第5話 好き

 にっこりとこちらに微笑んでいる。

「先生、なんで急いで出て行っちゃったんですか?」

「いや、それは・・・。」

「それは、なんですか?」

 こちらの動揺を悟ったかのように美都が一歩距離を詰めてくる。


 ち、近い。


 情けない。なんでこうも簡単に私は動揺してしまうのだ。

「と、特に急いでいたわけじゃなかったんだけどな。」

「本当ですか?」

「ほ、本当だって。」

 この言葉を聞いた美都はさらに顔を近づけてきた。

「私、ずっと先生待ってたんですよ。」

 と、小声でささやいた。

 思わず体がのけぞる。


 ・・・・。


 これがあの美都なのか?と疑いたくなるレベルだ。

「なんで先生固まってるんですか?」

「ちょ、ちょっと近いな。」

 この言葉に美都はいたずらっぽく笑って後ろに下がった。

「先生、私の事避けてますか?」

「いや、そんな事はないけど。」

「じゃあどうして教室でも目線を合わないようにしてるし、図書室にも来てくれないんですか?」

「いや、それは・・・。」

 謎すぎる。好きだと告白されたが、それもやっぱり怪しい。なぜこうまでして私と交流を持ちたいのか?ここははっきり聞いてみた方がいいのかもしれない。

「なぁ、ちょっと聞いていいか?」

「なんですか?」

「なんでそんなに私に関わろうとするんだ?そんなに面識はなかったろう?確かに告白されたけど、2年生になって面識もないのにすぐに告白なんて普通に考えておかしいだろ。」

「・・・。」

 美都は少し下を向き黙り込む。

 もしかして傷つけるような事を言ってしまったのかと心配になる。

 そして俯きながら美都は答える。

「先生覚えてないんですか?」

「え?」

「言ったじゃないですか。先生は気がついてないと思いますけど、すぐじゃないですよ。一年生の時から先生を見てました。」

「・・・。」

 そういえば告白の時に言われたかもしれない。

 そして如月先生の言葉を思い出す。10月頃から本をよく読むようになったと。もしかしたらそのくらいの時から美都は図書室に来ていたのかもしれない。

「それに先生、私がこうやって話しかけたり近づいたりするの平気でやってると思います?」

 その言葉に心臓がぎゅっとつかまれたような感覚になった。

 正直、平気だと思っていた・・・。

 けれど、よく考えれば平気なわけがない。

 ずっとおとなしかった女の子がいきなり明るくなったり、異性に積極的になれるはずがない。自分だったら絶対に無理だ。

「・・・。」

 なんて答えていいのか分からない。


 いや、そんな事思ってないよ。


 と言ったらウソになる。かといって他に答えが見つからない。


「平気じゃないですよ。」

 美都は顔を赤らめながら、少しの笑顔でこちらを見る。

「先生のために頑張ってるんですよ。」

「・・・。」

 その言葉に完全に心を奪われていた。

 この行為がわざとなのか、それとも天然なのか分からないがそんなものは関係なくなっていた。


 触れたい。


 気色の悪い事かもしれないが、素直に今、美都に触れたいと思った。

 けれどそんな事は許されるはずがない。

「教室もそうですけど、図書室にも来てくださいね。会えるの私楽しみにしてるんですから。」

 そう言って美都は行ってしまった。

「・・・。」

 無意識に息を止めていたのだろうか、いなくなったとたんに大きく息を吸った。

「なんなんだ・・・。」

 まったく予想が出来ない。いろんな事が頭を駆け巡る。

 けれど考えれば考えるほど分からなくなるし、おかしくなる。


 ただ・・・一つ分かった事がある。


 私は美都綾乃を確実に好きになっている。という事だ。


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