私が彼を好きになったワケ
もうすでに式が麗月城に訪れて、三か月がたとうとしていた。
その日も、昼休みに城の堀のそばの原っぱで寝転がって昼寝をしていると、いきなり影がおりてきた。
「し―――――き!!」
何事かと式が驚いていると、ぎゅっと柔らかい体で、雪姫が抱き着いてきたのであった。
「な!?なんだよ、雪姫!!いきなりびっくりするだろ!」
式は顔を真っ赤にしながら、抱き着いてきた雪姫をやんわりと引き離した。
「久しぶりだねぇ!式!もうお城には慣れた?」
「あ?ああ、うん。お前には感謝してるよ。おかげで食事と住むところには苦労してないからな」
「そっか―――。良かったね!」
満面の笑みでにこにこしている雪姫を見つめてると、動悸がやけにうるさい。
なるだけ平静を装いながら、式は雑談することにした。
「珍しいな?お前が城から降りてくるなんて」
「えへへ。これでもけっこう抜け出してるんだよ?舞の稽古とか勉強とか、莉理がうるさいんだもん!ずっとあんなとこいると息がつまっちゃうよ!それにねー、今はこの子のお散歩の時間なんだ!」
そういって雪姫が自分の胸元を見やると、着物の隙間からごそごそと動く白い物体がいた。
「なんだよそれ?綿毛か???」
「違うよー。じゃじゃ――――ん!雪姫のペットのうさこだよ!!」
そういって胸元から引きずり出すと、長い耳で真っ赤なおめめした、真っ白いふわふわした子ウサギだった。
子ウサギは式の顔を物珍しそうにふんふんと鼻をならしながら、危険がないか調べているようだった。
「お、おお!ウサギかぁ!俺、初めて見た!可愛いいなぁ!!」
「えへへ――――。うさこは大人しくて人懐っこい子だよ。式もなでてみなよ!」
「え・・・でも今まで動物に好かれたことないんだけど。大丈夫かなぁ?」
式はおそるおそる震えながら手をのばそうとすると、ぴょんと雪姫の手から式の元へといきなりうさこが飛び出してきた。式の胸の中に飛び込むと、嬉しそうにすりすり体をすり寄せていた。
「ほらぁ、大丈夫だって!うさこは優しい人間がわかるんだよ!式は安心だと思ったんじゃない?」
「う・・わ―――――!ぬいぐるみみたいだな!可愛い奴だなぁ」
そういって式の手からなでられると、気持ちいいのかうさこはうっとりと眼を細めた。やがて安心したのか、うとうと眠り始めた。
「あ・・・うさこ、寝ちゃった――――」
「え?・・・え?俺、どうしたらいいんだ?もう休み時間終わるのに・・・」
「大丈夫だよ。うさこは雪姫が預かるから。そっと移動すれば起きないよ」
「あ、そっか。じゃあ頼むな、雪姫」
「うん。あ、けど、最近うさこ元気なかったから、ちょっと元気になってよかった―――」
「そうなのか?」
「うん、お医者さんに見せたら、少しずつ衰弱してるんだって。まだ元気な盛りなのに、おかしいって言ってた」
「じゃあ、安静にしないとな。じゃあな、雪姫!」
「うん、じゃあね!式!」
こうして二人は別れた。けれども木陰から憎悪の表情で見つめているものがいたなんて、二人はまったく気づかなかった。
「おい!風早!お前、姫様のなんなんだよ!?」
また、はじまった――――。
その声をかけてきた人物にうんざりしながら、式は無視して庭の掃除を続けた。
「おい!俺が聞いてるんだろ!返事をしろよ、風早ぁ!!」
「これはこれは、新橋さま。この話は以前にもしたように思いましたが?」
さすがに身分が上の人物からの問いに、これ以上無視するわけにはいかず、式は丁寧に返した。
この目の前にいる丁稚仲間の上では、身分が上位の新橋といった。新橋は貴族の息子で、何かにつけて伊勢のつてで入ってきた学のない式を、取り巻き二人とともに何かにつけていびったり、よくいじめていた。
式も最初は、反抗していたものの、身分が全て上の新橋ばかり優遇されてしまい、
どんなに周りの大人たちに助けを求めても聞いてもらえなかったので、もうあきらめていた。
もちろん、伊勢に伝えることもできるのだが、良くしてくれる彼女には迷惑をかけたくなかったので、言えないでいた。
つまり、コイツの相手はしない方が得策で、もし絡まれてもじっと嵐が過ぎるのを待つのが一番の得策だった。
「俺は見てたんだぞ!城の堀で、姫様とイチャついてたお前をな!お前、姫様のことはなんとも思ってませんとか言ってたけど、絶対嘘だな!あ―――んな優しい眼して、鼻の下のばして俺の姫様をみつめていたくせに!」
別に鼻の下なんてのばしてないのだが、少しずつ雪姫に好意を抱いていたのは本当だったので、内心ぎくりとしてしまった。けれどもそれが顔に出てしまったからだろう。新橋はさらに畳みかけてきた。
「いいかぁ!姫様は、出世した俺といずれ結ばれるんだからな!お前みたいなこ汚い農民の餓鬼なんか相手にするかってんだ!お前もいい加減、身分をわきまえて姫様に馴れ馴れしい態度とるのやめろよな!!」
といってきた。要するに自分より雪姫と式が仲がいいものだから、子供じみた嫉妬からくる発言なのであった。
「前にも言いましたが、雪姫様と俺はちょっと下界で知り合っただけで、それ以外は何も。新橋さまが心配するようなことはとてもとても」
内心不細工なニキビ面を踏み潰してやりたい衝動を抑えながらも、式は能面のように感情を押し殺して機械のように答えるだけだった。
「ふん!だったらいいがな!いいかぁ?今度姫様が話しかけてきても、自分はとても話せる立場ではありませんとか言って離れろよな!今度あったらまた私刑だからな!また、つめたぁーい井戸にぶち込まれたいのか?」
「承知しました。なるだけそのように心がけます」
式は心の中で舌をだしながら、適当に相槌を打った。こういうのは適当に流しておいて持ち上げとけばいいのである。
別に私刑になっても、怖くはないのだが、あとで周りから叱責されるのはいつも式なのだから。これが、彼がここ数か月で習った処世術なのであった。
ところが、その数日後。
雪姫の耳に式が牢にいれられた、という噂を聞くのである。
なんでも、貴族の息子達にいきなり暴力をふるったとかで牢に蟄居させられているときいた。
いてもたってもいられない雪姫は、時間ができたのを見計らって、地下の牢獄へと侵入した。冷え切った石畳をあるくと格子状になっていた檻がみえ、明かりが見えた。どうやら、あそこに式がいるらしい。
「式!!」
雪姫は格子にてをかけて、小声で彼を呼んだ。牢の奥で寝転がっていた式は驚いたように眼を見開いた。
「おま!な・・・なんで、ここにいるんだよ!」
「式が牢屋に入ってるって聞いたから飛んできた!ねえ、同じ丁稚仲間の人に暴力振るったって本当?」
「・・・・・ああ。本当だよ」
よく見れば式は体のいたるところに青痣ができていた。彼の名誉にかけて誓うが、丁稚仲間にやられたのではなく、取り押さえようとした大人たちにぼこぼこに折檻されたのである。口の端からは血がにじんでいて、痛々しいことこの上なかった。
「―――嘘だね」
「何がだよ?」
「式は暴力ふるったりしないもん。もししたんなら、何か理由があったんだ」
「は・・・はッ!そうじゃねぇって。ただたんにイラついてたから、憂さ晴らしに殴っただけだよ。まったくあの時の新橋の顔見せてやりたかったよ。俺が反撃するなんて思ってなかったんだろうから、泣きながら親父の名前呼んでさー」
「嘘だね」
「つッ・・・・!?だから、本当なんだって!!俺がいい加減ブチ切れて、アイツを殴っただけだって!!」
「式の嘘つき。なんでそうやって悪ぶるの?式は理由もなしに、そんなことしないもん!」
「なんでわかるんだよ?」
「貴方は、人が傷つく痛みを知っている人だから」
「え?・・・お前、なんでそんなこと知って・・・?」
「たまにね。なんかおかしいとは思ってたんだ。前に遊んでた時に着物の裾から痣とか見えてから。だからって一緒に住んでるのはあんなに優しい八重さんだけだったから、信じられなかったけど」
「お前、知ってて・・・・」
「なんとなくね。ま、空気読んで知らないふりしてたけど」
―――――はあ。
牢屋の奥で重いため息が聞こえた。
「まったく、お前にはかなわねぇなぁ」
「だったら、観念してホントのこと話してよ」
「あ――――、わかったわかった。話すから」
そして彼は語りだした。暴力事件の真実の話を。
「お前のペットにうさこがいたろ?」
「うさこ?今もいるよ?」
そういって懐からもぐっていたうさこを取り出した。ただし、以前会った時より明らかに元気がなくなっていた。長い耳は元気なさげに垂れ下がり、ぐったりしている。
「うさこ、どんどん元気がなくなってるの。心配だから、できるだけそばにいてあげるんだ」
「それなんだけどよ。そいつ、毒盛られてんぞ」
「ええっ!?どういうこと!?」
「かなり微弱な毒だけどな。でも食べ物とかに混入させて摂取していると、確実に死ぬらしい」
「なんで、そんなこと知ってるの?」
「そりゃ、当の本人が得意げにしゃべってたからな。――――新橋の奴だよ」
「アイツ、雪姫に告って盛大に人前で振られたんだろ?それに根にもって、雪姫に仕返ししたいって前々から考えてたらしい。雪姫が留守の時をねらって勝手にお前の部屋に入って、うさこのえさに毒入りの餌とすり替えてたらしい」
「えっ!?じゃあ、うさこが衰弱してたのは――――」
「間違いなく、新橋と取り巻きの奴らだよ。俺はたまたま木陰で聞いてただけだったんだけど」
「まったく胸糞悪ぃ話だよ。それで、俺も周りの大人たちにそのことを伝えたんだけどさ、新橋の奴、外面はいいから、誰も信じないの。まあ、俺が下界からきた身分のない餓鬼だってのもあるんだろうけどさ」
「んで、肝心の伊勢さんは出張してて留守だったし、嫌だけどなんとか、お前の莉理さんに手紙だけでも伝えようとしたんだけど。たぶん莉理さん、俺の事嫌ってるから手紙読まなかったんだろうな」
「そんで、次の日の夜、とんでもないこと奴らたくらんでやがった。俺、とんでもないものみちまったんだ」
「え?・・・何を?」
あまりの新橋の執念のおぞましさに、雪姫は嫌な予感がしてならなかった。
「アイツら、雪姫がその日、泊まりでどっか出かけてる間、嫌がるうさこを拉致って毒針で、うさこの眼を潰そうとしてやがったんだ!!」
「なんですって!?」
「これには俺がブチ切れそうだっよ。だから、俺は必死でうさこをかばって懐に隠した。傑作だったよ、新橋の奴、顔真っ赤にしながらうさこを取り戻そうとしてたからさ。俺も余裕なくて、全力で奴らをブッ飛ばしたってワケ。俺が馬鹿力なの、雪姫も知ってるだろ?だから、気が付いたら取り巻きもろとも顔面グッシャグシャにしてたからさ。そんで、アイツら、俺が一方的に殴ったとか騒ぎ始めたから、起きだした周りの大人たちにとっつかまって、御用になったってワケ。うさこは伊勢さんがこっそり戻しておいてくれたらしい」
「式は?式はケガしなかったの?」
「俺がそんなヘマするかよ。まあ、唯一アイツらが持ってた毒針が二の腕に刺さったから、しばらく下半身にしびれがきてるけどな。たいしたことねぇよ」
「な、なんで――――」
「どうして、式がそんな危ないことしなきゃいけなかったの!?下手したら死ぬかもしれなかったんだよ?」
「しょうがねぇだろ?どんなにわめいても身分が低けりゃこんな風に隠ぺいされちまう。それに――――」
「それに、うさこに何かあったら、お前が泣くだろう?」
―――――――それだけのために?
それだけのために、死ぬかもしれない毒針から、身を挺してうさこをかばってくれたの?
雪姫はなんだかわからないが、涙がとまらなかった。
しかし、涙をぬぐうと新たに決意した。
「私、勉強頑張る!そんで、こんな身分が優先させる世界なんか、ぶっ壊してやる!そんで、ちゃんと実力のある人が評価される、そんな世界を作る!!」
「おお、頑張れよ。お前なら、きっとやれるよ、雪姫」
「式もだよ!式もちゃんと出世してよね!じゃないと一緒に遊べないじゃない!」
「はいはい。楽しみに待ってるよ」
こうして、牢屋の檻をへだてての、短い逢瀬は終わった。
――――結果はというと。
事の真偽を雪姫から聞いた、龍玄は式を一週間で牢から釈放した。その釈放した先には、もう城の中には新橋も、取り巻きたちもいなくなっていたそうである。
そして、牢から出た風早式はというと――――
もふもふ。もふもふ。
元気になったうさこのつやつやの毛並みの感触を楽しんでいた。
いつもどおり、また堀で休んでいると、うさこを雪姫が連れてきたのだ。今は元気にぴょこぴょこのっぱらを飛び回っているので、毒もすっかり抜けたようだった。
うさこに盛られていた毒は、新橋の領地でとれる新種の毒だったようで、特定に時間がかかってしまったと主治医が謝っていたようである。
「うさこもすっかり元気になったね」
「だな。ペットが元気なのはいいことだ」
式も寝転がりながら、元気に飛び跳ねるうさこを気だるげに眺めた。するとぴょんと式の胸の上にうさこが飛び乗ってきた。いつもどおり、すりすりとすりよると、ちょんと式の唇に口づけた。
どうやらささやかなお礼のつもりらしいが。
なんだか、居心地が悪くなって脂汗をかいている式の後ろで、やけに雪姫が負のオーラを放って叫んだ。
「あ――――!!式が、うさことチューしたぁ―――――!!」
「おっ・・・大声だすなよ!聞こえるだろ!!」
「言っとくけど、うさこはメスだよ」
「あっそう。たまたまだろ」
「うさこも、式が好きだって」
「うさこ『も』???」
「な、なんでもない!!」
慌てて式からうさこを取り返すと、雪姫は急いで城へと帰っていった。
自分の顔が熱くなってるのを意識して。彼にばれないようにと祈りながら。
これが、如月雪姫が風早式を意識しはじめた始まりの物語である。
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