第2話
神音の家は旧軽井沢の更に山奥にある。敷地面積1000坪。近隣住民からは楡屋敷と呼ばれている。八木澤グループの創始者だった祖父は次男に会社を継がせ、長男にはこの屋敷を与えた。長男の一馬は繊細な性格で体も弱く事業には向かないと思ったからだ。一馬は音楽を好みやがて指揮者になり、ドイツ人のフル―テイストと結婚していたが演奏旅行中にヨーロッパで不慮の飛行機事故で亡くなっている。両親が好んでいた軽井沢の屋敷はその息子の神音と娘麗歌に引き継がれ、八木澤グループの株や潤沢な財産も兄妹には残されていた。神音は子供の頃から母から習っていたフル―テイストとして才能を発揮し、近頃は国際コンクールでグランプリをとり注目されて居る。妹の麗歌も楡屋敷で育ちピアノを習っていたが、結婚して今は東京に住んでいる。ピアノは子供と弾く程度だ。
その日、工藤との東京での打ち合わせを終えか軽井沢の家に戻ってきたのは6時過ぎ。神音を待っていたのは先日藪から出て来たあの女性だった。
大きなテーブルを挟んで、神音とその女性が座っていた。
「なにも聞かないで家に置いてくれて・・有難うございます」
彼女を道で拾ってからすでに数日が過ぎていた。
やがて食事を運びながらフキがでてきた。フキは先代からいる八木澤家の使用人だ。うきうきした口調でフキは言った。
「なんだかお嬢様がいらしたころみたいですね。何年振りかしら」
「フキさん、なんだかうれしそうだね」
神音は笑ってからかうように言うと
「あら、神音様こそ」
とフキは笑った。
「すみません、居候のくせにお食事まで頂いて・・」
「いいんですよ。1人前も2人前も同じですから」
「とりあえずはなんでもやりますから仰ってください。お食事の支度もまき割りでも」と女性は言った。
「お料理は私がしますよ。でも神音様、私も歳なので薪割りは辛いですし、力仕事や書斎のお掃除も大変ですから、お手伝い頂けると嬉しいんですよ」
とフキは続ける。
「フキさん、申し訳ないですね。僕がやればいいのだけど、フルートを吹くので重いものを持ったりやけがをするようなことは全部フキさんに任せてしまっているんです。よろしければ、少し手伝ってもらえませんか」
「本当ですか。勿論です。何でもやります」
その日から彼女は家の仕事を手伝いようになった。細い華奢な体つきに似合わず、力仕事も得意でフキにすっかり気に入られるようになった。特に庭仕事はとても上手く、楡屋敷の庭は剪定されて美しく変身したばかりでなく、薔薇やモクレンなども植えられ神音やフキの心も浮き立たせた。
神音は森から急に出て来た彼女を、フランス初の女性作曲家シャミナードの森の精のようだとシャミナードさんと呼ぶようになった。
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