運命の再会
それは華やかな儀式だった。
雪姫にとって待ちに待った、黒狼の叙勲式だった。
たくさんの黄金の紙吹雪が舞う中、任命式は滞りなく行われた。
主役から円を囲むように、多くの観客が新たな黒狼の再来を祝った。
もちろん、その黒狼の正面には、元老院の賢者たち、ならびに奥の御簾の中には、この世界を統括する12人の巫女姫が勢ぞろいしていた。もちろん、如月を総べる雪姫もちゃんと呼ばれていた。
きらきらと輝く紙吹雪の中、雪姫は万感の思いで、中央にいる男を見つめていた。
白と青の武官装束に身を包んだ、風早式はただ、まっすぐに元老院の賢者たちを見つめていた。顔立ちはすこぶる美男であるため、観客に来ていた乙女たちの黄色い歓声が聞こえる。
(やったな!式!)
雪姫は握り拳を作りながら、同じように新たな黒狼の誕生を喜んでいた。
そして、彼がちゃんと約束を果たしてくれたことも。何よりも、ここの誰よりも嬉しく感じていた。
「さて風早式。貴様の働きぶりに、天寿元老院は応えよう。何か望みの品はあるか」
「えーと・・・その前に確認なんですが。本当に何でももらえるんですか?」
「無論だ。貴様の望みどおりにしよう。ま、もっぱらたいていの男は、金だ宝石だの城だの言ったがの」
「それじゃ・・・失礼してっと」
(?・・・・???)
なんかずんずんと足音が近づいてくるので、雪姫はまさか、と戦慄した。
だが、巫女姫たちがこの会場のどこにいるかは、十分に秘匿とされていて知らないはずだし、第一厚く御簾がかかっているからどこに誰がいるかわかるわけはなかった。しかし、お付きの莉理の切羽詰った声が聞こえる。
「姫様!下郎がきます!お逃げください!!」
・・・と雪姫が油断していると、御簾のすきまから、力強い男の腕が雪姫の細腕をがっしりつかむと強引にすぽーんと男の方へと引っ張りあげられてしまった。
すると、いきなり傍若無人な男に引っ張り出されて、御簾から現れた可憐な姫君に会場は騒然とする。
「お、おい!雪姫さまだ!如月の雪姫さまが現れたぞ!!」
会場の人々は指をさしながら、興奮した様子で、雪姫に一点に視線が集中した。
雪姫は、気が付けば力強い男の腕の中に抱きかかえられていた。
「・・・・え、えと。・・・式?」
おそるおそる上を見上げるが肝心の男の顔は逆光で良く見えなかった。怒声やら歓声やらが響きあい、会場はパニックとなっていた。
世界の宝である巫女姫を守ろうと、式のまわりを元老院の衛兵たちが囲い込むが、男が冷たい視線と声で
「――――どけ。俺と俺の女の花道を邪魔するな」
と一喝するとすごすごと去っていった。
これを見て一番大慌てになっていたのは、天寿元老院の賢者たちである。
「お、おい!お前!如月の巫女姫さまに何をしておる!まだ未婚であらせられるのだぞ!男のお前が玉体に触れてはいかん!穢れる!!死刑ものの大逆罪だぞ!巫女姫さまに触れていいのは、伴侶と決まった夫だけだ!」
と式を非難する怒号が飛んだが、男はどこ吹く風といった風に受け流していた。
そうして、優しく雪姫を下すと、やっと雪姫は凛々しく成長した風早式を間近に見ることになる。
あれから身長は十分に伸びていたし、体つきも見違えるほど逞しくなっていた。
短髪の黒髪は宵闇をはぎとったかのよう。
目元は涼しげで凛々しく、ただ、鳶色の瞳は変わらず、優しく雪姫を映していた。
すっと通った鼻筋も形のいい薄い唇も、少年だったあの頃の面影を残したまま、大人の色香を漂わせる凛々しい武人となっていた。
最初、雪姫はあの式とは別人かと思ったが、雪姫の胸はくすりと笑った男と眼があっただけで、どきんと高鳴った。
笑っていた顔に面影はちゃんと残っていたのだ。
見つめあっていただけで、時が永遠に止まってしまったかと思った。なんてぼんやりと考えているといつの間にか、式が端正な顔を間近に近づけていた。いきなりの熱い口づけだった。
「や・・・ふぁッ・・・し、きぃ・・・も・・・んぅッ」
初めてする舌をからめた濃厚なディープキスに、雪姫は息も絶え絶えで、やがて名残惜しげに唇が離れるとぐったりとして式の方へ体をゆだねるばかりだった。
式は雪姫を愛しげに抱きしめると、今度は紅い舌で雪姫の薔薇色の頬を舐め、白く細い首筋にいやらしい水音をたてて、まるで自分のものだと言わんばかりに赤い痕を残した。
巫女姫は初潮を迎えたら現世から隔離され、そのあと成人してから、一番初めに触れた異性のものになる、という厳格なしきたりだった。
こうして雪姫は、求婚もなしに、いきなり公衆の面前で穢され、目の前の男の、
強引な黒狼のものになってしまったのである。まだ口づけの余韻でぐったりしている雪姫を抱きしめながら、新米の黒狼は、満面の笑みで高らかに宣言した。
「如月の『雪姫』さまを、俺の妻に、『もらいます』」
この衝撃の一言に、元老院をはじめ、観客が度肝を抜かれたのは言うまでもない。
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