第37話 文化祭2日目『魔法祭』・5


 私は、浮かび上がったスペルを唱える。

 

天翔る不死鳥ヘブンリーフライトフェニックス!!」


 崩れ落ちる水魔法の中から巨大な不死鳥が現れると、水を蒸発させた。

 途端に会場全体から割れんばかりの拍手と大歓声が上がった。



 ――――ワアアアアアアアアア!!!!



 スタンディングオベーションだ。

 私たちは急いで定位置につき、胸に手を当てながらお辞儀をして舞台を後にする。


 舞台裏へと捌けると、はっと息を吐く。

 何とか無事に終えられたことに安堵していると、先輩が私の手を握りしめながら泣き始める。


「……っ、あっ、……っ、ありがとう……マルベレットさっ、……ほん、とに……ありがっ……うっ……ぐっ……ごめっ……ごめんね……ありが……っ」

「……先輩。先輩の魔法、とても素晴らしかったです。観客の皆さまも凄く喜んでくれてました……だから泣かないでください。ね?」


 反対の手で先輩の背中を撫でてあげたいが、実は先程の炎魔法で式典服の一部を焦がしてしまい胸元がはだけてしまっているのだ。


 貧相な胸ではあるが、さすがに晒されるのは恥ずかしい。

 早く着替えたいと思っていると私の周りに人集りが出来てしまう。


「先程の魔法、とても素晴らしかったわ!」

「あんな凄い魔法が使えるなんて!」

「不死鳥かっこよかったよ、お姉さん!!」

「いつから、あんな魔法使えるようになったの!?」

「もっと見たいわ貴女の魔法!」

「君、良かったら私の舞台に出演して貰えないかい?」


「……えっ、あ、あの……?」


 どうやら見てくれていた人達が舞台裏にまで押し掛けて来たらしい。

 人集りの向こうでは、キャロルとシャーレ嬢が私に手を振ってくれている。


 ……こ、困った。

 どうしようかと考えていた時。


「――失礼。通して貰えるだろうか」


 人集りを掻き分けてやって来たのはジェラルドさんだった。

 ジェラルドさんは、上着を脱ぐと私の肩に掛けてくれる。


「大丈夫か?」

「は、はい……」

「――申し訳ありませんが、彼女は演舞後でとても疲れておりますので、称賛の言葉はまた後日にいただいてもよろしいでしょうか?」


 ジェラルドさんの言葉と迫力に皆さま方は静かに何度も頷く。

 

「行こうか、コレル」

「は、はい。あ、あの、皆さま、ありがとうございました!」


 そのまま、私の手を引いてくださると人集りから連れ出してくれた。



 ◇



「ここなら誰もいないし、ゆっくり出来るだろう」


 ジェラルドさんは魔法科室の扉を閉めると息を吐く。


「大変だったな。あと、お疲れ様。素晴らしい演舞だった」

「……あっ……」


 その言葉に涙腺が緩んでしまう。


「……っ、ありがとう、ございます……えへへ……すみません……なんか、安心しちゃって……」


 私の言葉にジェラルドさんが目を細めると、私の頭を肩口に抱き寄せる。


「よく頑張ったな、コレル」

「……っ、はい……はいっ!」


 私は、そのままジェラルドさんにしがみ付くと声を上げないように必死に堪えて泣く。

 

 突然、舞台に立つことになって、本当は凄く怖くて……。先輩達と上手く連携が取れずに迷惑をかけたらどうしようとか、折角の魔法祭なのに失敗して皆の評価を落としちゃったらどうしようとか……今までやって来たことが、頑張って来たことが全部崩れて無くなっちゃうかもしれないって……私を推薦してくれてたシャーレ嬢や他の皆さんにも失望されるんじゃないかって……いろいろと良くないことを考えてしまい、不安でいっぱいだった。

 ずっと緊張状態だったのが解けたおかげか、涙が止まらない。

 

 ジェラルドさんは、何も言わず静かに私の背中を優しく叩いてくれた。

 


「……っぐす、すみません……、ありがとうございます……」

「いや。俺で良ければ、君の気持ちが落ち着くまで側にいよう」

「……ジェラルドさんは、本当に……ただのお友達にまで、こんなにも優しくてどうするんですか。勘違いされても知りませんよ?」


 私が、えへへと笑って少し距離を取るとジェラルドさんは酷く難しい顔をしたあと、ぽつりと呟く。


「……勘違いじゃないとしたら?」

「……え?」

「…………勘違いじゃないとしたら、どうする?」


 ジェラルドさんに離れた距離を詰められると、焦げてはだけてしまった胸元が露になり、そこに指が這う。


「……っ!?」

「君は……どこまで進めば気付いてくれるのだろうな?」

「ジェ、ジェラルドさん……?」


 指がストラップレスブラの縁を、ゆっくりとなぞるとジェラルドさんが息を吐く。


「冗談だ」

 

 着せてくれた上着を引っ張ると胸元を隠してくれる。


「君の制服を取ってくる。ついでに、何か軽食を買って来よう。ご所望はあるだろうか?」

「……あ、え、えっと……では、ハチミツ入りのアイスティーを……」

「わかった。すぐに戻って来るから君はここに居てくれ」


 ジェラルドさんは、私の手を取ると手の甲に柔らかく口付けを落とす。

 顔を上げて、ふっと微笑んだあと魔法科室を出て行かれた。

 

 

 ………………何が起こったの?


 私は、ぺたりとその場に崩れ落ちると、ぶわわと顔が赤くなるのを感じる。


 いやいやいやいやいや! 待って? なに、今の!?

 先ほど、触れられた胸元を掴むと心臓がバクバク音を立てている。


『勘違いじゃないとしたら?』


 ジェラルドさんの言葉が反芻する。


 いや、そんな、まさか……。冗談って言ってたけれど、冗談であんなことをするような方ではないと知っている。


 帰って来たら、どんな顔をすれば良いのだろうか……。

 

 ――私は一人、魔法科室でジェラルドさんの上着を握りしめながら唸るのであった。

 

 


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