第26話 ジェラルド様と過去のお話


 ジェラルド様にカフェテラスで紅茶とフルーツたっぷりのロールケーキをご馳走していただいた後、話したいことがあると言われ庭園へと来ていた。

 奥のベンチに座ると持ち帰り用にと購入していたホットティーを手渡される。


「わっ、ありがとうございます! 先程も、ご馳走していただいたのに、こんなにいただいてしまって、すみません……」

「いや、むしろ安すぎだろ。卒業するまで毎日奢ったとしても足りないくらいだ」


 ジェラルド様は軽く息を吐くと真っ直ぐに私と視線を合わせる。


「夏休暇の時は助かった。心より感謝する」

「いえっ、そんな! あの時も言いましたが私が勝手にしたことですので!」


 慌てて首を振るとジェラルド様が薄く微笑む。


「……俺の話をしてもいいだろうか?」


 以前、ジェラルド様がいつか君に俺のことを話そうと言ってくださったことを思い出して頷く。


「はい。私でよければ、お聞かせください」


 私の言葉に今度はジェラルド様が頷くと静かに口を開く。


「あの時の出来事と先程の女子生徒たちとの会話で察しが付いているかもしれないが、俺は元々貴族ではない」

「……はい」


 ジェラルド様の言う通り、これまでの流れから何となくではあるが分かっていた。

 ただ、ゲームの中ではそのような設定はなかったので少し驚いてはいる。


「生まれてすぐに施設の前に捨てられていたそうだ。あの日、絡んで来た大柄な男……ネイサンも同じ施設で育った」

「……お友達、だったんですか?」

「……友人というよりは同じ場所で育った仲間のようなものだったな。俺もあいつも当時はやんちゃで施設の人間をよく困らせていた」


 ジェラルド様が苦笑する。


「10歳になる頃……その日は、ネイサンや外でつるんでいた仲間たちとバカなことで騒いでいてな。新しいナイフを手に入れたとか爆竹を作ったとか……そんな下らないガキの戯れだったんだが、そこに警察が現れたんだ」

「……警察?」

「ああ。何でも近くで殺人事件が起きたらしい。犯人がこっちに逃げた。まだ少年だったとの情報があると矢継早に言われてな。……暗に俺たちが犯人なんだろうと決めかかるような物言いだった」

「……そんな」

「まぁ、俺たちは素行も良くなかったからな。抵抗はしたが俺たちの言い分は聞き入れて貰えず、連行されそうになった時……突如、魔法が発動したんだ。それが、俺が魔法持ちになった瞬間だった」

「……魔法が勝手に発動したんですか!?」

「ああ。怒りと混乱で起こったことらしい。だが、結局はそのまま取り押さえられ連行されることになってな。その場に居た全員が留置所に入れられたんだが、何故か俺だけ引き取り手が現れて出されることになったんだ」

「……それが、今のアインベルツ家の方なのですか?」

「……そう思うだろ?」


 ジェラルド様は眉を下げ息を吐くと話を続けられる。


「最初に俺を引き取ったのは、アインベルツの遠縁にあたる者だった。街中での騒動を聞きつけ魔法持ちである俺を引き取りたいと現れたんだ。そのまま屋敷に連れて行かれると、そいつは上から下まで俺のことを舐め回すように見つめた後、風呂に入ってから寝室に来るようにと言い渡された」

「……あの、それって……」

「お察しの通りだ。寝室に入ると待ち構えていたかのように、いきなり襲われた。抵抗して逃げたが結局追い詰められてな……。その時に魔法を使ったんだが、その場面を今の養父であるアインベルツ氏に見られていたんだ。そして、自分に従うなら助けてやると言われた」

「……それで、ジェラルド様は……」

「ああ。襲って来た男の元にいるよりは幾分かマシだろうと条件を呑んだ。逃げようもなかったしな」


 そこまで話すとジェラルド様は手に持っていた珈琲を一口飲む。


「アインベルツ家での生活は過酷ではあったが、有意義だった。知識や教養や作法……何より剣術や武術を学び強くなって行くのは楽しくて仕方なかった」


 当時のことを思い出したのか、ジェラルド様が口角を上げる。


「一通り学んだあと、俺はこの学園に入れられることになったんだ。そして、養父に言われた『アルベルト殿下に認めてもらい常にお傍に付いているように』……その言葉に従い、現在はお傍に付かせてもらっている」

「そう、だったんですね……」

「ああ。……この間のあいつらは、俺が留置所を出されたあとも暫くの間は出して貰えずに散々な目に遭ったらしい。……後に知ったことだがな」

「それで、あんな……。でも、それって逆恨みじゃないですか」

「……折り合いの付かない感情があるのだろう。まあ、仕方ないさ。魔法持ちと言うだけで一人さっさと貴族に引き取られて出ていったのは事実だからな」

「ですが、それはジェラルド様のせいではありませんし、それにジェラルド様は行った先でも大変な経験と努力をされたではありませんか! そんなことも知らずに勝手過ぎます……」


 きっと彼らはジェラルド様が引き取られた先でぬくぬくと楽しく暮らしているとでも思ったのだろう。

 そうでなければ、あの時に『裏切り者』や『いいご身分』なんて言葉は出て来なかったはずだ。


「確かにジェラルド様のその後のことを知る術はなかったのかもしれませんが……。だからといって、あんなこと……。頑張った方が、大変な思いをした方が……何も知らない相手に好き勝手言われた挙句、あんな目に遭うのはとても悔しいです……」


 私はぎゅっと手を握りしめてから、はっと気付く。

 

 ――あれ。これは、自分もそうではなかっただろうか? シャーレ嬢のことを勝手に決めつけて立場も辛さも何も知らないくせに羨んで嫉妬して酷いことを言ってしまった。

 

 ……私は、その後どうしただろうか。

 

 確か、シャーレ嬢の本音を聞く機会があって、そこから彼女のことを知ることが出来て仲良くなれた……。だったら……!


「……すまない。つまらない話を聞かせてしまったな。忘れて……」

「ジェラルド様!」

「ど、どうした?」

「ジェラルド様のやりたいことってなんですか!?」

「? なんだ、急に」

「教えてください!」

「……やりたいこと? やりたい……」


 ジェラルド様は難しい顔をしたまま暫し黙り込んだあと口を開く。


「……………………わからない」


 ジェラルド様は目を伏せたまま話を続ける。


「……言われて初めて気付いたが、俺には……何もやりたいことが……ない。言われるままに生きて従ってここに居る。魔法持ちだというだけで拾われて様々な教育や武術を叩き込まれて学園に放り込まれて……俺には、何もないんだ……」


 ジェラルド様が言葉を紡ぎながら項垂れる。長い銀白の髪が美しい顔に影を落とし、このまま消えてしまうのではないかと不安になってしまう。

 ……こんなジェラルド様は初めてだ。


「じゃあ、ジェラルド様。ネイサンさん達とのことはどうですか?」

「……ネイサン? どうも何もあいつらと修復は無理だろう」

「ならば、話し合いましょう!」

「は?」

「場所は私がセッティングしますので、ご安心ください!」

「は?」

「そうとなれば今日は帰宅しましょう! あっ、お手紙だけ書いて貰っても構いませんか?」

「おい、話を聞け!」


 こうして、私はジェラルド様とネイサン達との話し合いの場を設けることになったのだった。

 


 

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