第28話 揺れる馬車の中で


 無事に話し合いが終わり、誤解が解けたことに安堵しながら帰路に着く。


 帰りの馬車の中は穏やかな空気に包まれていた。


「良かったですね、ジェラルド様」

「ああ。君のお陰だ」

「ふふっ。あ、そうだ。師匠に馬車の中で食べてくださいって渡されたんです」


 私は手渡されたバスケットを掲げて見せると膝の上に置き蓋を開ける。

 中にはワックスペーパーで包まれた美味しそうなサンドイッチと飲み物が入っていた。


「よろしければ、どうぞ」

「いただこう」


 サンドイッチを食べ終わり保温容器に入っていた紅茶をお渡しすると、ふと思っていたことを口にする。


「そういえばジェラルド様、一人称が俺になっていますね」

「ああ。君の前では取り繕わなくてもいいかと思ってな。不快なら戻すが……」

「いえ。むしろ、それだけ気心が知れているのだと思うと嬉しいです」


 私が、へらりと笑うとジェラルド様が長い脚を組み換え何かを考えている様子を見せる。


「……マルベレット。様付けは止めないか?」

「……え?」

「ジェラルドで構わない」

「……それって……よ、呼び捨てってことですか!? いやいやいやいや! 無理です! 無理無理!!」


 私は勢いよく頭を振る。


「今回の件で、俺と君は友人になれたと思っていたのだが……。違うのか?」

「え!? ゆ、ゆ、友人ですか!? 私とジェラルド様が!?」

「ああ。嫌だろうか?」

「滅相もないです! 凄く嬉しいです!」

「ならば、様はいらないだろう」

「……うっ」

 

 確かに、そうなのかもしれないが……。そもそも私自身が人を呼び捨てにすることに慣れていないのだ。それが、ジェラルド様になると更に考えられない。


「あ、あの……ジェラルド様。呼び捨ては、その、慣れていなくて……いえ、むしろ少し苦手でして……なので、せめてジェラルドさん……では、ダメでしょうか?」


 これが私にとっての最大級の譲歩だ。

 ジェラルド様は、仕方ないといった風にため息を吐く。


「……わかった」

「……! あ、ありがとうございます!」

「だが、俺は君のことをコレルと呼ばせて貰う」

「はえ?」

「友人なら構わないだろう? ガレルローザも君のことをコレルと呼んでいるではないか」

「た、確かにカイちゃんは、そうですけれど……それは、カイちゃんですし! えっと……」

「ガレルローザは良くて俺はダメなのか? 同じ友人なのに?」

「……だ、ダメじゃない、です……」


 何だろう。ジェラルド様の押しが強い。ジェラルド様って、もっとこう一歩引いてて人のことに無関心な方のはず……。

 でも、今回のことが切っ掛けで少しお変りになられたのかもしれないと思うと良かったという気持ちにもなる。


「そうか。ならば、これからも宜しく。コレル」


 そう言って、ジェラルド様は嵌めていた皮の手袋を脱いでから私に手を差し出してくださる。

 あれ? ネイサンの時には脱いでいなかったような……?


「……え? あ、よ、よろしくお願いいたします」


 疑問に思いながらも差し出された手を取ると優しく握り込まれる。

 顔を上げると、ジェラルド様が慈しむような……穏やかでとても優しい笑顔をこちらに向けてくださっていた。

 この方は、こんな表情も出来るのだと少し驚いてしまう。


 あまりにも優しく美しい笑顔に気恥ずかしくなってしまった私は、この場を誤魔化そうと別の話題を振る。


「……あ、え、えっと、そういえば、もうすぐ文化祭ですね!」

「ああ。もう、そんな時季か」


 キャロまほでの文化祭は賑やかでとても素敵なイベントだった。


「めいっぱい楽しみましょうね! 先日ご馳走していただいたお礼に、今度は私が美味しいものを、たくさんご馳走いたしますので!」


 私の言葉にジェラルド様が目を丸くされる。


「礼に礼を返されては意味がないと思うのだが……」

「……た、確かに」

「……だが、それは文化祭で君の時間を俺が貰ってもいいということだな?」

「……え? え?」

「違うのか?」

「……い、いえ! ですが、ジェラルド様はお忙しいでしょうし、私がお時間をいただいてしまうのは申し訳ないといいますか……」

「『様』になっているぞ」

「あっ、す、すみません!」


 慌てて口を押さえる。

 ジェラルドさん、ジェラルドさん……うぅ慣れない……。

 

「忙しいかどうかは置いといて。友人とは、一緒に過ごすものではないのか? 友人とは、そういったものだろう?」

「……そ、それは……」


 ぐっと言葉に詰まっていると、ジェラルド様が追い討ちをかけるように口を開く。


「それに、君がめいっぱい楽しもうと言ってくれたのではないか。――それとも、君は俺と一緒では楽しめないか?」


 ジェラルド様が目を細めて問いかけてくる。

 いや、こんなのズルいでしょ……。


「…………わ、わかりました。当日はご一緒させてください」

「ああ。当日も宜しくな、コレル」


 

 何だか思わぬ方向へと転がった気がしないでもないけれど、学園に着くまでジェラルド様……さんと、穏やかな? 時間を過ごしたのであった。


 

 

 


 

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