第五話 勝利の鍵は我にあり

本来、五対五の団体戦は、先に三勝した時点で勝ちのはず。

しかし理不尽にも、佐藤がルール変更を申し出た。


「佐藤!もう決着はついてる。これ以上惨めな気持ちにさせるな!」

倉田が異議を唱える。

「何だと!?負けて終わるほうが惨めに決まってんだろ!第一、お前が負けたからこんなことになったんだぞ!!」

「くそっ…」

言い返すことができずに、床を睨む倉田。

いくら自分が一目置いている、それこそ倉田のような味方であっても、結果を出せなければ戦犯扱い。それが佐藤という男。倉田にも、そのことはよくわかっている。

「では改めて言おう。ルール変更だ。足利のチームは、俺たち全員を倒せなければ負け。文句のあるやつはいないよな?」

「卑怯者!!聞いてないわよ!?そんなの理不尽だわ!!」

幸穂が、佐藤に食ってかかる。

「何だと?俺はこの部のキャプテンだぞ!!俺の命令は絶対だ!!」


「いいでしょう。受けて立ちます」


「満瑠くん!?」

「みつる?」

「正気かよ!?」

幸穂が、妹子が、そして秀明が、次々に目を見開く。


「ただし、僕らがあと二勝すれば。約束通りあなたたちには、この部を出ていってもらいます」


「どこまでも生意気なやつめ…いいだろう!!だが言っておく!!泣きを見るのは俺たちだ!!」


佐藤は、とんでもない言い間違いをしてしまった。

佐藤の脳内には“泣きを見るのはお前らのほうだ”と“勝つのは俺たちだ”という二つの文章があったのだが、感情が昂りすぎて混ざってしまったのである。


周囲が一瞬、静まり返り、敵味方関係なくクスクス笑いが聞こえる。

この場で笑っていないのは佐藤本人と、ついさっき負けたばかりの倉田だけ。先鋒の鈴木は保健室で泣いているので、ここにはいないのだ。病院送りになった吉井も同じ。

「はあ…」

倉田が、残念そうにため息をついた。


「な、何だよ…あっ」

とうとう、佐藤自身がさきほどの言い間違いに気づいた。

「ちっ、ちげーよ!!いまのはちょっと頭の中がごちゃごちゃっとして…お、お前ら笑ってる場合じゃねえからな!!俺らが負けたら、お前らも揃って退部なんだぞ!?」

その言葉を聞いて、笑っていた連中はやっと静かになった。副将の鈴木も、その中の一人だ。



副将、綱吉対鈴木。

こちらの鈴木は二年生で、金髪モシャモシャ天然パーマの、小柄でありながらマッチョな男子だ。先鋒の鈴木とは、単に名字が同じというだけで特に血縁関係はない。金髪はほかの部員たちと同じく、あくまでも異能力の影響によるもの。染めているわけではないのだ。典型的な腰巾着気質だが、さっき佐藤のミスを笑ったように、わりと調子のいい風見鶏のようである。しかしキャプテン直々に副将を任されるだけあって、小柄な体格を活かしたスピード戦法で相手を圧倒するのが得意だ。おまけに筋肉質なので、パワーどうしの押し合いにも強い。


「日頃の鍛練の成果を見せてやるぜ…」

と綱吉。

「るせえな、それが鍛練してるやつの体かよ」

鈴木がそう言うのも無理はない。

確かに綱吉は高い身長のわりに細身なので、特に服の上からだと、鍛えている体型には見えないのだ。


試合開始。


先に発生装置に手をかけたのは鈴木だ。1のボタンを押し、左手首から先を鎌に変形させる。

「いくぜえええっ!!」

そのまま綱吉めがけて突進。


一方、落ち着いて装置の5のボタンを押す綱吉。




「へッハッハッハッハ…」


…邪悪な笑い声だけを残し、綱吉の姿は煙のように消えてしまった…。




「ええっ!?ま、マジかよ…」

目を見開く鈴木。顔が真っ青になる。

無理もない。

いくらスピードとパワーの双方に優れていようと、相手の居場所がわからなければ、なす術はないのだ!!


果たして、綱吉はどこにいるのか!?




「ゴォフ!!」

ふいに唾を吐きながら、体を二つに折り曲げ、尻餅をつく鈴木。

防具の上からとはいえ、腹に一発、それも姿の見えない相手からもろに食らったのだ(相手が見えていないから、体も硬直する準備ができない。だから、衝撃がダイレクトに内臓まで響いたのである)。

「うう…貴様ァ…ゴッ」

立ち上がろうとする鈴木だが、透明人間は真上から殴りつけてくる。

「フォオーウ、オォン、アムッ…」

体を起こそうとすればするほど叩きつけられ、次第にその体が床へと沈んでいく。

「くっ…」

とうとう鈴木は起き上がろうとするのをやめた。


綱吉の勝利確定まで、あと五秒。


四、


三、


二、


「フリャアアアアアア!!!」


最後の力を振り絞って立ち上がり、鎌をスイングする鈴木。




しかし虚しく、空気をかきむしるだけだ。




実はこのとき、綱吉は鈴木から距離をとっていたのだ。

満瑠からもらった、綱吉の、この異能力。

なんと姿だけでなく、足音も消してしまうのである!!…ちなみに攻略するには、空気の振動を頼りにするか、あえて隙を見せて動きを誘導するのが確実なのだが…満瑠や幸穂ならともかく、鈴木にそんな技量はない。


発生装置の3のボタンを押す透明人間。左腕が剣から大砲に変化。


「ッピャアアアアアア!!!バアアアアアアア!!!」

見えない敵に怯え、がむしゃらに空気を切り裂く鈴木。もはや癇癪を起こしている。


その鈴木の背中に、まっすぐ飛んできた爆風が直撃。


鈴木は叫び声すら上げられず、無言で前に突き飛ばされ、そして、五メートル先まで飛んで、顔で着地した。




異能力による透明化の効果が切れたことで、綱吉の姿があらわになる。




試合終了まで、あと五秒。


四、


三、


二、


一。




鈴木は、とうとう立てなかった。


綱吉の勝利である。

「ヒャッハー!!俺の勝ちだぁーっ!!」

ガッツポーズをして歓喜する綱吉。

「やりましたね!犬川先輩。僕も異能力を選ばせていただいた甲斐があります!」

綱吉を称賛する満瑠。

「あとはみつる、おまえだけだな」

妹子がそう言ったとき。


ゆらりと立ち上がった鈴木が、ふらふらと前に歩き始める。目が虚ろだ。


「…おい。鈴木のやつ、何だか様子がへんじゃないか?」

秀明が、鈴木の異変に言及した瞬間。


「ブエエッ!!ケホッケホッ、ラアアアア…」

ビシャビシャビシャッ


鈴木の口から、黄土色のドロッとしたものが滝のようにこぼれ出た。


「やだ!!あいつ吐いちゃったの!?」

幸穂が真っ青になる。


鈴木は、板のように前に倒れ、自分が吐いたゲロの上に突っ伏すと、ブルブルと痙攣し、そして再び、動かなくなった。



結局、副将の鈴木は、吉井と同じく気を失って病院送りに。


残すは、あと一試合。



大将、満瑠対佐藤。

前回この二人が対戦したときは、佐藤の両足が骨折して終わった。そして、まだそのリハビリは充分とはいえない。現に歩き方はぎこちないし、立っていても両足は小鹿のように震えている。

果たして、佐藤はどうやって戦うのか!?


「ほかの人に代役を頼めばよかったのに。わざわざ引き受けてくださるんですね、佐藤キャプテン」

「どこまでも生意気なやつめ…だが俺には、秘策がある!!」


試合開始。


先に発生装置に触れたのは佐藤。5のボタンを押すと。


佐藤の両足が筒状の金属に変化。そして、下向きに炎を噴射し、五メートル上空へ。

ジェットブースターである!!

「こいつは公開されたばかりの異能力だ。覚悟しな、足利!!上からお前を仕留めてやるぜ!!」


「なるほど、これなら足の調子が出なくても、関係ありませんね」


「何だと?どこまでも生意気だアアアア!!」

佐藤は4のボタンを押し、左腕を大砲に変形。

上空から、満瑠めがけて爆風を噴射!!


フィールドが真っ黒い煙に包まれ、満瑠の姿が隠れる。


「どうだァ!!手も足も出ねえだろ!!」

勝ちを確信した佐藤。




その佐藤めがけて、




床を漂う黒煙の中から、




一筋の爆風が、まっすぐ飛んでくる!!




「うぉっ!?」

佐藤は間一髪、飛んできた爆風を避けた。爆風は天井にぶち当たり、

ドオン

と音を響かせ、煙になって天井を這う(このように、上に爆風などが飛んできた場合に備え、異次元バトル専用体育館においては、明かりをむき出しにせず防弾ガラスの裏に取り付けておくなど、対策が施されている。最もこれは、普通の体育館で異次元バトルを行っていた際、落ちてきた照明により死人が出たことの教訓なのだが)。

逆に、床を覆っていた煙は薄くなってきた。その中にいるのは。


「な、何だその姿!?」

佐藤が驚くのも無理はない。




ツヤツヤした銀色の、巨大な卵形の金属。

てっぺんから、一本の大砲が生えている。

そして、卵の下の部分には、二つ一組のキャタピラが。


戦車だ。




「では、反撃させていただきます」

戦車が、爆風を佐藤に向けて、再び発射。

二発、三発と、次々に撃ってくる!


「ぐぉっ、ぬ、ぬぅっ…」

必死に爆風を避ける佐藤だが。


「無駄ですよ」

満瑠が、佐藤に狙いを定め、そして…。




ドシュッ

「ブエエッ」

爆風の一つが、佐藤の右頬に直撃。




バランスを崩し、真っ逆さまに、頭から床に落ちる佐藤。




ドンッ

打ち落とされた佐藤。床に頭をぶつける。

「うぇぐっ」

衝撃で、佐藤は舌を噛んでしまった。

両足のジェットブースターの噴射がとまる。


「とどめです」

満瑠は戦車姿のまま、佐藤に向かって突き進む。

最初はとろとろと進んでいるのが、佐藤に近づくにつれ、加速して、少しずつその勢いは突進のそれに変わっていく。


避けなきゃ。

佐藤は咄嗟に立ち上がった。


…はずが。


ガクンッ

「フンッ」

一瞬、起き上がりかけたものの、再び床の上で仰向けになる。

ブースター状の足で立とうとして、自ら転倒したのである。

…だが、原因はそれだけなのだろうか?


佐藤はブースターを解除するために、左腕の発生装置に右手を伸ばそうとした。


だが、動けない。

まるで、首から下の力の入れ方を、忘れてしまったみたいに。

「どうなってる…」


卵形の戦車がぶつかってきて、佐藤を弾き飛ばす。


「ウェボッ!?うっ、ウゥう…」


ごろごろと床の上を転がり、三メートル先で漸くとまる佐藤。


戦車は少しスピードを落としながら、佐藤に追いついた。

そして、佐藤の上に乗り上げると、交互に前進と後退を小刻みに繰り返し始めた。二つ一組のキャタピラで、佐藤をリズミカルに踏みにじっているのだ。

「うぇ、アアアゥ、うぅ…」

手も足も出ず、ただ苦しむだけの佐藤。

防具の上から、戦車の体重がめり込んでくる感触。


「抵抗しなくていいんですか?佐藤キャプテン」


抵抗んじゃない。


んだ。


佐藤はそう言いたいが、言葉を発することのできる状態ではない。


降参


その二文字が佐藤の脳裏にはっきりと浮かんだときにはもう、視界のほうはぼんやりとし始めていた。


「キャプテン、諦めないでくださいよ!僕のことを生意気だと思って、反撃の一つでもしてごらんなさい!アーハッハッハッハ!!」


満瑠の無邪気な笑い声を最後に、佐藤の意識はプッツリと途絶えた。





ブウウウー

ブザーが、体育館全体に響き渡った。


緊急停止ボタンが押されたのだ。




押したのは幸穂。

顧問の二人がいつまで経っても試合を強制終了しないので、痺れを切らしたのである。

「こ、こら、勝手に審判のボタンを…」

「ハァ!?あんたたちがボーッとしてるからでしょ!?この部活で死人でも出たら、誰が責任取ってくれるのよ!!それに、結果はもう出ているわ。…佐藤のやつ、もう立てそうにないし、それによく見ると発生装置もバキバキに割れちゃってる。この試合のルール上、満瑠くんの勝ちで確定のはずよ」



結局、佐藤も病院送りになってしまった。





何はともあれ、満瑠チームの完全勝利!!



「バンザーイ!!」

「ばんざーい」

自分たちの発した言葉通り、万歳のポーズをする、綱吉と妹子。

ちなみにこの二人と、秀明、そして幸穂の計四人がいまいるこの場所は、部室(満瑠たち一年生が仮入部届を持って最初に訪れた教室)である。

「呑気ねえ、あんたたち…」

幸穂は呆れた様子だ。

「あたりめぇだ、三年生どもを相手に勝ったんだからな!ヘッハッハー!」

ガッツポーズを決める綱吉。

「へっはっはー」

妹子が、綱吉に便乗して同じくガッツポーズ。

「あのねえ…三年生たちを追放できたまではいいけど、次は地区大会があるのよ?満瑠くん、また猛特訓しようとか、言い出すんじゃないかしら?」

「そう言えば、満瑠はどこに行ったんだ?さっきから見当たらないけど…」

心配そうにキョロキョロしていた秀明が訊くと。


「ただいま戻りましたよ、皆さん」

ドアのうしろから、満瑠がひょっこりと顔を覗かせた。

「もう、どこ行ってたのよ…」

「どこって、職員室に行ってたんです。本入部届を出すと同時に、キャプテンにしてもらうよう顧問に頼んできたので」

「やっぱり本気なのね…」

「よっ、さすが俺たちのリーダー!!」

「なあ、この前も訊いたんだけど、どうやってルールの壁を突破したんだ?あの頭の固い顧問たちが、言うことを聞くとは思えないんだが…」


「ええ。ですから新しい顧問に代わっていただきました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る