第七話 異空間ってどんなとこ?

満瑠みつるたちが次に挑む地区大会は、新しいルールを導入することになっている。

合戦型団体戦。

一対一であったいままでの試合と違い、五人ずつのチームを組んで、同時に戦うことになるのだ。

当然、そのための試合会場は体育館程度のスペースでは足りない。そこで“異空間”の出番である。

“異空間”とは、異次元で構築された空間のことである。それゆえ、自然科学の定数や法則を書き変えることが可能であり(例えば重力を弱めるとか、質量保存の法則を限定的にカットするとか)、また現実空間を気にせずにスペースを幅広く使うことができる。ちなみに具体的にどのような空間にするのかというと、森林や砂漠といった現実空間に近い環境から、得体のしれない幻想的なものまで、検討されている案は様々。


このルールを採用することのメリットは、実は日本政府側にある。




スポーツという建前のもと、異能力を用いた軍事訓練を堂々と行うことができるのだ。





さて、満瑠たちの物語に話を戻そう。

佐藤らを追い出した結果、部員は一年生の足利満瑠と斧野妹子、二年生の真田幸穂に小林秀明と犬川綱吉、つまり計五人しかいない。

この状態でどうやってほかの学校の連中に勝つのか、それが、最大の課題である。

合戦型団体戦は、五人で一つのチームを組んで行う。従って満瑠らは、欠員を一人でも出すわけにはいかない。病気も怪我も避けるのはもちろん、コンディションも最善のものにしておく必要があるのだ。


しかし満瑠には、この不利な状況をひっくり返すだけの強い味方がいる。顧問の明智光理だ。

光理は一般には出回っていない異能力の開発・入手が可能。また合戦型団体戦の運営サイドにも内通しており、当日に使われるであろう異空間の再現もできてしまう。そうして作った異空間で前もって練習を重ねておき、他校に差をつけておく、それが満瑠の作戦なのである。


そして、その策について満瑠から説明を聞かされたほかの部員たちはというと。

「卑怯だわよそんなの!!」

真っ先に幸穂が噛みつく。

「卑怯ではないですよ。本番でズルをするわけじゃないんですから」

半笑いで冷静に反論する満瑠。

「本番じゃなくてもズルはズル!こんなのやってられないわ。あたしはお断り」

「はあ…いいですか?真田先輩。僕らがやろうとしていることは、試験前に過去問を解いたり、模試を受けるようなものです。これのどこがズルなんですか?」

「あのねえ、あんたが言ってるのはァ、当日の試験で出る問題を極秘で入手して、ネタバレしたうえで勉強するようなもんだってのッ!!」

食い縛った歯の隙間から怒鳴る幸穂。

「みつる、たしかにゆきほのいうとおりだ。バレたらおわりのイカサマだぞ」

幸穂をフォローする妹子。そのわりには、先輩の幸穂をちゃっかり呼び捨てにしているのだが…。

「俺は満瑠くんの意見に賛成だぜ。他所よそより多く練習するってだけなんだからな」

綱吉は、すっかり満瑠のイエスマンに。

「心酔しきってんじゃないわよツナ公!!あんた一応、満瑠こいつより先輩でしょ!?」

「じゃあほかにいいアイデアがあるんですか?たった五人しか部員のいない僕らが、他校の連中に勝つアイデアが」

「それは…」

幸穂が言葉に詰まる。

そして、部室には数秒間の沈黙。

黙りこんだ幸穂の代わりに口を開いたのは、秀明であった。

「まあ、ハンデを考えると仕方ないか。そうでもしないと、練習一つまともにできないだろうしな」

「多数決で決まりですね。それではさっそく、明智先生の再現した異空間を試してみましょう。異空間の再現は、基本的にこの学校の専用体育館のみで行うことになっています」

ここでいう“専用体育館”とは、異次元バトル専用体育館のことである。



そして、その専用体育館に入った五人。

満瑠は、自分を含めて五人揃っているのと、ほかに誰もいないのをきちんと確かめてから、内側から出入口に鍵をかけた。

「あーあ、誰かに見られちゃマズいってわけね。こそこそしちゃってみっともない」

「そんなに嫌なら、真田先輩だけ練習なしで試合に出ていただいてもいいんですよ?それでも結果を出せれば、の話ですけど」

「わぁーかったわよ!!あんたのイカサマに付き合えばいいんでしょ!?もう知らないッ!!」


満瑠が学生鞄から、手のひらサイズの銀色のツルツルした装置を取り出した。

「何だその防犯ブザーみたいなの」

綱吉のそう言うように、その装置は形が一般的な防犯ブザーによく似ている。

「確かに、見た目は似てますね。でも、これは防犯ブザーなんかよりよっぽど優れていますよ。さあ、皆さん、僕のうしろにさがってください。異空間の発生に巻き込まれると、危ないですからね」

「マジかよ…」

冷や汗をかく秀明。


例の装置の安全ロックであるつまみをカチリ、とスライドして解除した満瑠。

そのままその装置をまっすぐ前に突き出し、ボタンを長押しすると。




プルルルップップップシュッチッジジジッ




満瑠たち五人の前方の空間に、真っ白い煙と、青白い火花が炸裂!!

「ちょっとぉ!!?これ危ないんじゃないの!?下手すると体育館が火事になっちゃうわよ!!」

「大丈夫です!僕を信じてください!」

火花は、次第に勢いを増し…


ジジジジジジバシュッボオオオオオッ


爆発!!

「あんたを信じる信じない以前に、その装置がッオワアアアァーッ!!!?」

「うわー?」

「ぐおおっ!!?」

「だああっ!!?」

幸穂が、妹子が、秀明が、そして綱吉が、爆風に吹き飛ばされる。

「くっ…」

かろうじて一人だけ踏ん張っていた満瑠は、覆い被さってきた白煙に、全身を包みこまれてしまった。


…数秒後、ようやく爆風が収まってきた。

「…みつる?…みつるー?」

妹子の必死の呼びかけ(本人はかなり全力で叫んでいるのだが、棒読みすぎて叫んでるように聞こえない)。

「…ケホッケホッ、まったく、明智先生ったらとんでもないものを発明したな…」

意外と大丈夫だったようである!満瑠、恐るべし。

「だから言ったじゃない」

いつの間にか、腕組みして仁王立ちしている幸穂。

「でも、実験は成功しましたよ。ほら」




先ほど爆発した空間に、アメーバのような蜃気楼のような、モヤモヤしたものが浮かんでいる。

よく見ると、そのモヤモヤの中には木々の並んだ風景が。




「あれが空間の裂け目です。さあ皆さん、入りましょう」





裂け目を通り、いよいよ異空間に足を踏み入れた五人。

今回作り出した異空間は、針葉樹林を再現したものである。真っ白い霧が立ちこめているため、十メートル先はよく見えない。また、空は灰色に曇っていて、地面は少しぬかるんでいる。

「最初の舞台は、森林ってわけか」

と秀明。

「はい、針葉樹林です。でも、ただの針葉樹林ではありませんよ。ほら」

そう言うと、満瑠は泥濘ぬかるみを蹴ってジャンプし、ふんわりと着地して見せた。

「重力が小さめに設定されているんです」

「ほんとだ、なんか体が軽いぞ!」

満瑠に同調するかのごとく、何度もジャンプしてその世界の感覚を確かめる綱吉。

「なるほど、体を慣らしておかないと上手く動けないってわけね。宇宙飛行士と同じ理屈だわ」

「これで納得していただけました?」

「一応ね。でも、ここまで下準備するからには、絶対に結果を出さないと」

「それでこそ、真田先輩です!じゃあさっそく、練習に取りかかりましょう」

「なあ、それはいいんだが…練習メニューはちゃんと考えてあるのか?」

「小林先輩は意外と鋭いですね。慎重に物事を考えるだけの常識的感覚がある。でも、練習メニューについてはご心配なく。今日は軽く運動して体を慣らし、ついでに異能力も試しましょう。で、明日からはトレーニング器具を持ち込んで基本練習。一週間後には練習試合ができるかもしれませんね」

「みつる、そのれんしゅうメニューはガチガチだぞ。きんにくつうでうごけなくなったらどうする?」

「そう言ってお前はサボりたいだけだろ?まったく、すみませんね先輩がたみなさん妹子こいつ、怠け癖があって。日頃の学校生活もこんな感じでして」

「いや、案外、妹子ちゃんの言う通りかもしれない。練習は大事だが、体が悲鳴を上げたら元も子もないだろ」

「おや、小林先輩もサボりたいんですか?」

「あのねえ満瑠くん、あたしも詰め込みすぎるのには反対だわ。筋肉痛が邪魔になって、変な癖がついたらどうするの?スポーツにおいては、型が崩れたり姿勢が悪くなるのは、あまり良くないはずよ」

「はあ…真田先輩まで。いいですか?僕は多数決に靡くつもりはありません。キャプテンなんですから」

「俺は、満瑠くんの言うことわかるぞ?休みを入れると、次に練習するのが余計に億劫になっちまう。毎日練習したほうが、返って楽なんじゃ?」

「犬川先輩のおっしゃる通り。僕の心配は、そこにあるんです」

「だけど…まあでも、そうか…いや、しかし、俺は…うーん」

反論する言葉が浮かばない秀明。

「だったら、こういうのはどうかしら。毎日練習する代わりに、もうちょっと練習メニューを緩める」

代替案を思いついた幸穂。

「緩める、とは?具体的にどういう意味ですか?」

「例えば、初日を含めて三日間は、体を慣らすだけにする。それから異能力のテストをして、環境の変化に馴染んでから、基本練習に取りかかる。で、練習試合に落ち着くってわけ」

「僕の作った予定を、遅らせるんですか?」

「あたしたち五人は、それぞれ成長スピードが違うのよ。皆が皆、キミと同じだと思わないでちょうだい。…部員の個性を見極めて管理するのは、キャプテンとして当然のことでしょ?」

「満瑠、俺も幸穂の考えは正しいと思う。だいたい、俺たちは今日から、この異空間で練習できるんだ。その時点で他校をリードしてるんだから、焦る必要はないんじゃないか?」

それとなく幸穂の肩を持つ秀明。

「…はあ、わかりましたよ。では今日から三日間は、この異空間に慣れることにしましょう」



こうして、異空間における練習が始まった。

初日から三日間は準備運動やウォーキングなど、軽い運動だけにとどめた。それでも体への負担はそこそこあるようで、異空間を出た直後は重力に苦しむ羽目に。

特に初日は、かろうじて立っている満瑠でさえ、少々きつい、真田先輩の意見を採用して正解だった、などと口にするほどで、幸穂、秀明、綱吉の三人は体育館の床で四つん這い、妹子にいたってはうつ伏せになって動けないという体たらく。

それでも三日も経つとさすがに慣れてくるようで、五人とも少し重力差の負荷を感じる程度にとどまった。

四日目は各々の異能力を起動し、軽く使ってみることに。といっても、ただ振りかざしてみたり、人のいない方向に攻撃を放ったりしただけなのだが。


五日目に入って漸く、基本練習の開始。射的場の的やダミー人形を異空間に持ち込み、遠距離・近距離双方を練習。重力の差により、どちらも通常より力の調整が難しくなってくる。

さて、この日の各々の手応えはというと。

満瑠は、射撃にしろ接近戦にしろ、最初こそ狙いをはずしていたものの、次第にコツを掴んで、初日の段階でもまんべんなく正確に攻撃できるようになった。しかし通常に比べるとスピードが足りず、特にダミー人形に与えたダメージは、本来の半分ほどに。

幸穂は、満瑠よりも早く異空間の重力に慣れ、従来とほぼ同じスピードを発揮することに成功。しかしダミー人形への攻撃箇所には、上半身ばかり狙っているようにムラが。既に克服したはずの弱点が、異空間というイレギュラーな状況の中で再び姿を現したのである。

秀明は、異空間の重力はかなり苦手な様子で、特にダミー人形を使った練習の直後は、木の根もとに座り込んで幹にもたれかかり、もう駄目だ、ちょっと休憩させてくれ、と弱音を吐く始末。ただ実際の出来はというと、通常に比べて威力不足ではあるものの、スピードと狙う箇所のバランスはさほど悪くない。

綱吉は、射撃は通常時の彼自身にやや劣る一方、近距離戦では意外な才能を発揮。この異空間においては、狙いの正確さは満瑠、スピードは幸穂と同レベルだったのである。案外、器用なのかもしれない。

妹子は、射撃の練習を終えた段階でヘロヘロになって座り込み、三十分後に漸くダミー人形での練習を行ったが、それを終えるとやはりバテて、ぬかるんだ地面に尻餅をついてしまった。そしてぬかるみであることに気づき腰を上げると、小さなお尻の跡が地面にくっきり。ちなみに、練習の出来はほかの四人には劣るものの、通常時の妹子本人とそこまで差はない。わりと粘ったほうである。

こうしてそれぞれの弱点が明らかになったことで、その後の練習方針が明確に。満瑠は手数を、幸穂は正確さをそれぞれ意識してひたすらに打ち込む。秀明は、現状を損なわないよう注意しながら少しずつ威力を上げていく。綱吉は射撃を中心に底上げし、接近戦は安定感を出すために現状のキープを狙う。妹子は、全体的な練習を少しずつ、まんべんなく行う。

こうして、基本練習開始から一週間後には、全員が高いレベルを維持できるようになった。

次に行うのは、フォーメーションの結成と、より実際の試合に近い形での練習である。

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