第13話 創立記念祭・前


 

 ――創立記念祭当日。



 私とキャロルはシャーレ嬢の部屋にお邪魔していた。品の良い調度品が置かれた室内は美しく整えられている。


 シャーレ嬢が奥にあるクローゼットを開くと煌びやかなドレスが所狭しと並んでいた。彼女はその中の幾つかを取り出して行く。


「わたくしの方で、キャロルさんに似合いそうなドレスをいくつか見繕っておきましたわ。……いかがかしら?」

「わあ!  ありがとうシャーレちゃん!」

「ふふっどのドレスも素敵だね」

「うん! みんな可愛くて綺麗で迷っちゃう……ほんとに私が着てもいいのかな?」

「も、勿論ですわ!」


 キャロルが愛らしいピンクを基調としたドレスを選び、シャーレ嬢はボルドーとエメラルドグリーンのドレスで迷っていたようだがエメラルドグリーンの方に決めたようだ。

 ドレスが決まったところで皆でメイクを始める。


「キャロルさん、これが私の手持ちのお化粧品。好きに使ってね」


 持って来ていたメイクボックスを開くとキャロルが顔を輝かす。


「わあ! こんなにたくさん! お化粧品っていろんなのがあるんだね」

「うん。使い方がわからない時は、気にせず聞いてね」

「ありがとうコレルちゃん!」


 お化粧といっても若いので肌を整えたあと透明の下地を塗り軽くパウダーをはたいて、うっすらとチークとアイシャドウを乗せたらマスカラを塗って最後に眉毛とリップを丁寧に……そんな感じだ。

 とは言え、前世よりも余程ちゃんとメイクをしている。


「わあ! すごい! 何だかお顔がキラキラしてる!」


 化粧の終わった自分の顔を見てキャロルがはしゃぐ。あなたはいつだってキラキラしているけどね!


 そもそもキャロルもシャーレ嬢も元が良いのでお化粧を施すことで更に美しさが際立っている。

 私は見事に二人の引き立て役だなぁ。素材が違いすぎる。


「……マルベレットさん。その口紅をお使いになるの?」

「え? はい、そうですが……」

「よろしければ、こちらをお使いになってみて」


 そう言って渡されたのは上品なサーモンピンクの口紅だ。


「あ、ありがとうございます?」


 せっかく、シャーレ嬢が私にと渡してくれたのだからと私は塗っていた口紅を落とし新品のリップブラシに貸してもらった口紅を取ると丁寧に塗っていく。


「わあ! コレルちゃん、さっきのお色も合ってたけど、そのお色も明るくて素敵! すっごく似合ってる!」

「ええ。よくお似合いですわ」

「ほ、ほんと? 嬉しいな」


 二人に誉められて思わず頬が緩んでしまう。


 メイクが終わると次は髪の毛を纏める。私は右サイドの髪を残し短い髪を編み込んで行き最後に繊細な装飾の髪留めを付ける。髪の毛が終るとドレスだ。


 私のドレスは二人のような華やかなものではない。色もミッドナイトブルーの暗めのもので首回りからデコルテまでがレースになっているマーメイドドレスだ。肘から袖先にかけて広がっているところが個人的に気に入っている。


「シャーレちゃん、ドレスすっごく似合ってる! きれい!」

「キャロルさんも、そのドレス似合っておりましてよ」


 先に着替え終わった二人が互いのドレス姿を誉めあっているのが最高に微笑ましい。


「コレルちゃんは、着替え終わった?」

「うん。今、終わったよ」


 私を見たキャロルの大きな目がキラキラと輝く。


「コレルちゃんのドレス素敵! コレルちゃんにピッタリだね!」

「……本当に、とてもお似合いですわ」

「うん! コレルちゃん背が高くて細身だから、そんな風なドレスが似合うんだね!」

「あ、ありがとう! 二人もすごく素敵だよ!」


 えへへと笑う。今回のドレスは師匠と話し合って新調したものの中の一つだ。

 師匠曰く私は華美なものよりもシンプルで体型の分かりやすいものの方が良いらしい。色も淡いものよりも深めの方が似合うとのこと。


 なので、このドレスを褒められるのは凄く嬉しかったりする。


「では、そろそろ参りましょうか」

「「はい」」


 私たちは三人で会場へと向かう。会場と言っても学園に併設された式典会場だ。

 会場の前まで行くと正装したカイちゃんが待っていてくれた。正装も似合うなぁ。脚が長い。


「よお。お嬢さん方、今日は一段とお美しいね」

「カイちゃんもカッコいいよ。ね、キャロルさん」

「うん。すっごくカッコいい!」


 頬を薔薇色に染めて言い切るキャロルにカイちゃんが眩しそうに目を細める。


「ん。ありがとな」


 穏やかにその光景を見ていると隣のシャーレ嬢が口を開く。


「あらあら。お熱いことですこと。わたくし達は先に参りましょうか、マルベレットさん」

「ふふっそうですね。じゃあ、お先に」

「え? あ、あの、コレルちゃん? シャーレちゃん?」


 戸惑うキャロルにカイちゃんがダンスを申し込む。

 キャロルが恥ずかしそうにカイちゃんの手を取ったのを見て心の中でガッツポーズを決めてしまった。


 カイちゃんに目配せをすると小さくピースが返って来る。私は軽く頷くとシャーレ嬢と会場内へと入って行った。


「キャロルさんとガレルローザさんはお付き合いされていらっしゃるの?」

「あ、いえ。まだ、そこまでは……二人は幼馴染なんです」

「あら、そうなの。ですが『まだ』と言うことは可能性があるということですのね」

「……私が勝手にそうなれば良いなぁと思っているだけです」


 シャーレ嬢と並んで歩いていると多くの視線を感じる。皆が彼女を見ているのだ。

 目を見張るような美少女だもんなぁとか考えているとシャーレ嬢のため息が落とされる。


「そんなに魔法持ちが珍しいのかしら」

「ん?」

「人のことをジロジロと……煩わしいったらありませんわ」

「いや、この視線はフォルワードさんが人目を引かれるからだと……」

「……どういう意味ですの?」

「フォルワードさんが、お綺麗だという意味です」

「…………わたくしが? 立ち振舞いとかではなく?」

「……ええ。立ち振舞いもですが、何より見目がお美しいからこそ皆さんフォルワードさんのことを見ていらっしゃるのだと思われます」


 シャーレ嬢が顎に手を当てて難しい顔をしている。もしかして、自覚がなかったのだろうか。


「……家族や使用人の方々からは、良くおっしゃっていただいたりしましたが贔屓目なのだと……。外では社交界の場を除いてほとんど言われたことがありませんでしたし……」

「はぁー……そうなんですね。フォルワードさんは凄くお綺麗ですよ」

「そう、なのですね……確か以前にも言ってくださいましたわよね」

「以前?……ああ、あの時」


 シャーレ嬢が女子生徒に絡まれていた時だ。私が彼女に酷いことを言ってしまったと謝罪した時に言った記憶がある。


「あの時の言葉を含めて信じようと思います。嘘を付いても仕方ありませんし、少なからずとも貴女はわたくしのことを綺麗だと思ってくださっているのでしょう」

「……ありがとうございます。ですが、誰から見てもフォルワードさんはお美しいと思いますよ」


 ふふ、と笑うとシャーレ嬢が真っ直ぐに私を見つめてくる。


「……名前」

「え?」

「……名前、ですわ。ずっと、フォルワードですから……その、シャーレ……で、構いません」

「……シャーレ、さん?」

「……はい」


 頬を染めて返事をしてくれるシャーレ嬢の尊さに顔を覆い天を見上げてしまう。


「……あ、あの、私のことも……良ければですけどコレル、と」

「……コレル、さん?」

「は、はい!」

「ふふっコレルさん」


 あーーーーーー生きてて良かった。


 このあと、キャロルやシャーレ嬢と違って一人壁の花……いや、花は恐れ多いな。草かな。壁の草……微妙だなぁ。


 とにかく一人で寂しく壁際に立ってるしかない私だけど、お陰で乗り越えられそうだ。

 胸に手を当てて幸せを噛み締めていると早速シャーレ嬢のところにダンスの申し込みに数人の男子生徒がやってきた。


 さすがだなぁ。私のことは気にせず行ってきてくださいと軽く背中を押すと後ろ髪を引かれる様子ではあったがシャーレ嬢は男子生徒とホールの真ん中へと進んで行かれた。


 さて、一人になってしまったがどうしようか。壁際に行っておとなしくしているか、それとも何か食べようか……悩んでいると声を掛けられる。



「マルベレットさん。よろしければ一曲お相手願えませんか?」



 目の前の男子生徒の言葉が飲み込めず暫くの間呆然としてしまう。


「……………………え? あっ、わ、私ですか!?」


 ようやく理解出来て思わず慌ててしまう。誰かと間違えてるのかとも考えたが彼は明らかにマルベレットの名を口にしていた。


 生まれて初めてのダンスのお誘いに混乱してしていると他の男子生徒がやってくる。


「あの、次は僕と踊ってもらえませんか?」

「その次は俺ともお願いします!」


 …………何が起こっているの?


 この人達は本当に私に声を掛けているの? 幻覚か何かなのかな? いや、待て冷静なれコレル。もしかしたら罰ゲームなのかもしれない。

 そうなると、彼らは何かの賭けに負けて私に声を掛けているのだ……可哀想に。


 このフロアには美しく着飾った素敵なお嬢さん方で溢れているのに……よりによって私に声を掛けさせられるなんて気の毒にも程がある。


「……あの、心中お察しします」

「……はい?」

「私は気にしていませんので。……皆さんも運がなかったですね」

「……え、えっと? ダメってことですか?」

「ん?」

「……ん?」


 どうにも話が噛み合っていない。


 ここは、ちゃんと罰ゲームだと分かっていることを伝えるべきかを悩んでいると後ろから誰かがそっと私の肩に手を添えて来る。


 驚いて振り替えると、そこに居たのは思いもよらない人物で私は目を丸くした。 


 

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