第六話 ついに爆誕!足利キャプテン
満瑠が、顧問を交代させた…。
満瑠本人の口から飛び出した衝撃の事実に、部室内が凍りつく。
「あ、新しい顧問って誰なのよ?」
沈黙を破ったのは幸穂だ。
「それは本人が来てから説明します。とにかくいまは、次の地区大会のことを考えないと」
そう言うと、満瑠は教卓のうしろに回り込んだ。黒板を背に、背筋をまっすぐにして立つ。
「地区大会かあ…さっきの三年生たちと違って、油断してはくれないもんなあ」
秀明が、天井を見ながら腕組みする。
「で?どうせ鬼の特訓でもするんでしょ?」
幸穂は機嫌が悪い。
「“鬼の”って、悪意があるじゃないですか」
半笑いになる満瑠。
「じゃあ、特訓しないの?」
「しますよ。当たり前じゃないですか」
「もう!打ち上げでもしようと思ってたのに!!」
「何ですって!?クッフフフハハハ!!」
満瑠は、とうとう吹き出した。
「何がおかしいのよ!?」
「だって、呑気に祝賀会なんてしていたら、地区大会で負けてしまうじゃないですか」
「あのねえ!!練習にはメリハリってものが!!」
閉じた歯の隙間から怒りの声を捻り出す幸穂。
「先輩、練習を休んだら、余計に次がつらくなってしまいます。体を常に慣らしておかないと。それに、メリハリなら休憩時間と、睡眠時間でつければいい。しっかり動いて、しっかり眠る。これが、健康の鉄則でしょう?」
「じゃあテスト期間はどおすんのよっ!?」
とうとう、幸穂は机をバン、と叩いた。満瑠は顔色一つ変えないが、代わりに綱吉と秀明、妹子の三人が震え上がった。
「あんまり怒るなよ!満瑠は俺たちのためを思って」
綱吉が幸穂を落ち着かせようとするも。
「だまらっしゃいこの忠犬ツナ公!!」
「つ、ツナ公って…」
「先輩、試験期間であろうとなかろうと、練習も勉強も継続するのがコツですよ」
「馬ッ鹿じゃないのアアアアン!!?」
幸穂は椅子から立ち上がり、大きく上げた右足で机をドン、と踏みつけた。
「幸穂!!やめとけって!!」
真っ青になる秀明。
「みつる、おまえがおこらせたんだぞ。どうするんだ」
棒読みで満瑠の問題点を指摘する妹子。
「だって、試験前の追い込みなんて、身につかないじゃないですか。大学受験になってから困ります。普段から一定のペースで勉強しておけば…まさか先輩たち、まだ勉強してないんですか?」
「宿題しかやってないわよ!!」
幸穂が、とうとう満瑠の胸ぐらを右手で掴み、左手の握り拳を振り上げた。
「暴力は駄目だ!!」
咄嗟に、幸穂の左手を掴む秀明。
「やべぇ、俺も勉強しないと…」
学生鞄から馬鹿正直に数学のワークを引っ張り出す綱吉。
「犬川先輩、いまは勉強しなくていいですよ。会議の途中なので、注意力が散漫になってしまいます」
「マジかよっ」
慌ててワークを鞄にしまい直す綱吉。
「ところで真田先輩、宿題をきちんとやっているなら、あとは復習をやるだけで、定期試験は十分なはずですよ」
「それは…そうかもしれないけど…」
漸く落ち着きを取り戻した幸穂。満瑠の胸ぐらから手を放す。
「ただ、答えを写すだけなら意味はありませんがね」
「ちゃんと自力でやってるわよ」
「ならいいです。…小林先輩、まさか写してませんよね?」
「あ、ああ…」
ギクリとする秀明。実は“提出物は答えを写して間に合わせる派”なのだ。
「まあ例え丸写しでも、期限までに出そうともしない誰かさんよりはマシですがね。…妹子、お前だぞ」
三人の先輩が、一斉に妹子のほうを向く。
「みつる、ひとのよわみをぶちまけるな」
「弱味を持つのがいけないんだ。まったく、お前は僕が管理していないと、いつまでも宿題を放置するんだから」
「管理って?」
訊いたのは幸穂だ。
「家が近いから、僕が妹子の家にお邪魔して、宿題を一緒にやるんです。長引かないように、きっちり時間も計ったうえで」
「過保護ね…仲良しなのはいいことだけど」
「そうだ!この際だから、これからは先輩たちも僕らと一緒に集まって勉強するようにしましょうよ!」
「で、でもよお、俺たち三人は住んでる場所がバラバラで、誰かの家に集まったりはできないぜ?」
秀明は、遠回しに満瑠の意見をストップさせようとした。満瑠の目の前では、宿題の丸写しができないからだ。
「この部室を使えばいいんです!時間に限りがあるから、宿題も早く終わる。わからないところがあっても、職員室に訊きにいける。最高じゃないですか」
「すっげえ!!お前天才だな!!」
目をキラキラさせる綱吉。
対照的に、幸穂、秀明、妹子の三人はげんなりして、満瑠の申し出をどう断ろうかと考えを張り巡らした。
「犬川先輩もこうおっしゃいますし、決定でいいですね!ね!」
「あ、あー、悪いんだけど、あたしはパス。お風呂に入ってさっぱりしてからのほうが、勉強が
真っ先に言い訳する幸穂。
お前だけズルいぞ、と秀明はもう少しで言いそうになって、言葉を呑み込んだ。そんなことを言ったら、自分がサボろうとしているのがバレてしまう。
「おまえだけズルいぞー」
代わりに妹子が、秀明の避けた言葉をうっかり口にした。しかも、先輩の幸穂を“おまえ”呼ばわりである。
秀明はというと、妹子の失言に内心ほっとした。自分が言いたくても言えないことを、代弁してくれたからだ。
「ズルいも何も、お前は僕が面倒見ないとサボるだろう」
「おい、なんどもひとのよわみをぶりかえすな」
「あと、真田先輩。お風呂上がりのほうが捗るっていうのは、あんまりよくないですよ」
「何でよ?」
「確かに、お風呂上がりなら体も心もすっきりします。でも逆にいえば、すっきりした最高のコンディションでなければ勉強が進まないってことになる。テストはお風呂上がりに受けられませんからね。その点、空きの教室で制服姿で勉強するっていうのは、定期試験のみならず受験にも」
「わぁーかったわよ!!あんたに合わせればいいんでしょ!?」
とうとう、幸穂がキレ気味に折れた。自分が譲歩しないと、いつまでも満瑠の説教が続くと思ったからだ。
「そう感情的にならないでくださいよ」
半笑いの満瑠。
「あァン!?」
逆に幸穂の神経を逆撫でしてしまったようだ。
「ただ、僕に従うっていうのは正解ですよ。だって僕がキャプテンですからね」
「なあ…いくら何でも、日常生活まで牛耳るっていうのは、やり過ぎじゃないか?それはキャプテンの仕事じゃないし、自己管理ってのは自分でやらないと…その、自分で考える力、とかそういうのが、衰えていくんじゃないかって…」
秀明が、かなり言葉を選びながら抵抗しようとする。不用意に敵を作りたくはないが、言うべきことは言わないと気が済まないのだ。
「僕としては、間接的な影響を侮るべきではないと思います。勉強がうまくいかないと、部活にも支障を来たしますからね。無駄なストレスや不注意があっては困るんですよ。あと、“自分で考える力”に関しては、みんなで集まって勉強しても、失われないと思います。寧ろ、わからないところを職員室に訊きに行ったり、みんなで教え合ったりすることで養えるのでは?」
「う、うん。まあ、そういうことかな…」
秀明は一応、納得したことにした。反論が思いつかないので仕方ない。が、論点をずらされたようで、もやもやする。
「あのねえ、“自分で考える力”がどうのこうのって秀明が言ったのは」
幸穂が反論しかけたとき。
「みんな、満瑠くんを信じようぜ。俺はそのほうが助かるよ。自己管理とかって、ぶっちゃけめんどくせえし」
綱吉が、満瑠側に加勢。
「そりゃあ、あんたは指示待ちだから、満瑠くんに頼りたいだろうけど、あたしたちは」
幸穂の文句を、部室のドアのスルスルと開く音が遮る。
「ちょうどよかった。皆さんに紹介します。新しい顧問の、
「よろしく、二年生のみんな♪」
「「「あ~!!」」」
新顧問の名前を聞くと同時に、その女の姿を見て、二年生の三人の声が一斉に部室に響いた。
明智光理は、満瑠たちの入学と同じタイミングでこの学校に転任してきた養護教諭(所謂“保健室の先生”)である。
ウェーブのかかった金髪(染めているわけでも異能力の影響でもなく、海外とのハーフなので地毛である)、同じく金色の瞳(こちらも外国人である父親からの遺伝)、きれいな卵形の顔にくっきりした高い鼻という、わりと派手な顔の美女。身長は百七十五センチと、女性としてはかなり大柄。紫のフレームの眼鏡をかけ黒いパンツスーツの上から白衣を羽織っている。靴は利便性重視のコンバースだが、キラキラ光る銀色なのでやはり目立つ。しかし容姿において最も特筆すべきは、そのバストサイズ。なんと左右それぞれ、一つあたり小型の炊飯器ほどある。こんなに大きいとワイシャツのボタンをとめておけず、大胆に開けて谷間を露出。さすがに最低限隠すべきところは隠しているが、それにしたってあまりにも過激だ。
ちなみにこの見た目のおかげで男子から大人気…かと思いきや、とりわけそうというわけでもない。目を合わせるのを恥ずかしがったり、シンプルに怖がったりする男子生徒が多いのだ。無論、単純に好意的に接する男子もいれば、素直に鼻の下を伸ばす男子もいるのだが。要は男子からの人気は、普通に半々といったところである。
どちらかというと女子生徒からの支持が多いらしい。…なぜ?
「明智先生はもともと、僕の通っていた中学校にお勤めになっていたんです。関係的にも能力的にも、一番信用できるのはこの人ですから。来ていただきました」
「あんたたち、知り合いだったの!?」
幸穂の声が跳ね上がる。
「改めまして、この異次元バトル部の顧問を担当させていただく、明智光理ですっ。といっても保健室の担当だから、あんまり活動そのものには関われないかもしれないわね。だから、基本的にはバックアップを引き受けることにするわ。まあ、この学校には養護教諭は七人いるから、どうしても必要なときは任せられるんだけど」
「よ、よろしくお願いします…」
綱吉は軽く頭を下げた。かろうじて本人なりに礼儀を保ってはいるが、綱吉の綱吉はギンギンだ。そのことを周囲に悟られないよう、彼は必死なのである。
「それでは、顧問も決まったことですから、改めて確認しましょう。僕がキャプテンで、明智先生が顧問。副キャプテンは…妹子、お前で充分だろう」
「え?いもこが?」
表情はいつもと変わらない妹子だが、実はこれでもたまげている。
「待った」
「何ですか?真田先輩」
「副キャプテンには、私が立候補するわ。妹子ちゃんには任せられない」
「…僕の采配に問題があると?」
満瑠の顔が、一瞬固くなる。
「満瑠くんがキャプテンになってもいいのは、実力と実績を示したから。選手としても指揮官としても、悔しいけどいまは認めざるを得ない。それに、佐藤たちをギャフンと言わせて下剋上できた恩もある。でも妹子ちゃんは違う。そりゃあ…」
幸穂は一瞬、妹子のほうを見てから、再び満瑠のほうへ向き直って話を続けた。
「妹子ちゃんも力になってはくれたけど、それはあたしや秀明、綱吉だって同じ。副キャプテンっていうのはただの戦力じゃなく、いざってときにキャプテンの代理ができないと」
「僕に代理は必要ありません。健康状態には常に気を遣っています。不祥事だって起こしません」
「…あなたに問題がなくても、万が一ってことがあるかもしれないでしょ?」
「みつる、ここはゆきほのいうとおりにしてやれ。たしかにせいろんだし、しょうじきいもこはふくキャプテンなんてにがおもい。そもそも、ほんらいならゆきほがキャプテンでもおかしくないんだぞ?みつるがキャプテンになれたのは、せんぱいたちがなっとくしてくれてるからだ。わすれるな」
多少厳しい意見を述べる妹子。満瑠と付き合いが長いからこそ、こういうことが言えるのだ。
「…妹子がそう言うなら仕方ない。わかりました、副キャプテンは真田先輩にお願いします」
こうして、たった五人(顧問を含めると六人)の部活動は、本格的にスタートすることとなった。
五人が次に目指すのは、地区大会。
ここで結果を出すと、全国大会が見えてくる。
ただ、実はこの地区大会、主催者側にも狙いがあった。
全国大会のルール簡略化に向けて、団体戦を試行すること。
それも、場合によっては危険かもしれない方式。
それを試さないと、日本政府が他国にはおろか日本国民にすら黙って密かに目指している“異次元バトルの軍事化”を、実現できないのである。
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