第12話 穏やかな日常


 ある日の放課後。


 机の上に昨日作っておいたパウンドケーキを包みから取り出し、一緒に持って来ていたお皿の上に一切れずつ乗せると、クランベリーのジャムを添えてからキャロルとカイちゃんにフォークと共に差し出す。


「わあ! ありがとうコレルちゃん! ん~! このナッツとドライフルーツのパウンドケーキすっごく美味しい~!」

「マジで美味いな!」

「ね! この間のクッキーもとっても美味しかったしコレルちゃんはお菓子作りの天才だね!」


「ふふっ褒めすぎだよ」


 帰宅の準備をしていたシャーレ嬢にも声を掛ける。


「あの、フォルワードさんもいかがですか?」

「わ、わたくし?」

「はい。シトラスティーも作ってきたのでよければ一緒に召し上がってください」

「……ま、まあ、どうしてもとおっしゃるのでしたら……」

「ふふっありがとうございます」


 先日、シャーレ嬢に貸してもらったハンカチをお返しする時に手作りのクッキーを一緒にお渡しした。シャーレ嬢は意外と素朴なものを好んでいたことを思い出したのだ。辺りに咲いている野花や草笛の音。豪華な食事よりシンプルな食事を好んでいた。


 なので、クッキーを焼いてみた。


 クッキー……しかも私の作ったものなので受け取ってくれない可能性の方が高かったが、シャーレ嬢は驚きながら頬を染めて先ほどと同じように、どうしてもというのなら……と受け取ってくれのだ。


 折角なので、たくさん焼いてキャロルとカイちゃんにも可愛くラッピングしてプレゼントさせてもらった。


 お菓子作りは前世での趣味というか私にとってストレス発散の手段の一つであった。無心で作るのは楽しかったし出来上がったものを食べるのも好きだった。ただ、大量に作っても貰ってくれるような相手はいなかったので日持ちのするものをちまちまと作っては自分で細々と消費していた。


 だから、こんな風に誰かに食べてもらえるのは凄く嬉しかったりする。


 ちなみにジェラルド様の分もお作りしたが助けて貰ったお礼にと、さして仲良くない女子生徒から手作りのクッキーを渡されるなんて地獄でしかないと考え自分で黙々と食した。

 最近、人との距離感が少しバグってしまっているから気を付けないと。どこで地雷を踏んでしまうかわかったものではない。


「――はい。どうぞ、フォルワードさん」


 お皿に取り分けてジャムを添えたパウンドケーキを差し出すとシャーレ嬢は美しい所作で、いただきますと口に含む。


 静かに咀嚼し飲み込むと口に手を当てぱああと顔を輝かせる。


「こちら、マルベレットさんがお作りになりなった品ですわよね?」

「はい。お口に合いませんでしたか?」

「……逆ですわ。素朴ですが、とても美味しいです」

「あ、ありがとうございます! お茶もどうぞ!」


 その様子を、にこやかに見ていたキャロルが口を開く。


「コレルちゃんのパウンドケーキ、すっごく美味しいよねシャーレちゃん!」

「……んぐ。シャッ、シャーレちゃん!?」

「あ、ごめんなさい。馴れ馴れしかったですよね……」


 キャロルが申し訳なさそうに頬を染めるとシャーレ嬢がつんっと顔を逸らす。


「ど、どうしてもと言うのでしたらその呼び方を許可してさしあげますわ!」

「わあ! ほんとに? 嬉しいな、シャーレちゃん! よければ私のこともキャロルって呼んでね」

「キャ、キャロル……さん?」

「はい!」


 あーーーー癒される。

 なに、この幸せ空間。一生ここに居たい。


「顔がにやけてんぞ、コレル」

「あらぁ~……だって可愛すぎない?」


 カイちゃん指摘に頬に手を当て元に戻そうと頑張る。


「あ! そう言えばコレルちゃんとシャーレちゃんは創立記念祭のドレスとかお化粧はどうするの?」


 パウンドケーキを食べ終えたキャロルが私とシャーレ嬢に問いかける。

 創立記念祭は5月の中頃に行われる行事イベントだ。

 春休暇の舞踏会と同じく皆が着飾り踊り美味しいものをいただく……楽しいはずのイベント。


 今回は楽しめるといいなぁ。


「私は手持ちのドレスを着てお化粧は自分でするつもりだよ」

「わたくしも手持ちのドレスを着用する予定ですし、身嗜みも自分で整えるつもりですわ」

「……そっかぁ。そうだよね」


 キャロルは一般家庭の出身なのでドレスも化粧品も一から用意しなくてはならない。

 私のドレスを貸したいところだが、以前着用していたものは趣味が壊滅的過ぎてはばかられるものばかりだし、新調したものは私の体型に合うように作ったものたちなのでサイズ的に少し難しいだろう。


「確かドレスはレンタルでも借りられたはずだよ。化粧品は私ので良ければ一緒に使う?」

「いいの、コレルちゃん!?」

「うん。もちろん!」


 キャロルは私の手を取りぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる。


「……わ、わたくしのドレスで良ければ……」

「ん?」

「……その、以前に着用していたものでしたらキャロルさんにも合うでしょうし、わたくしのドレスでよろしければお貸ししても構いませんが……」

「ドレスお借りしてもいいの!? ありがとうシャーレちゃん!」


 キャロルがシャーレ嬢に抱きつく。

 抱きつかれたシャーレ嬢は驚いて顔を赤くしながら口をパクパクさせている。何とも微笑ましい光景だ。


「良かったな、キャロル」

「うん! 創立記念祭すっごく楽しみ!」


「(……あっ)」


 楽しげなキャロルを見て、ふとキャロまほでのイベントを思い出した。

 私はカイちゃんの近くに行くと、ひっそりと言葉を交わす。



「……カイちゃん」

「どうした、コレル?」


「キャロまほでは、創立記念祭はなかなかに重要なイベントでね。キャロルさんが最初に誰と踊るかで大まかなルートが決まるの」

「……マジか」

「マジです。なので、他の誰かと踊る前にカイちゃんがダンスにお誘いすることを推奨いたします」


「……そう、か。教えてくれてありがとな」


 カイちゃんは顎に手を当て何かを考えているようだ。若葉色の長い前髪がさらりと落ちる様を見て、カイちゃんもかなりの美形なのだと改めて思う。


 確かに攻略キャラではなかったが、そうでなくても見た目も性格も魅力的で人気のあるキャラであった。


「ん? どうかしたのかコレル」


 じっと見ていたせいか声を掛けられる。


「ううん。いろいろと上手く行くといいなぁと思って」

「……ん。そうだな」


 カイちゃんは目を細めると優しく私の頭を撫でてくれる。


 この先、どんな展開になるかはわからないけどカイちゃんもキャロルもシャーレ嬢もみんな幸せだといいな。


 そして、私自身も願わくばそう在りたい。


 教室で小さなお茶会を楽しんだあと、今日はみんなで一緒に帰寮した。


 


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