなんでそれを彼らに教えてあげなかったのよ。教えてあげてたら、少しは変わってたかもしれないじゃない」
「もちろん言ったよ? だけど、聞く耳をもたなかったんだ」
「えっ……どうして?」
キョトンとした顔の少女。その表情にある予感がした。
「えっと……知らないのか」
「何を?」
「いや、整備士がなんて呼ばれてるか」
「うーん、全く思い当たらないわね」
これは……
整備士がなんて呼ばれてるのかなんて、一般社会に生きていたら普通に知っているはずだ。それを知らないということは、この少女はそれとは逸脱した社会――例えば超上流階級とか、箱入り娘とか――に住んでいるのかもしれない。
「探索者の足手まとい、ダンジョンの面汚し。他にもいっぱいあるけど、ざっとこんな感じかな。実際、ほら……」
俺は近くを歩いていた男2人を見た。
その服装からして探索者。目が合った瞬間嫌そうな顔をされ、そのままひそひそと話をしながら遠ざかっていく。お世辞にもいい話をしているとは思えない雰囲気だった。
「そんな……どうして?」
「魔力は講習で習ったでしょ? あれが探索者と整備士では量に大きな違いがあるんだよ」
まぁ、この説明を受けたのは昨日だから、俺らが軽蔑されるちゃんとした理由を知ったのもその時だったけど。
「魔力量は整備士の方が圧倒的に少ない。そうなれば何が起きるかっていうと、モンスターとの闘いに差が出てくる。探索者の方が強いんだよ。すると自然と探索者は整備士を守らないといけなくなるし、足手まといにもなるんだよ」
「そんな……整備士は必要な仕事なのに……」
肩を落とす彼女は、本来は優しい性格をしているのだろう。それなのに年上に偉そうな態度をとるのは、お嬢様として甘やかして育てられたからだと見た。
「そういうこと。やつらも話を聞いていればあんなことにはならなかったのにな」
ひどい時には、暴言を吐かれて唾を擦り付けられた。
実際顔には出さなかったけど、怒りはものすごかったし、屈辱感も半端じゃなかった。
「分かった。私、第1層に戻る」
「うん」
「それから」
今の話を聞いたせいだろうか。少女は少し逡巡し、こちらをまっすぐ見る。
「私の名前は
「私のディレクターになってほしい」
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