第8話 デート

 何故私はここにいるのか・・・。

「先生!お待たせしました。」

 黒縁のメガネをかけ、大きなハンチング帽のような帽子をかぶり、そしてオーバーオールを着た美都が満面の笑みで近づいてくる。その声の大きさで周囲がこちらをチラ見してくる。

「あの・・・その先生っていうの外ではやめてくれ。」

「あ、そうですね。じゃあなんて呼びますか?」

「ねぇでもちょっとでもいい。先生は呼ばなくていい。」

 そう言って遊園地にそそくさと入場する。

 

 こんな所を学校の誰かに見られたら終わりだ・・・・。


 遊園地でデート。

 美都との電話で決まってしまった。

「デートしたいです。」

「いや、それは・・・。」

「ダメですか?私ばれないように変装していきますよ。」

「・・・でも。」

「嫌ですか?」

「じゃあ決まりですね。」

「・・・。」

 はっきりとダメと言えなかった。好きになってしまった弱みだろう。バレて社会的に抹殺されるのとデートしたいという欲が戦った結果、圧勝で「デートしたい」が勝ってしまった。


 周囲の目を気にしながら遊園地内を歩く。

「先生、私の変装はどうですか?」

「先生って言うのやめようか・・・よく分からないけど・・・いいんじゃないか」

「良かった。嬉しい。」

 美都はまたしても満面の笑みをこちらに向けてくる。本当はめちゃくちゃいい。入り口で見た時に衝撃を受けた。いつもとは違うボーイッシュな格好。

 

 似合っているよ。


 こう素直に言えたらどんなに楽だろうか。

 しかしそこは”教師と生徒”の壁が大きく立ちはだかる。

「先生、あれ乗りましょ。」

「・・・。」

 美都が指さしたのはジェットコースターだった。

 まずい・・・一番苦手なやつ。

「・・・。」

「あれ、先生怖いんですか?」

「いや、怖いっていうか、苦手っていうか・・・。」

「大丈夫ですよ。私が隣にいますから。」

 美都はこちらにかまわずジェットコースター乗り場に小走りで向かった。

 その幼い後ろ姿を眺めながらふと実感する。


 30と15だ。


 倍も年下の女の子、しかも教え子とデートしている。

 絶対に拒否しなければいけないのに心は喜んでいるはしゃいでいる。服だって一番お気に入りのものを着てきたのだ。

 こっちこっち、と美都が列に並び手招きする。

「・・・。」

 どう反応していいか迷う。こういう時はどう反応するのが正解なのだろうか?

 笑顔で返すべきか、それとも先生らしく頷くくらいがいいのか、それとも年齢なんて関係なく小走りで向かうべきだろうか。

「・・・。」

 結局、中途半端に微妙なスピードで近づき、微妙にうなづきながら向かってしまった。

 一番みっともないパターン。

 けれど美都はそんな事は気にしていない様子。

「ワクワクしますね。」

「え、ああ・・・。」

「先生がそんな緊張してるの初めて見ました。」

「そりゃあするよ。15年ぶりくらいだからな。」

「いくつの時ですか?」

「えっと、15かな。」

「じゃあ今の私と同じ年ですね。」

「ああ、そうなるな。」

「ちなみに誰と行ったんですか?」

「ああ・・・えっと、誰だったかな~。」

「・・・。」

 こっちを向いていた美都が急に黙りそっぽを向いた。

「え?なに?」

「ちょっと嫉妬です。」

「は?」

「もしかしたらデートだったかもしれないんですよね。私の知らない先生があるって思うと嫉妬します。」

「・・・。」


 可愛い。


 誰と行ったか思い出せないような不明確な事に嫉妬するなんて可愛いすぎる。

「たぶんデートじゃないよ。その頃別に好きな人とかいなかったしな。」

「本当ですか?」

「本当。」

「良かった。」

 美都ははにかみながら答える。

「・・・。」

 その場で抱きしめたいと思ってしまった。

「あ、もう次ですよ。」

「そ、そうだな。」

 一気に心臓の動きが早くなる。美都とジェットコースターのダブルパンチで鼓動のスピードが半端ではなくなる。

 今日一日私は耐えられるのだろうか・・・・。


 ――――――日が暮れ始めた。

 ベンチに座る。

「楽しかったですね。」

 美都は笑顔でこちらを見る。

「ああ・・・でも正直疲れた。」

「ごめんなさい。私が連れまわしちゃったから。」

「いや、そんな事はないんだけどね。普段あんまりこういう所来ないから。」

「ありがとうございます。先生と来れてうれしかったです。」

「いいえ。楽しんでもらえてなにより。」

「先生は楽しかったですか?」

「・・・。」

「黙った。」

「いや、楽しかった事は楽しかった。」

「何か含んでますね。」

「それは、関係性とかいろいろあるだろ。生徒と教師だから。」

「・・・じゃあ、それを抜いたら楽しかったですか?」

 美都の顔がグッと近づく。

「・・・楽しかったかな。」

「やった。嬉しい。」

 恥ずかしそうに下を向く。

「じゃあ、そろそろ行こうか。」

「あ、ちょっと待ってください。もうちょっと、あと10分だけこのままでいてください。」

「・・・分かった。」

 立ち上がりそうになった腰をもとに戻す。

 座ったはいいが美都からは話しかけてこない。

 無言の時間が流れる。

 急に黙られると緊張する。

「・・・。」

 目の前を出口に向かっていく人たちが通り過ぎていく。

 家族だったり友達だったり恋人だったり、いろんな人がいる。


 はたして他の人から見たら自分たちはどんな風に見えるんだろうか?


 親子か、親戚の叔父さんか、もしくは恋人か。

 でも恋人に見えるのか客観的に考えてみる。


 なくはない。


 そう思えた。

 いけない事だけれど心は嘘はつけない。

 チラッと美都を見る。

「・・・。」

 にこやかな顔で前を見ている。何を見ているのだろうか?

 分からなかったけれど、やっぱりその横顔は可愛かった。



 


 

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