麗月城、到着

いい加減、20分~30分そこら飛んでいたからだろう。

式も我慢の限界で、吐きたくなっているところに、宙にうかぶ壮大な城が雲のすきまから顔を見せ始めた。雲上回廊という、雲の壁を突き抜けると、大きな朱塗りの門が現れた。そして、その後ろに控えている巨大な城も。

「ここは・・・?」

「如月の王城、麗月城だ!!そろそろ降りるから準備しとけよ!」

「えっ!?ちょっ・・・・うわぁああああああッ!?」

といってまたまた急降下の恐ろしい重力の負荷の餌食となった。やがて門が開くと、ユキたちは吸い込まれるように城の中庭へと降りて行った。


「よしっと!とうちゃ――――く!!」

「かはッ!!げほっごほっ!!」

なんとか咳き込んで、数字を数えながら、こみあげる吐き気を抑えた。

「だいじょ―――ぶかぁ?式、初めてだったみたいだもんなぁ、飛ぶの」

そういって心配げにユキは、さっきからげほげほ言ってる式の背中をさすった。


「お、おい!それより、なんでここに来たんだよ!?」

「なんでって?」

「ここって禁足区のはずだぞ!俺たち平民は入っちゃいけないはずだ!!」

「なんでぇ?」

「あ―――の―――なぁ!塾行ってない俺だって知ってるぞ!大和には12の暦の名前の国があって、それぞれの国に1つずつ浮遊城があって、その国を治める姫王が住んでる城がそれなんだって!んで、これ、噂に聞いてた『如月』の麗月城だろう!?」

「そ―――だよ?」

「まずいって!こんな禁足区に入ったら、打ち首もんだぞ!さっさと帰ろう!」

「だからぁ、ここがユキの家なんだって。この麗月城こそが!まるっとユキのお家なの!」

「お前、何言って・・・・!」


すると、石畳の回廊から、煌びやかな服をまとった女官らしき人物が慌ててでてきた。


「姫様ぁ!どちらへ行っておいででしたの!?莉理、心配で心配でしょうがありませんでしたわ!!」

「お――――!莉理。すまんすまん。ちょっと野暮用でな」


「姫様だって!?誰が!?どこに???」

「ま―――!何ですの!?このこ汚い小坊主は!?どっから侵入してきたのかしら!?」

「まあ、待て待て。お前の自己紹介する前にユキの正体教えなくっちゃなー」

「え・・・ユキの正体・・・って」


ぽんと水蒸気が爆発するような音がすると、肩まで切りそろえていたユキの髪が、長く結い上げられた、たおやかな女性の長い髪にかわったのである。その光景は、さっき大口あけて笑っていた、男だと思っていたユキの面影はあるものの、品と艶のある美しい娘だった。銀色の流れる髪に、深い澄んだ翡翠色の瞳、雪のように白い肌、そして艶のある赤い唇。どう見ても式が初めて会う美少女だった。


「この姿では、お初にお目にかかります。風早式さま。麗月城の次期当主、ユキこと【如月・雪姫】と申します」

といってかしこまって優雅にお辞儀してみせた。しかし、あまりの変化の違いぶりに混乱している式はついていけない。


「お、おおお、お前!女だったのかよ!?」

「そーだよー?式くーん。俺は一言も自分が男だなんて言ってねェけど?あ、もしかして女だって知って惚れちゃった?」

人差し指をぶるぶる震わせて、信じられないものを見るような眼をして驚いている式を、ユキは心底面白そうににやにやと笑っていた。


惚れちゃった?と言われて何を想像したのか、顔を真っ赤になって式は慌てて否定する。

「だっだれが!!お前みたいな男女!!」

それを聞いて眉を吊り上げたのは隣に控えていた、先ほどから出てきた女官だった。


「いい加減にしろ!お前!これ以上、姫様に無礼な口をきくと、この莉理が貴様を殺す!!」

「まあ、そう殺気立つなよ。莉理。こいつは、俺のダチの式ってんだ。いろいろあって働き口がないからここで働かせてやってよ」

「なんですって!?正気ですか!?姫様!本来、どこぞの神仙に修行したものや、高度な学歴をもつ塾などをでて、ここの相当厳しい入城試験を突破しないとここには勤められないのに、こんなどこの馬の骨ともしれないこ汚いクソガキをここで働かせるですって!?そんなのが知れたら、龍玄さまがお怒りになられますわ!」

「まあ、そうかてーこと言うなって。こいつもいろいろあって苦労してるんだよ。やっぱ助けてやりてぇじゃん?」

「ですが・・・・」

「じゃっ!そういうことで、あとよろしくぅ!じゃーな!式!あとはうまくやれよ!!」

そういってごねる莉理と、まだ頭の整理がつかない式を残して、風のように去ってしまった。


残された二人に重い沈黙が続く。

だが、莉理は殺気立った眼でぎろりと式を睨み付けると、納得がいかないという風にいきなり式をつきとばした。すでにいつの間にか、その繊手には小太刀が握られていて、その神速の速さは、式では絶対不可避だった。

「やっぱりお前は、ここで殺す!!姫様には勝手にいなくなったと、ご報告すればいいのだわ!」

式は、わけもわからず、いきなり見ず知らずの女に殺されると覚悟した。脳裏にユキへの悪態をつきながら。


ユキの嘘つき。何が、働き口が見つかるってんだよ!もう命の危機じゃないか!


しかし。

いつまでまっても、次の衝撃は訪れなかった。


「ダメでしゅよー。莉理しゃーん。城内での殺生はご法度のはずでしゅー」

二人の間に、間の抜けたのーんびりとした声が響いた。

頭の後ろでふたつお団子頭にくびった幼女が式の前に立っていたからである。

しかも寸前で届くはずの刃を小さな指でしかとはさんで止めていた。

莉理が全力で殺しに来てるというのに、この幼女は涼しい顔でこゆるぎもしない。


「いっ!伊勢お姉さま!?」

「いいんでしゅか?この子がいなくなったら、莉理しゃんの大事な姫様が、悲しむかもしれないんでしゅよ?主の命は絶対なのでは?」

「そっ・・・それはッ」

よほど雪姫に嫌われるのが怖いのか、莉理と呼ばれた女官は青ざめて震えだした。


「伊勢お姉さま!!ご、後生ですから、このことは姫様にはご内密に・・・」

「もちろんでしゅよー。莉理しゃんは、この子の口のきき方がなってないから、ちょこーっと折檻しようと、しただけでしゅもんね?ちょっとした教育的指導でしゅもんね?」

「そっ・・・そうなんです!そうなんですわ!!まったく最近の下界の者ときたら礼儀がなってなくて困ってしまいますわぁ」

おほほとしらじらしく笑いながら もちろんこちらを見る目は冷え冷えとしていたが。

「では、お姉さま。私はこれで。申し訳ないんですけれども、その子のことお願いできますぅ?」

「しょうがないでしゅねー。莉理しゃんは、姫しゃまのお世話に忙しいでしょうから、もう行っていいでしゅよ」

「で、では!お姉さま!私はこれで・・・」

そういってそそくさと雪姫の後を追って、莉理とやらも去っていった。


残されたのは、なんとか命拾いした、腰が抜けた状態のままの式だけだった。

しかし、安堵からか、場違いな音が腹から響く。


ぐうう。


いきなり腹の虫が泣き出したので、式は恥ずかしさで真っ赤になった。そういえば、ユキの、いや雪姫のおにぎり以来何も食べていない。

「むむ?お腹がすいてるのでしゅか?じゃあ、よかったらこれをお食べなしゃい。あまりものでしゅけどねー」

助けてもらった小柄な幼女は目を細めて笑うと、風呂敷包みの中から白いおまんじゅうを差し出した。ユキ以外から誰かから物をもらったことがない式は、初めて食べ物を恵んでもらったことに驚いたが、空腹には勝てず、一応会釈して受け取ると、むしゃむしゃとほうばった。


「言っておきましゅけど、君を助けたのは、君のためじゃありましぇん。君といる姫様の顔が嬉しそうだったから、なのでしゅ」

「はじめましてでしゅー。ここで料理番をやってる【巴・伊勢】ってもんでしゅ。よろしくでしゅー!」

両手をぶんぶんふりながら、親しげに握手を求めてきた幼女もとい、伊勢に対し、式も手を服の袖でぬぐうと慌てて握手した。思ったよりも小さく華奢な手で驚いた。素人目にしたって莉理という女が向かってきた刃を平然と受け止めた人物には思えなかったからである。身長差だってかなりあったのにだ。


「うーん。そういえば君、お仕事探してるっていってましたでしゅよねぇ?んじゃ、うちにきましゅ?もー、忙しくって猫の手も借りたいんでしゅー」

「は、はい!喜んで!俺、【風早・式】って言います!伊勢さん!」

「かざはや・・・?へえ、そうなんでしゅかー。じゃあ、こっちついてくるでしゅよー」


どうやら式の苗字に何やら思うところもあったようだが、それも一瞬の事で、にこりと伊勢は笑うと中庭を横切って別棟へと式を連れて行った。


「伊勢様!お帰りなさいませ!」

すると、伊勢の部下らしき人物が現れた。侍姿の人物はうさん臭そうに式を見下ろした。

「伊勢様!この者は一体・・・?」

「え、えっと俺は・・・」

「この子はあちしの遠縁の親戚の子でしゅー。お仕事探してるっていうから、きてもらいました。まずは皿洗いでもさせてあげてくだしゃい」

「なんと!そうでありましたか!では、坊主、こっちにきてさっそく手伝ってくれ」

「は、はい!」


式は伊勢に感謝するように、頭を下げると、伊勢は健闘を祈るという小悪魔風な微笑みでウィンクした。こうして、伊勢の口利きにより、風早式は無事麗月城へ入城したのである。


一方、そのころ。雪姫はというと。

天守閣の謁見の間の御簾の奥へ無断へ入ると、そこで書き物をしている人物の背中に体当たりしていた。

「やっほー!父ちゃん、ただいまー!」

「やっほー!ではない、雪姫!少しは女の子なのだから、慎みをもて!字がゆがんでしまったじゃないか」

「ごめん、ごめん。また書き直せばいいじゃん」

「まったく・・・・」

そういうと青筋をたてた額を押さえながら、傍らにあったお茶を飲む黒髪の美丈夫がいた。

如月の国の太守、【如月・龍玄】その人であった。もともと、如月には姫王がいるはずなのだが、まだ雪姫が成人していないので、父親が代理で太守となっている。さきほどから湯気をたてているお茶を飲んで一息つくと、父は娘に尋ねた。

「雪姫よ」

「なに?父ちゃん」

「また勝手にどこぞから拾い物をしたな?」

「てへへ。ばれちゃった?」


雪姫は父にはかなわないなぁ、とほほをぽりぽりかきながら照れたように笑った。

「当たり前だ!姫王であったお前の母が亡くなってから、暫定的にだが、いまは如月の主は儂なのだぞ!どこぞの馬の骨ともしれない小僧の気配ぐらいわかっておるわ!」

「あちゃー、やっぱ式が入ったことばれたかぁ」

「当然であろう!よりにもよって堂々と正門から入ってきおって。気づかん方がおかしいわい!一体どこから拾ってきた?」

「んー、前父ちゃんたちと一緒にみた滝の近くに住んでた奴なんだ。そいつ、母親が死んじゃってさ。身寄りがないから拾ってきた」

「まったく、猫の子でもあるまいに・・・」

父、龍玄は額に手をあてて、大いに嘆いた。


「まあ、そう嘆くなって。アイツ、結構役に立つと思うんだ。家の事も一人でよくやってたし」

「珍しいな?お前がまさかそこまで入れ込むとは。はッ!?まさか、お前、その小僧に恋してるんじゃ・・?」

「ん―――ん。そんなこと、全っ然ない!!たださ・・・・」

「アイツ、たった一人でこの前最愛の母親亡くしたばっかりでさ・・・・一人ぼっちが想像を絶するほど寂しいときがあるって、俺もわかってるからさ・・・・」

「雪姫・・・・」

「まあ、そういうことで、この城がアイツの居場所になればいいかなって思っただけ!あとは、出世しようがしまいがアイツの能力次第ってことで。でも・・・」

「でも・・・・アイツ、なんか凄いことしそうな気がする。なんとなく」

「ほお。お前がそこまで言うんなら、儂もお忍びで見てみようとするか。もしかしたら『黒狼』になるかもしれん!」


「あ―――あ。また始まったよ。親父の口癖が」

「当たり前だ!お前はこの儂の唯一無二の宝なのだぞ!それを嫁にしたいというならば、やはり世界最強の救世主『黒狼』しかあるまいて!」

「いや、でもさー。もう先代の黒狼死んだって聞いたけど。いない人物をどうやって婿にもらうのさ?」

「いやしかし!また黒狼を復活させれば良いだけの事!」

「それに、黒狼になった人って、生涯伴侶もっちゃいけねぇはずだと思うけど。皆平等に救わなければならないらしいからさー」

「いいや、父は諦めんぞぉ!お前の夫は、やはり世界最強の『黒狼』のみじゃ!」

「はいはい。さっさとその『黒狼』さんが、出てくるといいねっと」

黒狼のこととなると、語りだすと長くなる父を放っておいて、雪姫は自室に戻ることにした。


しかし。ふと、こんなことを思ってみる。

あの風早式が、大人になったらどんな男になるんだろうな、と。しかし、それはまだ遠い先の話。雪姫はあくびひとつすると、さっさと眠るために自分の寝所へと向かった。


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