第2話 美少女を助ける

 無事試験に合格した俺は、翌日からフリーの整備士として働くことができるようになった。ちなみに試験を1人で受けられたのは、国営機関からのフリーの整備士への転職は異例であること。そして、そもそも整備士になる人が少ないから、試験を定期的にすることがないことかららしい。


「今日からまたダンジョン生活か」


 整備士として働くことができるようになるのであれば、就活もしなくて済む。


「ほんとに良かった」


 ほっと息をつきながら、俺はダンジョンに潜る。いつもの見慣れた光景に、なんだか安心した。




 このダンジョンは、上から順に、第1層、第2層、……という感じで名づけられている。ここの場所が、第何層まであるのかは分かっていない。

 第1層から第3層まではきっちり舗装されているが、それ以降はまだ途中だ。だから今回は、第3層の細かな整備をしようと思う。


 一応フリーであるとは言え、今日どんな整備をしたらいいのかは、ギルドから教えてもらっていた。どうやら国が手を回せないところを中心に、クエストと呼ばれる発注書が来るらしい。


 ダンジョン内を歩き、第3層に通じる階段を見つける。今日はまだ朝が早いこともあってか、人がまばらだ。フリーの整備士になると、時間の融通が利くところも大きな利点になる。

 そうなれば国営の機関に属す利点はなんだという話になるが、それは安定だ。もっとも、リストラなんかがあったりするから、もはや利点と呼べるかどうかは怪しいけれど。


 第1層から2層にかけては、地肌が剝き出しになっていて、ここで転ぶと岩とかに頭が当たって危ない。だから整備士の仕事が必要になってくるのだ。3層になると、植物が生い茂っていて、なぜか木も生えている。光もないのにどうやって光合成をしているのかとか、ダンジョンの中は本当に謎な事ばかりだ。


「よし、今日は滑りやすい部分があるから、そこを重点的にやればいいのか。ついでに植生も調べられるかもしれないし、一石二鳥だな」


 俺が簡単に調べて把握するだけじゃない。研究所に送ればがさらに詳しく調べてくれるだろう。


「フリーの整備士になったから今日から武器も持てるし、リストラにあって意外と良かった……ことはないけど」


 こういう時はポジティブシンキングが大事だからな。

 できるだけ昨日のことは考えないようにしてしばらく歩く。この感じじゃ、すぐに整備する場所につくはず……


「キャーっ!!!」


 意気揚々としていたその時、辺り一帯に悲鳴が響き渡った。声の高さからして女性で間違いないだろう。

 思わずその方角を目指して走り出す。この国では、整備士が闘うことほぼない。あるのは、周りに探索者がいなくてどうしても命が危ないときだけだ。

 でも――

 

『フリーの整備士なら、そのハードルはかなり下がる』


 ただでさえ俺は魔力量が少ない。そのせいで、整備士たちの中でも冷遇されていたくらいだ。でも今日は、特殊な武器がある。だからきっと、助けられる……!


 急いで悲鳴がしたらしい場所まで走っていくと、そこには少女の姿が見えた。しかも、天井からぶら下がって、いる……?


「おいおい、まさか」


 俺は思わずため息をつきそうになった。いや、ため息をする以前に、息切れで息が吐けなかった。こういう瞬間に、自分がおじさんになったことを痛感する。


「あの、そのままじっとしていてくださいね」


 俺は目の前の少女に声をかける。

 足が蔓性の植物に巻き取られ、空中で逆さづりになっている少女に。

 少女が穿いていたのは運悪くスカートで、それもまくり上げられて、ショーツが剥き出しになっていた。ピンクのレースで編みあげられ、サイドにはリボンのついたかなり可愛らしく、そして際どいショーツだ。


「ちょ、ちょっと!? 私をどうする気!? なに? おじさん! 近づかないで、この変態!!!」


 少女は逆さづりの状態のまま、ぎゃんぎゃんと騒いでいる。顔はまだ見ていないが、声の高さからして高校生か大学生くらいだろう。

 そりゃ、こんなあられもない姿の状態を見て近づいてくる男がいれば、変態だとでも思う。

 だが俺にそんな趣味はない。俺の性癖は、年上のもっとおっぱいの大きい人妻なんでね。


「いやいや、別に変態じゃないから。ここで引っかかる探索者ほんと多いんだよなぁ。どんだけ助けたことか」

「ぱ、パンツが目当てなんでしょ! 変態! 死ね! 私に近づかないで!」

「年下は趣味じゃないから安心してくれ。あと別にパンツも好きじゃない。今は非常事態なんだよ。近くに女性の探索者のいないみたいだし。今の一瞬をモンスターに襲われたら俺もお前も、一貫の終わりだぞ」

「は、はぁ~~!? 私1人でどうにかして見せるわよ!」


 俺は少女の体を支えると、はさみで蔓を切った。ちょうど近くにあった岩を踏み台にすれば身長が足りることを俺は知ってる。


「どうにもできないだろ。確かに体に触れるのは気持ち悪いと思うけど、暴れないでくれ。あとで煮るなり焼くなり好きにしてくれていいから」

「ふん! 言われなくてもそうするわよ」


 文句を言いつつ少女は、最後は少し体から力を抜いた。おかげで、蔓を解くことができる。

 少女の体を支えつつ地面におろすと、彼女は少し不思議そうな顔をした。


「ほんとに何もしないのね」

「まぁ、そりゃそうだろ」

「お尻とか胸も触られなかったし……そういえば貴方、ここでよく蔓に引っかかる探索者が多いって言ってたわよね。あれ、どういうこと?」

「文字通りだよ。俺は整備士で、ここのダンジョンには精通してる。何人も見てきたんだよ」

「ふ、ふーん。そ、そう。とりあえず体目当てじゃなく助けてくれたんだものね。お礼は言うわよ。ありがとう」


 少女は偉そうな態度のまま、軽く頭を下げた。

 ん?この子、どこかで……


「あっ、もしかして」

「何?」

「いや、何でもない」


 昨日の広場で見かけた子だ。印象的だったからよく覚えてる。探索者のくせに、可愛らしい服を着て、スカートも短いし……

 長い黒髪をハーフツインテールにして、赤い紐のリボンで結んでいる。

 しかも近くで見てみれば……


「絶世の美少女だ」

「貴方またなんか言った?」

「いや、何でもない」


 高飛車な態度のまま少女は髪をクルクルといじった。それからしばらくして、何か思いついたような顔をする。


「貴方、このダンジョンには詳しいのよね」

「まぁ、人よりは」

「なら、お願いがあるんだけど」


 少女は良いことを思いついたとでも言うように、不敵ににやりと笑った。

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