第四話 練習の成果を見せつけろ!!

爆風に足止めされる鈴木。煙幕で視界を遮られる。

「小手先め!!」

鈴木は左手を鎌に変形させ、煙幕を払いのけた。

「どこに行きやがった…」

左右を見渡すも、秀明の姿はない。


「うしろだぁ!!」

佐藤が、観客席で叫んだ。


だが。


ガッ


鈴木の背中で聞こえた、何かが強く引っかかる音。


「…え?」


鈴木が振り向くより先に、


秀明が、剣に変形した腕で鈴木の背中を、横一文字に切りつけたのだ!!


競技の特性上、最悪の事態を防ぐために防具をつけてある。ので、剣で背中がザックリと…などということにはなっていないのだが、その剣の一撃は、獲物を真横に突き飛ばすには十分。


「ウウオウッ」

フィールド上を樽のように転がる鈴木。


「お、おい、大丈夫か?」

思わず敵を心配してしまう秀明。


「…ゥウルアアアア!!」

鈴木は速やかに立ち上がり、左手を大砲に変形させ爆風を放ってきた。

秀明の姿が、煙幕に包まれる。

「チャンス!!」

左手を棍棒に変形させ、秀明がいるであろう位置を殴りつけると。


カンッ


金属音が響いた。


「え…?」


次第に薄くなってくる煙幕、その中では。


秀明が、左手を盾に変形させ、棍棒をガードしていた。

「盾は一番端のボタンに登録してあるから、煙の中でも手探りで押せてよかったぜ」

「なん…だと?」

「これで終わりにしよう」

秀明は、盾で棍棒の先を押し退けると、左手をハンマーに変形させ、相手の左肩に振り下ろした。


ハンマーの先から伝わってきた、ダイレクトに相手の肩の骨がグニャリとずれる感触。それを感じ取って、秀明は少し気分が悪くなった。


「ゥオウッ、アアア」


悶絶する鈴木。左手の棍棒の先が、床に着地してコツン、と音を立てる。しかしまだ二本の足で立っているし、異能力発生装置も壊れてはいないため、ルール上は負けていない。

「もう降参しろよ。その肩、保健室で見てもらわないと」

少しやりすぎたと思ったのか、情けをかける秀明。

「うるせええ!!」

鈴木は、相手の隙を突こうと左手で足を狙ってスイング。

「うおお!?」

咄嗟にうしろに飛び退いて、棍棒を躱す秀明。


寧ろそのスイングは、それを繰り出した鈴木自身にとどめを刺すことになった。


ずれた左肩で腕を振り回したばっかりに、余計に骨の組み合わせがおかしくなったのだ。


パキン、プツン、コリコリコリッ


一瞬で次々に聞こえた、聞いたことのない音。


ぼんやりとした痛みが、だんだんと耐え難いそれに変わっていく。


「フウウウウウ!!ウウウウ!!」


鈴木は号泣し、うずくまって床に顔を伏せた。明らかにさっきまでと様子が違う。観客席の連中も、満瑠以外はざわざわし始めた。

もはや、鈴木は立つことすらできず…


…十秒が経過。秀明の勝利だ。


「勝った?…この俺が?三年生に!?」

秀明の目が泳ぐ。己の努力の成果を、まだ理解できずにいる。

「やりましたね小林先輩!!」

観客席から、満瑠の声が飛んできた。

「あ、ああ…」

素直に喜べない秀明。なんだか相手に取り返しのつかない傷を追わせてしまったようで、気分がよくなかったのだ。



次鋒、妹子対吉井。

吉井は痩せぎすの男子で頬が痩けており、ほうれい線が濃い。髪の色がグレー(白髪が混ざっているわけではなく、単に異能力の影響で全ての毛がグレーになっているだけなのだが)であることもあって、高校生にしてはわりと老けた見た目である。ぶっちゃけ先程の鈴木に比べると弱そうではあるが、それでも妹子には体格で大きく差をつけている。

「なんだよ、俺の相手はこんなオチビちゃんか?うっかり殺してしまわないか心配だぜ、ヘッヘッへ」

「へらずぐちたたいて、こうかいするなよ。おまえ…」


試合開始。


先に仕掛けたのは…妹子だ。真っ先に発生装置の3のボタンを押し、左手をスピーカーに変形させた。

「ぷっはははははァー!!なんだその武器、だっせえ!!ヒーッヒャッハッハッハ!!」

腹を抱えて笑う吉井。

妹子は無言で、スピーカーを吉井に向けた。




ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ




「ううっ!?ぐっ、グアァ」

両手で文字通り頭を抱えて苦しむ吉井。




妹子がスピーカーから発した音波をもろに食らっているのだ。

音波は、防具では防げない!!


そしてこの音波、普通のそれではない。


本来、音というものは空気を媒質として空間全体に広がっていく。そのため、通常は音源からの距離が同じならほぼ同じ大きさの音が聞こえるはずなのだが。

妹子が発しているそれは、観客席にいる満瑠達にはほとんど聞こえず、そして標的である吉井にだけは爆音として聞こえるようになっている。物理法則の書き換えにより、音波が筒状に圧縮されて標的にぶつけられているのだ。


「うわぅっ、わぅっ、あぇっ、うええぇぇえ」

白目を剥き、涙と鼻水と涎を垂らす吉井。両手で空気をかきむしりながら、ドサッと床に倒れ込む。もはや自分の異能力を発動するどころか、立っていることもできない。


吉井が倒れてから十秒が経過。


ルール上、妹子の勝利だ。

やっと音波をとめ、異能力を解除。左手をスピーカーから普通のそれに戻す。

「ざぁーこ。だからけいこくしておいたじゃないか。ざぁーこ」

既に勝ちが確定した妹子は、吉井に背を向けた。


そのとき。




吉井は無言で立ち上がり、あろうことか発生装置の4のボタンを押した。左手が大砲に変形。


負けが確定しようが、腹いせにルールを無視して妹子を攻撃しようというのだ!!


「妹子!!うしろだ!!」

満瑠の警告の叫びを聞いて、妹子が振り向くと。


吉井が、大砲から爆風を発射。

真っ黒い煙が、獣のように妹子に襲いかかる!!


…だが。

咄嗟に、発生装置の5のボタンを押す妹子。左手が、盾に変形。

爆風が盾の表面に直撃。

妹子は怪我こそ免れたものの、バランスを崩してうしろに倒れそうになり、なんとか踏ん張って耐えた。

「おまえ…ひきょうだぞ。このしあいはもう、いもこのかちなのに」

「う、うるせえ!!試合がなんだ!!生意気な一年をボコボコにして、何が悪い!!」

「そうか…だったら、いもこもおまえをボコボコにしないとな」

妹子は発生装置の2のボタンを押した。

左手が、細く短い砲に変形。

その砲の先から、吉井に向けて、何やら緑色のクリームのようなものを飛ばす。


緑色のそれは、吉井の全身に絡みついた。


「な、なんだよこれ…動けねえ!!」


ネバネバとした緑色の粘着液。もがけばもがくほど、吉井の体力が自ずと奪われていく。

ジリジリと間合いを詰めてくる妹子。

「く、来るな…来るなアアア!!」

妹子は、再び盾に変形した左手を振り上げると、力一杯吉井の頭をフルスイングした。

「ウゥンッ」

頭を真横に揺さぶられる吉井。右耳の奥で、

キィーーン

と音がする。ヘルメットを被っているとはいえ、かなり危険だ。

「もういっぱつ」

発生装置の1のボタンを押し、左手を斧に変形させる妹子。今度は首にめがけて、斧をスラッシュ。

「エェッ」

満身創痍の吉井。目を開けたり閉じたりして、頭をゆらゆらと振っている。

「とどめだ…」

妹子が、もう一度攻撃しようと、左腕を振りかぶったそのとき。


「やめろ、妹子」


いつの間に来たのか、満瑠が妹子の隣に立っていた。


「とめるなみつる、こいつは」

「もう決着はついてる」

「それでもこいつはこうげきしてきたぞ」

「じゃあお前は、この人と同じレベルにいていいのか?」

「…わかった」

妹子は、発生装置を解除し、左手を普通の状態に戻した。装置の電源を切ると同時に、吉井を押さえ込んでいた緑色の粘着液も、消えてしまった。

「申し訳ありません、吉井先輩。僕の管理が甘かったばっかりに…吉井先輩?」


粘着液から解放された吉井の細い体が、ドサッと床に崩れ落ちた。



結局、吉井は気を失ったようで、救急車が呼ばれることになった。

だが到着までに時間はあるし、団体戦の続きには影響がないので、試合は続行。



中堅、幸穂対倉田。

倉田は中肉中背の男子で、目元を覆う長い前髪が特徴。その髪は、異能力の影響で藤色に染まっている。佐藤チームの五人の中では、女子からの人気が高い。というのも、彼は佐藤や他の男子部員に比べれば口数が少なく、成績優秀なこともあって、不用意な発言や品のない態度が少ないのだ(そもそもが他校から引っ張ってきた人材でもあるから、佐藤ありきの状況に染まっていない、というのもある)。本来なら満瑠同様、佐藤の目の敵にされやすい優等生タイプなのだが、そこは知恵が回るのか、佐藤を挑発するような発言はしないうえ、戦力として優秀なこともあって、佐藤からも一目置かれている。


「女子だからって、甘く見てるんじゃないでしょうね?」

苛立ち気味の幸穂。

倉田は無言で、幸穂の全身をじろじろと見ている。佐藤と違って、相手をいやらしい目で見ているわけではない。対戦相手の微妙な動きや姿勢を、冷静に観察しているのだ。


試合開始。


いきなり、発生装置の5のボタンを押した幸穂。

次の瞬間、幸穂の上半身が、三角錐型の金属の塊に変形!!

「ええっ!?」

倉田が目を見開く。

三角錐は、そのてっぺんが前を向いており、正面から見ると逆三角形になっている。幸穂の体はいま、紙飛行機から足を生やしたような形状になっているのだ。

「なんだよそれ!?」

倉田が驚くのも無理はない。


実はこの幸穂の異能力、まだ一般には公表されておらず、本来ならまだ登録できないものなのである!なぜこんなものを、満瑠は登録できたのか…。その秘密については、もう少しあとで触れることにしよう。


幸穂は両膝を曲げ、両足を床から浮かせると、そのまま空中浮遊した。

そして、飛行機のように倉田めがけてまっすぐ突き進む!!

「アウウェッ」

三角錐にもろに轢かれ、仰向けにひっくり返る倉田。防具を身につけているとはいえ、かなり痛い。

「やったわ!!もう一発!!」

Uターンして、再び倉田に突撃する幸穂。

「くっ…」

今度は直撃こそ免れるも、倉田の右腕を掠める。

「二度も同じ手を食らうかよ!!」

倉田は発生装置の1のボタンを押した。左腕の肘から先がサーベル状に変形。

「そう?」

もう一度突進してくる飛行機。

「…テャオラッ!!」

躱すと同時に、サーベルを振りかざす倉田。

切っ先が三角錐の横っ腹にぶつかり、

カリィン

という音と、火花が飛び散る。

「くっ…」

三角錐が、両足で踏ん張って急ブレーキをかけ、床を

キイイイイイイイ

と鳴らしてストップした。

同時に、その姿は変形し、もとの幸穂の姿に戻る。この異能力、一定時間が経過すると解除される仕組みなのだ。


「チート一本で終わりか?工夫のねえやつだな…」

倉田が、サーベルの切っ先を幸穂に向け、照準を揃えて構える。


「あら、じゃあ剣の腕も試してみる?」

幸穂が発生装置の1のボタンを押した。左腕の肘から先が、ソードに変形。


標的に向かって突進する倉田。サーベルを突き出す。

そのサーベルを、ソードで弾き返す幸穂。

刃と刃のぶつかり合いで、火花が散る。

そのままフェンシングのように、剣と剣の決闘へ突入。カラカラと金属の絡み合う音が、体育館中に響く。

一見、互角に見えるが、実は幸穂が優勢である。弱点になりがちだった攻めのばらつきを克服してきたおかげだ。それに、幸穂はもともと観察眼も優れているので、倉田の攻めの比重をじっくりと見極めながら応戦している。

幸穂がじりじりと押し始めたときだった。

「…ええい、埒が明かねえ!!」

とうとう苛立ちを露にした倉田が、サーベルをグイと押し出した。本人は力ずくで相手を突いたつもりが、狙いががさつになって、切っ先が斜め上にずれてしまった。


その隙を、幸穂は見逃さなかった。


「隙あり!!」

クルリとソードを捻り、相手の左上腕を切りつける幸穂。


「グゥッ」

倉田は、左肩に鋭い痛みを感じ悶絶。脱臼したのである。


「どう?降参する?」

自慢げに言ってのける幸穂。


だが、その一言が、相手を奮い立たせてしまった。


「誰が降参なんか!!俺は怪我しようがどうなろうが、倒れるまで戦うんだよぉ!!」


発生装置に手をかけ、2のボタンを押す倉田。

それまでサーベルだった左前腕が、大砲に変形。

ぼぼ零距離射程で、相討ち覚悟で、それでも敵めがけてぶっ放すつもりだ。


「くらえっ…ど、どうした?」


発射できない。


それどころか大砲そのものが、通常の腕に戻ってしまった。


「どうなってる…?」


「察しが悪いわね。発生装置を見なさい」


「あっ…」


先ほど、幸穂が迷わず倉田の左腕に一撃をヒットさせた理由。

最も効率よく勝利するために、ダイレクトに発生装置を狙ったのだ。

現に倉田の発生装置は、大きくヒビが入り、電源も切れてしまっている。


「俺は…既に負けていたのか…でもさっき、お前は、俺に降参しろって」

「一応、聞いてみたかったのよ。あなたの覚悟をね。怪我しても戦おうとするなんて、見かけによらず根性があるのね。どうりで女子に人気があるわけだわ」



こうして、満瑠チームが三連勝したので、試合は終わった…




…はずだった。




佐藤だけが、結果に納得できず、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「ざけんなあ!!俺のチームが負けで終われるかよ!!こうなったらルール変更、こっちが一勝でもすりゃあこっちの勝ちだ!!」

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