二人で朝ごはん

こうして二人は紆余曲折を経て無事結ばれた。その次の日の朝。


雪姫の手をとると、式は嬉しそうににこにこして、朝食が支度してある卓の前へ導いた。卓には、つやつや光る朝粥、とろっと半熟に煮た煮卵、ほかほかの鮎の塩焼き、ふっくらとした明太子、長いもとマグロの湯葉巻、つるりとしたごま豆腐が並べてあった。二人、卓の前に座ると、いただきますをして朝ごはんを食べ始めた。とくに雪姫はさっきから黙々と食べ続けている。しかし、不気味な沈黙に耐えかねて、式は声をかけた。


「あ、あの。姫様。ごはん、美味しいですか?」

「まあまあだな」

「あ、あの。体つらくないですか?」

「つらいにきまってるだろ?誰かさんがやめてくれなかったんだから。もういいから。うぜーなぁ。話かけんな。あっち行け」

また不機嫌になった雪姫は、さっきからデレデレしてるばかちんを見やった。

「えへへ。姫様と一緒に朝ごはん食べれて、式は幸せです。やっと『夫婦』になった感じがしますね。いままでお互いの城と城の行き来ばっかりで、ずっと通いでしたもの」

「あっそう」

「姫様、姫様!もう無事に婚儀もすませたし、もう名実ともに夫婦なんだし、式はこの城に住んでもいいですよね?」

「ええー?お前、自分のでかい城、まるまる一つ、もってんじゃん。ずっとそこに住んでれば?」

「いーやーだ!!いーやーでーす!!もう結婚して籍もいれて、夫婦なんだから、同じ屋根の下で暮らすんです!!」

「私は別に考えてやってもいいけど・・・・お前、城のものにけっこう嫌われてるからなぁ・・・とくに、莉理とか、沙羅とか」

「よ、良いではありませんか!式はもう姫様の夫なのです!なんなら姫様のお部屋に一緒に住んでも・・・」

「それはヤダ。せめて自分の部屋くらい一人でゆっくりしたい。まあ、おいおい考えておくよ」

そういって雪姫はそっけない態度で、朝餉の時間は終了した。


さて、こちらは麗月城の台所。そこの料理番伊勢ちゃんは、相変わらず城の者の食事の支度に追われていた。しかし、台所に湿気は大敵だというのに、じめっとした雰囲気を出すものが一人、隅っこでいじけてる式だった。

式と伊勢は昔からの顔なじみで、一時は式が伊勢の家に居候していた時から、伊勢は良い相談相手だった。


「姫様が、やっと結ばれたのに冷たい・・・・なんでですかねぇ?伊勢さん?」

「あー、それはきっと、姫様が照れてるだけなんでしゅよ。女の子は恥ずかしいものなんでしゅ」


「また、ご機嫌取りに姫様の好きな花でも、持っていけばいいんじゃないでしゅか?」

「おお!!それもそうか!!さすが伊勢さん!!」

「けど式しゃん。『黒狼』の仕事はしなくて、いいんでしゅかっ・・て・・・もういないでしゅねぇ」


すでにいなくなっている式を思いながら、相変わらず手のかかる弟みたいなもんでしゅねー、と伊勢は嘆息した。


そして、数分後。雪姫が座る謁見の間の御簾の奥にて。

雪姫が書き物をしていると、断りもなしにいきなり、御簾の奥に入ってきた。

本当は下々の者はこんなことをしたら打ち首もんである。


「姫様、姫様!!」

「なんだよ?心底うざい式?」

「あ、あのあのあの、姫様がお好きなお花、持ってきました!!」


そういうとふわっと甘い香りが部屋中に広まった。式が持ってきたのは、雪姫が好きなピンク色の乙女百合だった。この乙女百合はこの大和でも北方の地域のある山にしか生えてはおらず、なかなか探すのが困難な花だった。また式の事だから、勝手にとってきたんだろうけど、如月は大和の南方の方にある地域なので、乙女百合はめったにない。どうやらご機嫌をとりたくて苦労してとってきたようである。


「ほんとにもう・・・・ばかな式」

そういうとさっきまで、恥ずかしくて不機嫌だったのが、バカみたいに思えて、雪姫はやっと破顔した。そして頑張った式の頭を優しくなでてあげた。式も気持ちよさそうにうっとりと眼を細める。

「姫様、姫様!お仕事が終わったら式がまた夕ご飯作って差し上げます!!何が食べたいですか?」

「う――――ん、気持ちは嬉しいんだけどねぇ。そろそろあの人が帰ってくると思うけどなぁ」

「あ、あの人って?ま、まさか・・・」


二人の甘い雰囲気をぶち壊す、超絶おっかねぇ人物が眼鏡をきらめかせて、すでにその場に現れていた。空間に凛とした女性の声が響いた。


「――――それ以上の越権行為はやめてもらえないかな。風早?」

「お前は・・・沙・・・・羅・・・・双樹」

「おや、沙羅。帰ってきてたのかい?」

「――――は。【乾・沙羅双樹】(いぬい・さらそうじゅ)ただいま天界より帰還いたしました。姫様」


そこに佇んでいたのは、眼鏡をかけた、冷たい感じの美女だった。黒髪を高く結い上げているが、凛として緋袴を着こなしている。

彼女は、【乾・沙羅双樹】といって、如月最強の女武人であった。仕事は主に雪姫の身辺警護と、秘書を兼任している。また仕事柄、規律には厳しい人で、ついでにいうとすぐに規律を乱して好き勝手する、風早が大嫌いなのであった。無論、式もこの人物は苦手である。


「そもそも姫様の身辺警護は我々お庭番の仕事だ。さっさと自分の仕事に戻ったらいかがか?黒狼殿?」

「それに、姫様の食事は伊勢が、身の回りのことは莉理が担当だと思ったのだが。伊勢がお前に甘いのをいいことに、勝手に城の食材を使ってもらっては困るな。莉理の奴に関しては、お前が仕事の邪魔だと苦言がきている」


「そういえば、天界で黒狼院の千代女殿が貴様を探して嘆いていたが。とっくに休みが終わってるのに帰ってこない、と」

それを聞いた雪姫は、くわっと眼を見開いて、隣にいた式を叱責した。

「こら、式!ちゃんとそういうことは言いなさい!早く黒狼院に戻って仕事しなさい!」

「はぁい・・・姫様」

最愛の雪姫に叱責されて、式は叱られた子犬のようにしょぼーんとした。急いで立ち上がると部屋を退出しようとした。が、一瞬、他心通で沙羅双樹を睨み付けながら話しかける。


(今に見てろよ、沙羅双樹!姫様の夫は俺だからな!)

(――はん。せいぜい姫様に愛想つかされないように気を付けるんだな?黒狼?)


二人の間に、ピリリと見えない火花が散ったが、それも一瞬の事だった。


「定例報告お疲れ様ー。沙羅」

「は。ご厚情、痛み入ります。しかし、姫様。本当に此度のご結婚、本当によろしかったのでしょうか?」

「よろしかったのでしょうかって?」

「城の者は、大半以上が此度のご結婚に納得しておりません!本来、儀式にのっとってそれなりの付き合いの期間を経てからご結婚に至るのに、あの者ときたら!いきなり神聖な姫様を穢しおって・・・!」


妙齢の美女にしては、珍しく、ギリギリと歯ぎしりしながら、沙羅双樹は悔しそうに拳を固めた。

「それなんだけどさー。沙羅。式がこの城に部屋が欲しいんだって」

雪姫のあっけらかんとした相談に、沙羅双樹は絶句した。


「ッ!!あんな奴など、犬小屋で十分なのです!部屋を与えるなどと!!姫様は風早に甘すぎる!!」

「まあ、そういうな。あんなんでも一応、私の夫だよ」

「姫様!!今からでも間に合います!!姫様が、離婚されたいと申されるのでしたら、沙羅が必ず奴と絶縁させてみせます!」

「まあまあ。式は雪姫の言うこと聞く、可愛いわんこだよ?まだ様子見ても大丈夫だって」

「それに、この世界、大和最強の【黒狼】を味方につけておけば、何かと便利ってもんさ。国にとっても、私にとっても」

「くっ!姫様がそう仰られるのであれば、沙羅は様子見ということにしておきます。ただし!この城の規律は守っていただきたい!あまり、あ奴を甘やかすと、すぐつけあがりますゆえ!部屋の方も、私が手配しておきます!」

「そうかい。じゃ、沙羅に任せるよ。あと、よろしくー」


こうして、如月雪姫と風早式の新婚の日々が幕をあけたのである。



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