小さな逢瀬と将来の動機
それからというもの、うさこの一件があっていらい、二人はより親密になっていった。式は、隷人区という最下層に住んでいたので、雪姫に会いたくなったら、休みの日に3時間かけてこっそりと城へのぼり、雪姫の部屋へと足を運ぶようになった。
城にはもちろん、侵入者の罠が仕掛けられているのだが、彼も何度も失敗を繰り返すうちに罠に対する攻略を心得たのか、最後はすいすいと登って来るのであった。彼は愛しの雪姫に会うためなら、ちっともこの道のりが苦ではないのである。
その日も、雪姫の部屋の窓をコツコツと叩く音がした。
式だとわかっていた雪姫は、喜び勇んで窓を開けた。
「あっははは!式ぃ!お前マジで猿みたいだなー?一体どうやってこの高いところまでくんの?」
「別にー?えらい奴ほど上にいるんだから、高いところ目指していけばいいだけだろ?」といってしれっと部屋へ入ってくる式だった。
雪姫はいつも、式が来ると自分の部屋へ招き入れて、しゅわしゅわする炭酸のラムネとお菓子で歓迎するのが決まりだった。その日はいつもと違い、式が真剣な様子で雪姫に尋ねた。
「なあ?雪姫。お前許嫁とかいるの?」
「何、急に。別にそんなのいないよ?」
「龍玄さまが、酒宴のときに仰っておった。雪姫には世界最高の男を与えたい。『黒狼』が復活すればすぐにでも雪姫の夫にさせたいって。『黒狼』ってなによ?」
相変わらず父の口癖を聞いて、雪姫は呆れたように手で顔を覆った。
「あー、親父の奴、それ口癖なんだわ。んーと『黒狼』ってなんていうかすんげぇカリスマ性をもった救世主みたいなやつなんだよ。とにかく、やったらめったらおっそろしく強い【武神】なんだ。兇手って暗殺者の職業の最高位階の。
しかも『黒狼』になれば元老院からなんでも一つ、欲しいものがもらえるんだって」
「じゃあお前ら『巫女姫』ってなによ?」
「何でもこの世界の、闇妃さまっていう女神さまの血を色濃く受け継ぐ女のことなんだって。んっと一妻多夫制で、後宮つくっていろんな男の人と仲良くして、強い能力の血を継ぐ子供を、たくさん産むのが義務なんだって」
「ふうん?じゃあお前も、いつかは、後宮つくっていろんな男とまぐわうの?」
式のストレートな質問に、雪姫は真っ赤になって言葉を返した。
「ばッ・・・ばか!そんなの嫌だ!雪姫は好きな男としかしない!」
「でも、いろんな男とまぐわうのが仕事なんじゃないの?」
「昔はな!でも今は巫女姫が伴侶を決めていいんだ。そのかわり、伴侶とたくさん子供作んなきゃいけないから、みんな嫌でも慎重になるんだ。それにな?巫女姫って妻がいるのに、よそに女作ったりするとな?」
「・・・・すると?」
「男に天罰がくだるんだと。巫女姫を裏切ると、そりゃあ末代まで、苦しんで苦しんでのたうちまわって死ぬんだって」
「ハッ!なんじゃそりゃ!別にこわかねーよ。要は巫女姫のことを、妻としてずっと溺愛してればいいんだろー?」
「でも伴侶として選んでも、まわりに認めてもらえないと結婚できないんだって」
「認めてもらうって?」
「んー?なんか偉業を達成した人?社会に大きく貢献した人じゃないとダメなんだって」
「身分は?やっぱり天界の貴族じゃないとダメなのか?」
「んーん、それは関係ない。とにかく元老院のジジイどもが納得すりゃいいんだって。別に天界の貴族じゃなくても、神威人同士で結婚した人、いっぱいいるもん」
「・・・じゃあ、その相手は俺にしろよ」
突然の彼の申し出に、雪姫は眼をぱちぱちとさせた。
「へ?式に?なんで?」
「俺がお前を、女として抱きたいからだよ」
「え?抱きたいって、抱っこするってこと???」
「ち―――が―――う!!俺が言ってるのはお前と夫婦になりたいって言ってんの!」
「え・・・それって」
思わず嬉しい彼からの求婚の言葉に、いつもは男のようにふるまっている雪姫も、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「――――言え。雪姫。俺が『黒狼』になったら、俺の女になると」
けれども、雪姫が出した返事は彼の言葉を突き放すものだった。
「ダメだ!!そりゃ、雪姫も式が好きだし、一緒になりたいって思うけど・・・無理だよ!『黒狼』になるってことは『人殺し』になるってことなんだぞ!私は、優しい式には、普通でおだやかな人生を送ってほしいんだよ!
ほら、たとえば、農夫とかさぁ!!『黒狼』の道を選ぶってことは、死よりもきつい生き方なんだぞ!」
「・・・上等だ。それでお前を、誰にも邪魔されずに、好きなだけお前を抱けるんなら安いもんだ」
「お前が勝手に俺の人生、決めんなよ。それで誰にも邪魔されずに、お前を得られるなら、俺は喜んで血まみれの茨の道を行く。―――――邪魔するものは許さない。例え雪姫でも」
雪姫はじっと式を見つめた。
彼の眼がじわじわと赤くなっていくのがわかったので、彼が本気なのだというのはよくわかった。そして、一度決めたら頑固だということも。雪姫はそっとため息をついて頷いた。
「・・・わかった。雪姫は待つ。式が約束を果たすまで」
「ただし期限は500年だ!それ以上やっても無理だったら、雪姫のことは諦めろ!」
500年というのは、今までの【黒狼】のなかで、最短になった人でもこのくらいの時間がかかるとんでもないものだった。それでも、凡人が追いつけるスピードでは到底到達しない膨大な時間だった。それだけ黒狼の修練は想像を絶するほど厳しいのである。
「・・・わかった。これでしばしの別れだ。雪姫」
そういうと二人は静かに、つたないながらもお互いの唇を重ねた。これから離れる時間の膨大さを感じながら、雪姫は寂しいと感じるとともに、彼が本当に夫になってくれればいいのに、と口づけに願いを込めた。
すると式がキンッと親指ではじいてきたので、その丸い輪っかをみて、仰天した。
それは、彼の母親、八重さんの形見で、死ぬまではずさなかった結婚指輪だった。
「・・・持ってろ。俺の唯一の宝だ。お前に預けておく」
「おふくろの形見だ」
「八重さんの?ダメだ!お前が持たないと・・・」
「言っておくが、預けておくだけだ。次に会うときは、指輪ごとお前のぜんぶをもらう。体も心もすみずみまで」
こうして、二人は静かに離れた。
それから、雪姫は彼との誓いを固く信じて、巫女姫の修行に明け暮れることになる。意外だったのは、300年後、彼はなんと200年も短縮して【黒狼】の認定試験に合格してしまったことだった。
これには雪姫も仰天した。何かやらかす奴だと思っていたが、まさかこれほどとは。
いやはや、恋の一念というのは時に恐ろしい結果を出すものである。こうして、長いときをへて、二人はやっと再び運命の再会を果たすことになる。
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