シャミナード(森の精)

amalfi

第1話

 サントリーホールでは神音のフルートのコンサートが佳境に入っていた。`シャミナード`の牧神を奏でる音が美しく響き渡り、余韻を残して吹き終わると演奏を終えるとやがて会場はスタンデイングオベーションに包まれた。拍手に応えてゆっくりと神音はお辞儀をすると、アンコールに応えて、ピア二ストに静止の合図を目で送り独奏でグリーンスリーブスを吹き始めた。静寂の中に響き渡るフルートの澄んだ音色は美しく広がり涙する人さえも居た。

 彼がコンサートを終え通用口から出ると、不意に見知らぬ男が話しかけてきた。

「神音さん、永子様とのご縁談は本当ですか」

週刊誌記者の佐藤だった。

神音は振り向くとゆっくりとした口調で言った。

「いいえ、ありません」

静かにそう言うと工藤の車に乗みこんだ。


 八木澤神音(やぎさわかのん)37歳。イブラグランドプライズ国際コンクールグランプリ受賞で今脚光を浴びているフル―ティストだ。皇族ご一家の前で演奏したのがきっかけで、宮家三女の永子様との交際も噂されている。もともとは八木澤財閥の出身で、軽井沢に膨大な土地に築140年の家に先代からの使用人と住んでいる。東京では八木澤グループが音楽部門「セイレーン」がマネージメントをしていて、彼の親友でもあり秘書兼マネージャーの工藤が、彼のスケジュールを管理している。


 その日コンサートを終えた彼は、工藤の車で東京駅まで来ると新幹線で軽井沢に向かった。軽井沢駅に着くと駐車場に預けていた車を出し、帰宅を急いだ。いつものことだが東京には泊まらず、軽井沢の家にに戻るので時刻は深夜12時を廻っていた。家はかなり山のほうにあるので、明かりの少ない林をヘッドライトを上げて走っていると、ふいに動物のようなものが飛び込んできた。避けようとハンドルを切って止めたが、その影は車の直前で倒れこんだ。


 直ぐに車を止め、前を見ると人間の女性がうずくまっていた。

「大丈夫ですか。けがは無いですか。」

その女性に近ずき、手を差し伸べると女性は首を振りながら

「怪我していません。」

と答えて顔を上げた。


 こんな季節に珍しい薄手のブラウスにスカート姿の女性が、小鹿のような怯えた目をしてしゃがみこんでいた。

「病院に行きましょう。お送りします。」

女は立ち上がりながら言った。

「いいえ、本当にもう。」

女は続けた。

「大丈夫ですから」

神音は助け起こしながらも、女が何も荷物を持っていないことに気が付いていた。

「でも、よろしかったら・・」

女は土をはらいながら言った。

「今晩・・・お家に泊めていただけませんか」

神音は驚いて女の顔を見た。














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