第11話 シャーレ嬢
「まっ待ってください! 落ち着いてください……ね?」
へらりと笑うと、その場に居た全員が私のことを驚きの表情で見つめてくる。
「……っ、突然、なんですの貴女……」
「マルベレットさんではなくて? ほら、舞踏会の時の……」
「……ああ。あの時の恥さらしの可哀想なお嬢さん」
「何のご用かしら? また恥をさらしにいらっしゃったの?」
「おやめなさいな。また逃げ出してしまわれますわよ」
クスクスと女子生徒たちが私を見て笑う。
まあ、別に構わない。恥をさらしたのは事実だし痛くも痒くもないわけではないが受け流すことくらいは出来る。
「ごきげんよう。あの時の恥さらしです。――ですが、寄って集って一人の女の子を責め立てたあげく言い返されて暴力を振るわれようとするなんて、実際に恥をさらしているのはどちらなのでしょうね?」
「「なっ!?」」
私はポケットに入れてあった端末機を取り出し登録されている数少ない連絡先の一つであるジェラルド様の画面を彼女たちに見せつけた。
「な、何ですの!?」
「ジェラルド様!?」
「これ以上フォルワードさんに何かされるのであれば、貴女がたの憧れの君の一人であるジェラルド様をここにお呼びして起こっていた出来事を包み隠さずお伝えします!」
「「は!?」」
「嫌でしたら、この場から立ち去ってください!」
「「――っ!!」」
「い、行きますわよ、皆さま!」
「……ええ」
「……なぜ、あんな子がジェラルド様のご連絡先を……」
「……全くもって不愉快ですわ……」
ブツブツと文句を言いながらも彼女たちは去って行ってくれた。
……助かった。こんなことにジェラルド様の連絡先を使うなんて、なかなか最低だとは思うが実際に呼び出すような事態にならなくて良かった。しかし、虎の威を借る狐にも程があったなぁ……もっとスマートに立ち回れるようになりたい。
「……何のおつもりですの?」
「はい? あ、えっと、大丈夫ですか? お怪我とか……」
「ございませんわ」
「そ、そうですか! 良かったぁ」
ほっと胸を撫で下ろす私の様子を見てシャーレ嬢がじとりと睨んでくる。
「もう一度お聞きいたしますわ。何のおつもりですの?」
「……え、えっと? たまたま絡まれているところを見かけたので見過ごすことが出来ずに入ってしまいました……その、すみません……」
「……そう」
シャーレ嬢はつんと顔を逸らすと視線だけこちらに向ける。
「いったい、どういう風の吹き回しなのかしら? 貴女、舞踏会の際にわたくしのことを馬鹿にしていらっしゃいましたわよね。忘れてはおりませんことよ」
「……あ……それ、は……」
確かにそうだ。私は彼女に酷いことを言った。なのに、今更どの口が見過ごすことが出来ないなんて言っているんだ……。
シャーレ嬢にとって私は先ほどの女子生徒たちと何ら変わることのない悪辣な存在なんだ。
「二度と余計なことはなさらないでくださいませ」
立ち去ろうとするシャーレ嬢の手首を思わず掴んでしまう。
「……なんですの?」
美しい眉が顰められる。
シャーレ嬢は、こちらに嫌悪感を隠すことなく全力でぶつけて来る。当然だ。
「ご、ごめんなさい!!」
「……は?」
「あの時、酷いことを言ってしまって本当にごめんなさい」
「何を今更……」
「はい。今更です……すみません。お恥ずかしい話、あの時の私は燻っていて何もかもが嫌になっていて凛と真っ直ぐに背筋を伸ばして立っていた貴女の美しさと強さが羨ましくて……恵まれている貴女になら少しくらい酷いことを言っても許されるだろうと最低な言葉を口にしました」
「…………」
「燻っていたのも見目が良くないのも全て何もしてこなかった自分のせいなのに、貴女を勝手に羨んで貶めて……アルベルト様の辛辣なお言葉は胸に刺さりましたが、投げられて当然のものばかりでした」
シャーレ嬢は冷たい視線のまま黙って聞いてくれている。
「……こんなこと言われても困るでしょうし、フォルワードさんの知ったところではないと思います。それと、謝ったから許してくださいなんて幼稚で傲慢な考えは持っていないつもりですので、ご安心ください」
「……そう。でしたら、もうよろしいかしら」
「……はい。自己満足な謝罪をお聞かせしてしまって、すみませんでした」
頭を深々と下げる。
謝罪したことで更に不快な思いをさせてしまったかもしれない。
本当に、どうしようもないな私は……。
考えていても仕方ないと顔を上げた瞬間。
――パァン!!
…………。
………………え?
頬に触れると熱くてジンジンしている。
今、シャーレ嬢に頬を叩かれた……?
「――勝手なことばかりおっしゃって……」
「……えっ、あ、あの……」
「凛と背筋を伸ばしている? 美しい? 強い? そんなの、そうしていなければならないからですわ! 誰も好き好んで真っ直ぐになんて立っておりません!!」
「……フォルワードさん」
「わたくしだって、怖いことも不安定な時もあります! けれど、そんなところを見せればわたくしのことを良く思っていない方々の餌になるだけですわ!」
「…………」
「恵まれている? 羨ましい? だから酷いことを言っても許されるですって!? ふざけるのも大概になさい!!」
――当然だ。その通りだ。
「貴女に! 貴女方に! わたくしの何がわかると言うのです!!」
シャーレ嬢を見ると震えていた。
華奢な指先が肩が脚が……全身が震えていた。美しい瑠璃色の目には僅かに涙の膜が張られているが決して泣くまいという強い意志を持って私のことを睨んでいた。
――ああ。この子はこうやって……ずっと、こんな風に自分のことを守っていたんだ。
まだ15歳の女の子が誰に何を言われようと負けないように折れないようにと懸命に胸を張って背筋を伸ばして……。私は何もわかっていなかった。彼女の強さを。弱さを。
「……私には謝る資格すらないけれど、他にどうやって貴女にお詫びすればいいのかわかりません……勝手に貴女のことを決めつけて羨んで……っ、……恥ずかし……っ」
ぼろぼろと涙が溢れる。感情が追い付かない。何で私が泣いているんだ、恥ずかしい。目の前の美しい少女は懸命に涙を堪えているというのに情けない。
「……なぜ、貴女が泣くのです? 泣けば許されるとでも思っていらっしゃるの?」
「……っ、……いえ。先ほども言いましたが、許されるなんて傲慢な考えは持っておりません」
「…………そう」
シャーレ嬢は去って行ってしまった。
私はその場に踞る。
本当にどこまでも情けなくて恥ずかしい。自己満足でしかない謝罪をして挙げ句に私の方が泣いてしまうなんて。シャーレ嬢も呆れ返ってるに違いない。
はぁ……とため息を吐いた時。
ぺちりと頬に何かが当たりスカートの上に落ちる。
手に取ったそれは濡らされた真っ白なハンカチであった。
顔を上げると去って行ったはずのシャーレ嬢が両手を腰に当てて立っていた。
「その頬、ちゃんと冷やしておきなさい」
「えっ、あ、あの……?」
「治療はいたしませんわよ。貴女のために貴重な治癒魔法を使ってなんて差し上げませんわ」
「は……はい」
「……それだけですわ!」
「あ、ありがとうございます!」
「…………ふん!」
スカートを翻すシャーレ嬢の頬がほんのりと赤く染まっていた。
投げつけられたハンカチを頬に当てる。
美しい刺繍の施された品の良い物だ。丁寧に手洗いして明日彼女にお返ししよう。
折角だし何かお礼の品をお渡しするのもいいかもしれない。受け取ってくれないかもしれないが、その時はその時だ。
こんな行為、自己満足でしかない。
でも、何かあの美しい少女の好きなものを……どんなものが好きだっただろうか。
前世の記憶を辿りながら私はようやく立ち上がることにした。
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