第九話 地区大会を突破せよ!

いよいよ、地区大会本番。

いままでにも説明した通り、地区大会においては異次元の空間、即ち“異空間”を発生させ、その中で各学校のチームごとに別れて、異能力を用いたサバイバルゲームのようなものを行う。

会場として使われる建物は、県営の異次元バトル専用体育館。もともとは県立図書館だったが、政府の“伝統的な紙の書籍よりも、新時代を切り開く異次元バトルの発展を優先すべき”という判断により、建物ごと解体してまで造り直されたのだ。


会場に着いた参加者は、まず荷物検査とボディチェックを受けたあと、スポーツウェアと防具を身につけ、練習用スペースでウォーミングアップを行い、それから控え室に入って休憩しながら試合開始を待つことになる。

スポーツウェアの色は学校ごとに指定されており、今回は、満瑠たち再建学園のメンバーはセルリアンブルーのものを着用。


そして。

「試合開始まで、あと十五分となりました。選手の皆さんは、異空間の出入り口まで集合してください」

そのアナウンスにより、参加者は一斉にスタジアムまで移動した。



スタジアムはこの専用体育館の中央に位置しており、異空間発生用のステージを、ぐるりと観客席が囲んでいる。試合そのものは異空間内で行われるため、ナマの試合を観ることは事実上不可能なのだが、各チームの様子を無人カメラで撮影し、球体状の巨大な立体映像に映し出すことで、観客たちは臨場感を味わうことができるのだ。


出場者たちがステージ上に、各チームごとに整列。…朝礼のように並んでいる。

その目の前では、既に異空間が口を開けて仁王立ち。


「審判の皆さんは、各チームの先頭に並び、プラカードを持ってください」

アナウンスに従い、スポーツウェア姿のそこそこ屈強な大人たち(ほとんど男性だが、二人だけ女性がいる)が列の前に整列。そして、床に置かれているプラカードを持ち上げ、チームごとの名前が周囲に見えるようにする。

「それでは、名前を呼ばれたチームから、審判に続いて異空間に入り、審判の指示に従ってください。まずは民主復活党立高校の皆さん、異空間に入ってください」



一チームずつ異空間内へと移動していき、ついに満瑠たち再建学園の五人も、プラカードを持った審判(どうでもいいことだが、この審判は縦に長い猿顔の、小柄な男性)に続いて異空間の中へ。



入った先は、やはり森林であった。

「すっげえ!!ほんとに森林だ、読み通りだな」

うっかりアホみたいに声を上げる綱吉。

「しーっ、犬川先輩」

人差し指を口に当てる満瑠。

「おっと、いけねえ。静かにしてなきゃな」

満瑠のおかげで、綱吉は余計なことを言わずに済んだ。

しかし、どことなく不思議に思った審判が、ぼんやりした顔でくるりと振り向く。

「すみません、どうもうるさくなってしまって。実は昨日、異空間がどんなところになるか、賭けをしてたんです。偶然当たったので」

黙って頷き、再び前を向いて歩き出す審判。どうやら納得したようだ。



“大日本帝国再建学園”の立て札の前まで五人を案内した審判は。

「試合開始まで、ここで待機していてください」

それから三秒もしないうちに、審判のインカムから耳もとに、試合を開始するよう指示が入った。

「…試合開始!」

審判の合図を聞いて、五人は一斉に発生装置の電源を入れた。



森林の湿った空気の中を、軍の小隊がごとくぞろぞろと並んで進んでいく五人。それぞれ異能力で、左手の手首から先を小砲に変えている。審判は、五人から五メートル離れたあたりを、周囲を見張りながら巡回。

「…全体、とまれっ」

立ちどまり、小声で指示する満瑠。ほかの四人も足をとめる。

「円陣を組む?」

満瑠と同じように、小声で訊く幸穂。

「いえ、前方から撃ち合う音がかすかに聞こえるので」

耳をすますと、確かにドンッ、ドンッ、と、爆発音が遠くで聞こえる。

「…間違いない、俺も聞こえた」

うなずく秀明。

「どうするみつる?まちぶせするか?」

「いや、待っていてもこっちには来ないだろう。…このまま進みます。真田先輩は前を確認しながら進んで、敵を発見したら」

「気づかれたら発砲、そうでないならハンドサイン。でしょ?」

「俺たちはどうすりゃいい?」

と訊いたのは、綱吉である。

「犬川先輩は左、小林先輩は右を見張りながら進んでください。僕は全体とうしろを確認します。妹子、お前は真田先輩の掩護を」

「おもちつかまつた」

独特の返事をする妹子(意味は“承知つかまつった”である。これはもともと、妹子が幼少期に観ていたアニメで“承知つかまつった”というセリフが出てきたのを、妹子が聞き間違えたのが由来)。

警戒しながら、そうっと進んでいく五人。

ふと、先頭の幸穂が前方を見つめたまま、無言で右手をグッドサインにして掲げた。敵の姿を発見したが、向こうからは気づかれていない、ということである。

「…全体、とまれ」

小声で命令する満瑠。彼を含む五人の足が、ピタリととまった。

「…まだ気づいてないけど。仕掛けたほうがいいかしら?」

「距離はどうですか?」

「けっこう離れてるけど」

「具体的には?」

「十メートル…いえ、もっとかしら」

「じゃあ、待ったほうがいいですね。ここは相手にせず、潰し合ってもらいましょう」

「なあ、俺らは別方向に移動して、違うやつらを狙うってのは?」

提案したのは秀明。

「いえ、いまは下手に動くべきではないです」

「しっ、静かに。…見えていた連中だけど、こっちから見て右に退却していったわ。…一人、うずくまってる」

「怪我でもしたのか?」

秀明が訊いた。

「うーん…怪我のせいではないみたい。発生装置が壊れてるわ。…あ、審判が連れていった」

発生装置を壊されると、ルール上、強制退場となる。異空間の外に連れ出されてしまうのだ。

「この調子で、ほかのチームの潰し合いを待ちましょう」

「じゃあ、ここで待機か」

と言ったのは綱吉である。

「いえ、同じ場所でじっとしていると、逆に見つかってしまいます。鉢合わせに気をつけながら、前に進みましょう。幸い、先程の潰し合いがあった場所には、別の誰かが来る可能性は低いでしょうし」

「なぜそういえるんだ?さっきのたたかいのにおいをかぎつけて、こうせんてきなやつがくるかも」

「そのときは、一時的に円陣を組んで待ち伏せすればいい」



五人は、できるだけ大きな音を立てずに、それでいて速やかに移動し、さっきの撃ち合いの現場まで到着。

「全体、円陣」

満瑠の指示で、円の外側を向いて並ぶ。


各々が、敵の襲撃に備えて、じっと身構える。




…五分後。




「…誰も来ねえな」

綱吉がぼそりと言った。


「次はどっちに進むの?」

幸穂が満瑠に尋ねる。

「ここで待機して音を頼りに」

「はあ?さっきは同じ場所にいるのは危険だって言ったくせに」

小声ながら、満瑠の答えを遮って噛みつく幸穂。

は危険だって言ったんです。闇雲に動いてもリスクは高まりますから」

「なんか、どろくさいな」

「泥臭いほうが強いんだ、文句言うな。先輩たちが協力してくれてるんだからお前も…しっ、聞こえました。あっちです」

満瑠の指差す先に向かって砲口を構えるほかの四人。

「…あたしが見てきてあげるわ。さっきと同じように」

勝手に歩き出す幸穂。

「待ってください」

「どうしてよ、やることは一緒でしょ?」

「そうですけど、みんなが一斉に動かないと…」

「…気を効かせてあげようと思ったのに」

「役に立とうとして勝手な行動に出るのは、危険な戦法です。真田先輩は大丈夫でも、仲間がついていけないと」

「はいはい、じゃあ隊を組みなさいよ」

「…全体、進みのフォーメーション」

満瑠の指示を合図にさっと移動し、幸穂の背後に、右から秀明、妹子、綱吉の順で横に並ぶ三人。

「…よし。全体、進め」



…こんな具合に、満瑠たち再建学園の五人は音を頼りにして鉢合わせを回避し続けた。

そのことは露知らず、ほかのチームたちは次々に潰し合って、一人また一人と脱落していった。


…満瑠たちのいる位置から半径一キロ以上離れたエリアで無双している、民主校の五人を除いては。



試合開始から一時間が過ぎた頃。

「選手のみなさん、休憩時間です。全員、自分の異能力発生装置の電源を切り、審判の指示に従って休憩してください」

急なアナウンスにビクッと震え上がる、幸穂、妹子、秀明、綱吉の四人。

「そろそろだと思ってました。全員、解除しましょう」

満瑠だけは、予定から休憩時間を察していたようだ。


ちなみに休憩時間は二十分。この時間内に異能力を解除しない者は審判に注意され、それでもずっと無視していると、一回報告される。三回報告されると強制退場になる。また、異能力を使って攻撃などをした場合は一発退場。


「全員、発生装置を解除…してますね」

気まずそうな審判。

「ええ、時間を無駄にはできませんから。出入り口を開けていただけるんですよね?」

「あ、はい…どうぞ」

審判は、ポケットから取り出したスイッチで異空間の口を開けた。



控え室に戻った選手たちは、トイレを済ませたり水分を摂って休憩時間を過ごす。

彼らに混じって行動しながら満瑠は、ほかの各チームのメンバーがどれだけ残っていてどれだけ疲弊しているかを、観察していた。

満瑠の推測では、警戒すべき相手は民主校ただ一択。ほかのどのチームも潰し合って明らかに数が減っているのに対し、民主校だけは再建学園と同じく、五人とも残っている。

彼らも敵の潰し合いを待つ作戦なのか、それとも…?

満瑠は、考えを張り巡らした。



そして。

「休憩時間を終了します。審判の指示に従って、試合を再開してください」

「…試合再開!」



再び、隊を組んでぞろぞろ歩く五人。


ふと、前方から悲鳴が上がった。

「全体、とまれ。…近いですね。気をつけて進みましょう」

「待って。…相手の姿が見えたわ」


幸穂の視線の先、約八メートル向こう。

赤いユニフォームの共産校(正式名称は“共産党立高等学校”)の選手が二人、何者かに向けて発砲している。そのうち一人が撃たれ、真うしろに吹っ飛んだ。そしてもう一人に、黒いユニフォームの選手が剣で襲いかかる。

…このユニフォームは民主校、そして髪は藤色。つまりこいつは倉田…


幸穂が左手の小砲から電撃を発射。

“気づかれた”というサインである!!


「前列三名、前方に撃てーっ!!」

満瑠の指示を皮切りに、幸穂に続き秀明と綱吉も電撃を発砲。

しかし、向こうからも爆風が飛んでくる!

「うわー」

幸穂の避けた爆風が当たりそうになって、思わずうずくまる妹子。

敵は前方だけにいるのではない。民主校の選手が二名、木の上から小砲で五人を狙っている。

そのことに気づいた満瑠は、冷凍ガスを放って自ら応戦。

敵二人を木から撃ち落とす!!


「ああもう、このまま撃ち合っても埒が明かないわ。ちょっと行ってくる!」

幸穂が発生装置に手をかけ、足の生えた三角錐の姿に変身。

先端を前に向け空中に浮かぶと、飛行機のように突き進んだ。

「待ってください、真田先輩!」

幸穂の勝手な行動をとめようとする満瑠。

だが、撃ち落とされた二名が既に立ち上がり、左腕を小砲から剣に変形している。

「応じるしかないか」

「だな…満瑠くん、俺たちを信じろ」

秀明と綱吉も、同じように左腕を剣に変形。

「まったく…僕は真田先輩を探してきます。妹子、一緒に来い」

「やだ、こわい。あぶない」

「僕が来いと言ったら来るんだ!!」

妹子は涙目になりながら、渋々満瑠についていくことに。


幸穂一人に対し、相手は二人。一人は民主校の大将、もう一人は因縁の倉田。

「なるほど、確かに強そうだが、二対一でこっちが有利だ!」

とほざく大将だが。

「いや、こいつは俺一人に任せてくれ。正々堂々、一騎討ちで勝ちたい!」

倉田は、あくまでも幸穂にライバル意識あり。

「しかし…」

「頼む!」

「どうするのよ?そっちが来ないなら、こっちから先手を打つわ!」

三角錐が突進!!

「ヌワッ!?」

「グォッ!?」

大将も倉田も、幸穂に弾かれ転倒。しかしすぐに立ち上がる。

「真田先輩、みんなのところに戻ってください!」

駆けつけた満瑠と、そのうしろにピッタリとくっついてくる妹子。

「ちょうどいい。リーダーとリーダーの対決といこうじゃないか。いざ!!」

民主校の大将が左腕を刀に変形させ、満瑠に向かって走ってくる。

「妹子、離れろ!」

発生装置に手をかけた満瑠。左腕をメイスに変形!


三角錐の姿のまま、再度突進する幸穂。

だが、倉田はタイミングを見定めてジャンプし、三角錐の上に飛び乗って、サーフィンのようにバランスを取り始めた。

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努力して結果を出すのが大好きな僕は異次元バトル部をワンマンなやり方で引っ張る 岩山角三 @pipopopipo777

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