不埒な悪戯
「・・・はっ!」
雪姫は嫌な予感がして、やっと気を失っていた状態から意識を回復した。
ついで見回すと、雪姫にあてがわれた客室ではなく、どう見ても一番最初に運ばれた式の部屋だった。
いつの間にやら彼の天蓋付の寝所の上にいたのである。
薄いカーテンがいつもはあいているのに、今は閉まっている事実にどきりと心臓がはねた。
「な、なんで式の寝所にいるの?」
とりあえず声に出してみるが、返答するものは誰もいなかった。
「と、ととととりあえず、逃げなきゃ!今すぐ逃げなきゃ!」
そういって急いで襖をあけると、いつも見えるはずの廊下はなく、外がえらくぐにょぐにょうにょうにょした気味悪い空間になっていた。
すると、どこにいるかわからない、彼の式神・神楽が無機質な声で警笛をならした。
「―――警告!警告!現在この寝所周辺は、亜空間になっているため、逃亡は不可」
「え――――ッ!?何これ!?どうなってんの?」
雪姫は、襖を開けたまま絶叫した。どう考えてもこの先この空間に飛び込んだって嫌な予感しかない。
「――――状況説明。現在この城は、元老院の監視下にある。主たちの生活を元老院は24時間監視体制。遠隔監視法術『千里眼』発動中。しかし、これから主たちは、閨で睦みあう予定なので、邪魔されないよう偽の映像を流し、さらに亜空間で囲んだ結界で千里眼すら完全防御する仕組みになっている。不用意に出歩かないことを警告する!」
「なんだって?雪姫たちの生活、元老院が見てたのか?」
「極めて肯定。主が花嫁殿に手をだすか否か、遠隔監視法術『千里眼』の発動を確認。目下現在も監視継続中」
そう神楽が馬鹿丁寧に説明している間も、雪姫はどこか脱出できないかと目線をぐるぐる彷徨わせていた。しかし、それを察したのか、いきなり神楽が雪姫に問うてきた。
「どちらへ行かれる?――――主の花嫁殿?」
「決まってんだろ!式の奴に犯される前に、ここから逃げ出すんだよ!!」
いちいち神楽の相手をするのも苛立たしく、さっさとずらかろうとする雪姫に、なおも式神は無情に応えた。
「それは完全不可能。なぜなら貴方のすぐ後ろに―――――すでに主が、いらっしゃっている」
神楽の冷静な言葉にぎょっとして後ろを振り向くと、――――雪姫はこれでも気配に聡い方なのだが、風呂からあがってきたのだろう、たくましい体から湯気をかすかにたちのぼらせて、狼の面をはずした黒髪の凛々しい男が、雪姫のすぐ後ろに佇立していた。
さきほどから、雪姫に熱っぽい視線を送っていたらしく、この事実に雪姫は心底ぞっとした。するとめまぐるしい勢いで頭をフル回転させて、この場からさっさとずらかろうと、自然に口が滑り出した。
「ご、ごごごめん、式!私、ちょっと具合悪いんだ。自分の部屋で寝てもいいかな?」
「へー。そうなんだ?大丈夫?でも心配ないよ?雪姫の看病は俺がするから!」
すると、よせばいいのに、何を思ったか式神・神楽が余計な横やりをいれてきた。
「生体検査確認、検索開始―――――終了。どこにも異常なし。主、花嫁殿はきわめて健康体であると判断」
(うわぁあああ!最悪だぁ!嘘だとばれたぁああああッ!!)
雪姫は、真っ青になって顔から滝汗が噴出してくるのをとめられなかった。しかし、嘘をつかれた式はいたって怒る風でもなく、あっさりと雪姫の体を勝手に調べだした神楽を諌めた。
「こら、神楽ぁ。主の許可なく勝手に調べるなよ。俺の雪姫が驚くだろう?」
「それは大変失敬。神楽、花嫁殿が心配だっただけ」
「ちょ、ちょっと神楽さん!なんでそんなこと言うんですか?さっきは逃げろみたいなこと言っておいて・・・」
「発言の意図が不明。神楽は事実をのべたまで」
「そりゃ無理だよう、雪姫。神楽は、俺の言うことしか聞かないから」
「極めて肯定。現在神楽の主は、世界で唯一人、風早式のみである」
味方だと思っていた神楽から、突き放されるという、衝撃の事実に絶句していると、いつの間にか彼女の細い手首をとって、式が自分の胸の中へと閉じ込めてしまった。
「雪姫!つ――――かまえた♪」
式は嬉しそうに怯える雪姫に抱き着くと、これまた愛しげに頬ずりした。
―――こわい。何かが、始まる。
そう思った雪姫は、珍しく泣きそうになりながら、彼から離れようとした。
「や!式、はなし、て――――」
「どうして?どうして?俺はもうずっと雪姫に会えなくて、寂しくて寂しくて――――ずっと恋焦がれてたよ?どうして離してなんて言うの?」
式は眼を細めて笑って言っていたが――――あきらかに瞳は飢えた狼のような眼をして雪姫を映していた。
そして、無情にもさっきまで開いていた襖が、バタ―――――ンと勢いよく閉まる音が響き、それと同時に式の低く艶やかな声が、どこにいるかわからない式神・神楽に命じた。
「神楽、あとのことは任せる」
「極めて了解。主、ごゆるりと楽しまれよ」
これが、主と式神のおそろしいまでの連携プレーであった。雪姫はさっきからいやな動悸がなりっぱなしで、自分がもうすでに籠の中の鳥なのだということを、恐ろしいまで理解していた。
「い、いやぁ―――――ッはなして――――ッ!!」
かくして広大な城の奥で、可憐な断末魔が響いたのは言うまでもない。
・
・
・
・
先ほどから、体を小刻みに震わせている愛しい彼女の背中を、式は抱きしめて優しくなでていた。
「大丈夫。雪姫。怖くないよ?俺も初めてだから」
「や、式!まって、何、するの―――?」
すでに部屋はいつの間にか薄暗くなっており、今が昼だか夜だかわからない状態だった。それがよけいに雪姫を混乱させ、行燈の光に照らされた彼はぞっとするほど、美しかった。
その両眼が、色鮮やかに赤い。
彼が姫君との情事を前に興奮している証である。そして、見る者を従わせる魔性の瞳であった。
「何って・・・神楽から聞いてないの?今から、雪姫と睦みあうんだよ」
「じょ、冗談だよね!?冗談だよね!?」
明らかに動揺しまくって2回も同じことを聞いてしまった雪姫を、式は不敵な笑みでせせら笑った。
「冗談で、こんなこと言うと思う?俺はずっと、ずっとこの日が来るのを待ってた・・・!」
そういって、雪姫を寝台へ押し倒すと熱い唇で雪姫の唇を封じた。
あまりの出来事に雪姫が眼を白黒させていると、式は美味しそうに雪姫の白い首筋を舐めていた。
「怯えなくていいよ。雪姫。すぐ気持ちよくさせてあげるからね」
情欲に満ちた眼で、色っぽく上目遣いに雪姫を見やる彼とは違い、雪姫は涙目で歯をカチカチいわせて震えていた。すると、彼女の眼からぽろりと一筋の涙が滑り落ちていった。
「や・・・式。やめて!お願い!同衾しちゃいけないんでしょ?」
「・・・しないよ?そのお楽しみは俺たちの新婚初夜にだーいじにとっとくよ?でも、別に挿れなくても、雪姫の体にいやらしいこと、いっぱいできるもんね?」
震える彼女の心も知らず、情欲に狂った黒狼は淫靡に口を三日月にあけて笑うのであった。
そして、熱っぽい吐息を吐きながら
「ああ、雪姫の唇は美味しいね。ぽってりとして吸いつきがいがある」
といって何度も愛し気に口づけた。
可愛そうに雪姫は、今から始まる行為に恐れて、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
ちゅく――――
男は、そんな彼女の泣き顔すら愛しいとおもって、そっと彼女の頬のこぼれた涙に唇を寄せた。
「式!やめて!それ、舐めないで!」
「・・・なんで?雪姫も俺がふさわしくないっていうの?」
愛しの雪姫から、拒絶されて、式は捨てられた子犬みたいに、しょぼ―――んとした。しかし、今からする事の重大さをわかっちゃいないばかちんに、雪姫は苛立ったように声を荒げた。
「じゃあ巫女姫だけに伝わる秘密言うけど!巫女姫の体液―――王蜜はその香りでまわりの男の人狂わすの!一度王蜜を口に含んだ男の人は麻薬みたいに定期的に、巫女姫から王蜜もらわないと、巫女姫なしじゃ、生きていけなくなるし!しばらく離れたりして禁断症状でたら、精神発狂する、危険な物なの!永遠の巫女姫の虜になるんだよ?式はそれでいいの?」
『精神発狂』と言えば、少しは頭が冷えるだろう。と雪姫は冷静に考えたのだが、恋に狂った男の前では何の意味ももっちゃいなかった。式は、不思議そうにきょとんとしたが、すぐに満面の笑みで答えた。
「ああ、なんだ。そんなこと。そんなの、全然かまわない。俺はもう出会った時から、雪姫の虜だ」
そういうと躊躇なしにあふれでる禁断の甘露を、熱い舌にからめて存分に味わい始めた。
「ああ、なんて美味しいんだろ!雪姫の王蜜、美味しい!美味しいよう!!」
理性では拒絶するものの、あきらかに好いた男の愛撫に悦んでいる体に、雪姫は真っ赤になって体をよじるばかりだった。真っ赤になって恥じらう姿も、とても愛くるしい。式はもう我慢の限界だった。
「も、いいや!我慢するの、やーめた!最終的に挿れなきゃいいんだし。どんないやらしいこと、雪姫の体に教えてもどうせ夫婦になるんだから、誰もとがめやしないよね?」
「ああ、雪姫、雪姫ぇ!愛してる!愛してるよぉ!」
そういってさらに雪姫の白い体を蹂躙しようと、黒狼が覆いかぶさろうとした、
――――その時だった。
泣いて嫌がる少女を助けるための、天の助けだったのだろうか?
ビ――――ッビ―――――ッとけたたましい警告音が、城内に響いた。
ついで、相変わらず無機質な音声で神楽が警告し始めた。
「――――警告!警告!複数の人物の、次元転移確認!その複数の人物が、煌牙城の結界を破り、強制乱入!
主、おそらくこの人数――――『元老院の七賢者』と推測!!急いで対応されたし!」
如月の巫女姫 月影琥珀 @kohaku5111
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