第3話 忘れられない美都の顔
美都の顔がすぐに浮かんでくる。
職員室にいる時も、帰宅途中の電車の中も、もちろん家に帰ってきてからも・・・。
「あ~~~なんなんだ。」
ソファーの腰掛ながらつぶやく。今日この言葉をつぶやいたのは何回目だろうか。解けぬ計算をずっとやっているような気分だ。
「・・・。」
今日は図書室にはいかなかった。鉢合わせてしまうのが怖いし、もしあったとしても何を話せばいいのか分からない。
そして会えば必ず意識してしまって上手く話すことなんてできないだろう。
「・・・。」
けれど、あんな女子生徒がうちの学校にいたのだろうか?
近くで見た美都の顔は、教師として良い表現か分からないが、とても可愛かった。一瞬見とれてしまった。
「美都綾乃。」
去年は一年の担任をやっていた。美都がいた学年になる。またしても表現があっているか分からないが、可愛い生徒だったり、かっこいい生徒は目につく。だけどその中に美都は含まれていない。
「からかってんのか・・・。」
これも何回も考えた。もしかしたら仲いい人間と組んで私を嵌めようとしているのだろうかと。もしくはただ単にからかっているのか。
けれどそのどちらも当てはまらない気がする。まず勝手な決めつけだが美都はほとんど一人でいることが多い。ほんの数日だがあまり人と目を合わせないように過ごしているように見える。そんな人間が誰かと組んで嵌めようなんてするわけがない。それに恨まれるようなことはしていない。
それとからかっているのかという線もないと思う。単純にからかうような人間には見えない。
美都綾乃はたぶんそんなに明るい方ではないだろう。自分と同じように内向的でおとなしいタイプだ。それは自分がそうだからなんとなく匂いで分かる。
しかしだ・・・。
美都のあの猛烈なアタック。あんな美都の姿は私しか知らないんじゃないだろうか。
「・・・。」
心のもやもやが取れない。
ピロロンピロロンピロロン―――――
携帯電話が鳴る。画面には『実家』とある。
「はい。」
『ああ、霧矢。お母さん。』
こっちの心境などまる無視するような明るい声。
「どうしたの?」
『いや、新学期始まったでしょ?新しいクラスはどう?』
「母さん、毎回だけどそんな事で連絡よこさなくていいよ。」
『いいんだよ。あんたからあんまり連絡くれないんだから。』
「ごめんって。変わらないよ。いつも通り。淡々とやってるよ。」
『そう。生徒同士のいじめとかそういうのがあったら抱えずに周りの人に相談するんだよ。』
「分かったって。」
『じゃあ、いいけど・・・。』
一瞬の間がある。来る。いつものやつだ。
『それでいい人は出来た?』
「・・・出来ません。あのさ、私もいい年なんだから勝手にやらせてよ。」
「いいじゃない。母親としては心配なんだから。こうやってね言わなきゃ・・・」
「分かった分かった。ごめん。ちょっと残ってる仕事片づけるから一旦切るよ。」
そう言って早々に電話を切り上げた。仕事なんて嘘である。話し込んだらいつまででも話す母親だ。
「・・・。」
いい人、と言われた瞬間美都の顔が浮かんでしまった。
「いやいや、不謹慎すぎるでしょ。」
すぐに自分に突っ込む。そんな事があってはいけない。間違いが起こってしまったら犯罪になってしまうのだ。美都がどんなに言い寄ってこようが、こちらは大人として毅然とした態度で対応しなくちゃいけない。
生徒と教師。
法律や条例もそうだが、大事な子供を親御さんからお預かりしているのだ。
間違っても不健全な関係になってはだめだ。
「・・・。」
真剣だったら健全か・・・。
「ああ~~~~~。」
またしても余計な考えが浮かぶ。
その日の夜は、ほぼこの思考と格闘して終わってしまった。
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