第27話 溶けた氷
――三日後の休日。
私とジェラルド様は外出届を提出し、師匠にお願いして用意してもらった場所へと向かう。
「……君の行動力は凄まじいな」
「あ、ありがとうございます! 師匠直伝です!」
「褒めてるつもりは無いんだが……」
馬車に揺られること約一時間。
目的地に辿り着き馬車を降りると師匠が待っていてくれた。
「師匠! 突然すみませんでした。ありがとうございます」
「全くです。次からは、もう少し早くご連絡くださいね」
私たちの会話にジェラルド様が目を丸くする。
「……君の師匠とやらは、このメイドなのか?」
「はいっ! 最高に素晴らしい自慢のお師匠さまです!」
師匠がジェラルド様に振り返ると丁寧な挨拶をなさる。
「初めまして、アインベルツ様。マカ・ブライアンと申します」
実際は街中での騒動の時に会っているので初めてというわけではないのだが、あの時はバタバタしていて挨拶どころじゃなかったもんなぁと当時のことを思い返す。
「……ああ。今日の席は君が用意してくれたのだと聞いた。感謝する」
「いえ。わたくしは、お嬢様に言われたことを実行したまでです。全ては、お嬢様のお考えと行動によるものですわ。……さ、こちらの建物の2階に席を用意してありますので、どうぞ中にお入りください」
案内された場所に向かい中に入ると既にネイサン達が待っていた。
ジェラルド様の隣に居る私を見て、室内に居たほぼ全員がビクリと肩を震わせる。
「ち、ちわっす、姐さん!」
「あ、こちらにどうぞっす」
「おい、お前っ! 姐さんに茶ぁ淹れろ!」
……想像していたのと違う。
めちゃくちゃ気を遣われている……。
てっきり、睨み付けられたり悪態をつかれるものだとばかり思っていたので予想外の態度に唖然としてしまう。
椅子を引かれたので、大人しく座ると目の前にお茶とお茶菓子が用意される。
「どうぞっす!」
「あ、ありがとうございます」
「いやぁ~! へへへ!」
なんだろう、この空気……。
この間の騒ぎの際に、私が魔法で皆さんのことをボロボロにしてしまったことが余程ショックだったのだろうか……。ほんの少しだけ申し訳なくなってしまう。
ちなみにジェラルド様のお茶は師匠が淹れていた。
全員が席に付き、話し合いが始められる。
最初に口を開いたのはネイサンだった。
「……おい、ジェラルド。なんだ、これは? こんな所に呼び出して俺らに何の用があるってんだよ?」
ネイサンは、ジェラルド様の書かれた手紙を目の前でひらひらさせながら、こちらを睨み付けて来る。
「お前達と話をしようと思って」
「あ? 今更、何を話すってんだよ裏切り者が!」
その言葉に私はネイサンを睨み付けると何故か周りのお仲間さん達がビクリと肩を震わせた。
「皆さんは、ジェラルド様のことを誤解しています。貴族の家が楽しいとか恵まれているとか勝手に勘違していませんか?」
「……は? おい、女。何が言いたい?」
「ちゃんとジェラルド様のお話を聞いてください。あと、私の名前はコレル・マルベレットです」
ネイサンは、私の言葉に舌打ちをするとテーブルの上に置かれたお茶を一気に飲み干した。
「――いいぜ。聞いてやるよ」
ネイサンの言葉を皮切りに、ジェラルド様が静かに語り始める。
先日、私が聞かせてもらったこと……。最初は、誰もがつまらなさそうに聞いていたが、先に引き取られた先で襲われたこと話すと皆の表情が変わる。
その後、今のアインベルツ家に引き取られたこと、過酷だが有意義ではあったこと、養父の命のまま今の生活があること、何の自由もないこと、自分の意思など何処にもないこと……。
ジェラルド様が静かに淡々と言葉を落としてゆく。
「俺は、恐らくお前達といた頃の方が楽しかったんだろうな……」
「「…………」」
誰も口を開こうとしない。
難しそうな顔をして押し黙っている。
「…………今更、何だよ。何で、そんな話を聞かせる?」
暫しの沈黙のあと、ネイサンが口を開く。
ネイサンの問にジェラルド様が何か言うよりも先に、私が言葉を発する。
「私が提案したんです。皆さんがジェラルド様のことを誤解していると思ったので。……私も、以前ある人のことを恵まれた人なのだと勝手に決めつけて、羨んで妬んでいたことがありました。彼女の苦労も辛さも何も知らずに傷付けてしまって……とても後悔しました。ですが、偶々その方の本音を聞く機会があって仲良くなることが出来たんです」
そこで、一呼吸置くと話を続ける。
「だから、皆さんも話し合いが必要だと思って、今日この場を用意させていただきました」
「……ふーん。それで? あんたの話を聞いて俺らにどうしろっての? ごめんなさいして、はい、仲直りしましょうってか?」
「――いいえ。ただ、お互いに誤解したままなのは悲しいなと思いまして。お二人は、ずっと一緒に居たんですよね? 同じ場所で育って来たんですよね? そんな二人が、このまま仲違いしたままなのは寂しいと勝手に私が思ってしまったんです……だから、皆さんで話し合って貰えたら嬉しいです」
「マルベレット……」
ネイサンは椅子の背もたれに深く体を預けながら、ため息を吐く。
そこから、ぽつぽつと皆が口を開き始める。
「……なんか、貴族の家ってのも大変なんだな」
「ぬくぬくと美味いもの食えて幸せにやってるんだと思ってた」
「美人に囲まれて、よろしくやってんだろうなって……」
「魔法持ちになったからって、調子に乗って上手いことやりやがってって……俺らに無いもん持ってるって羨ましく思ってたな……」
「俺、そんな縛られた生活なんて無理かも……」
皆が、それぞれ視線を交わすとジェラルド様に向き直す。
「……なんか、ごめんな。ジェラルド」
「……悪かったな……」
皆の言葉を聞いてジェラルド様が皆を見渡す。
「……俺の方こそ悪かった。あの時、お前達を助けに行けなくて……本来なら何があっても駆けつけるべきだったと……ずっと、後悔していた」
ジェラルド様は立ち上がると皆に向かって頭を下げた。
「……すまなかった」
「……ジェラルド様」
「「……ジェラルド」」
その様子を見てネイサンが大きな声を出す。
「あ~やめだやめ!」
「……ネイサン」
「なんだよ、一人でカッコつけやがって。お前の事情を知った上で、そんな素直に謝られたら俺らの立つ瀬がなくなるだろうが…………悪かったな、ジェラルド……」
「……いや、俺の方こそ」
ネイサンが手を差し出すとジェラルド様が、その手を取る。
「……また、街に来ることがあればこっちに寄ってけよ。今度はちゃんと歓迎する」
「……ああ」
「なんかあったら、俺らのこと頼っていいからな!」
「貴族んとこが嫌になったら、いつでも帰って来いよ!」
「……お前達……ありがとう……」
ああ。良かった……。本当に良かった。
ジェラルド様やお仲間の皆さんの楽しそうな様子に心が温かくなる。
彼らの間にあった、冷たいもの……張り詰めていたものが綺麗になくなっている。
「良かったですね、お嬢様」
「師匠!……はい!」
彼らは、これまでの時間を埋めるように賑やかな時をめいっぱいに過ごすのであった。
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