第三話 下克上せよ!猛特訓

幸穂たちと出会った日の、翌日。

「にちようびのれんしゅう、いやだー」

妹子が駄々をこねる。

「三年生との対決まで、あと二週間しかないんだぞ。わがままいうんじゃない」

「それはおまえがかってにきめたことだろうがー」

「いいか?僕らは真田先輩たちにお願いして、わざわざ日曜日の今日来ていただく身分なんだ。くれぐれも士気を下げるようなことは言うなよ?」

「むうー」

妹子が、ほっぺを膨らませる。

「先輩達は、どうやらまだ来ていないみたいだ」

「じゃーなんでいもこがはやおきするはめにー」

「後輩の僕らが早めに来ておくのは、当然の礼儀だろ?」

「ねむいー、きょうはにちようびだってのにはやおきしたからねむいー」

「まったく…お前ってやつは…僕の小銭をやるから、スポーツドリンクをみんなのぶん買ってこい」

深緑色の長財布を学生鞄から取り出す満瑠。

「うう…」

渋々、小銭を受け取って自販機へと向かう妹子。

「お、ま、た、せ~」

妹子と入れ違いで、幸穂が現れた。

「おはようございます、真田先輩」

「おっはよ~、他の二人、あと五分ぐらいあとだってさ」

「じゃあ、一足先にウォーミングアップでも始めます?」

「やる気満々ね、キミって」

「当然でしょう、三年生に勝つためですから」

「でも、やる気のある子は嫌いじゃないわ。なんだか頼もしいし、楽しみだし。ところで妹子ちゃんは?」

「妹子なら、みんなのスポーツドリンク買いに行ってます」

「ちょ、パシリ!?いくら後輩だからって、それは…」

「いいんですよ、僕らの勝手な気遣いですから」

「お金はどうしたのよ」

「僕が出しました」

「後輩が先輩におごる気?逆じゃないの普通?」

「普通の後輩ならそうですけど、僕は佐藤先輩を片付け次第、ニューキャプテンになる予定なので」

「はあ…責任感強いわねえ、ほんと…」

「光栄です」

「誉めてないわよ…ま、とりあえずキミのいうように、他の二人より先に練習始めちゃおっか…て、もう来ちゃったじゃない」

「本当だ、小林先輩、犬川先輩、おはようございます」

「わりいわりい、遅くなっちまったみたいだな」

言いながら走ってくる秀明。

「待ち合わせ時間よりは早く来れたけどな」

あとから綱吉がついてくる。

「あれ、妹子ちゃんは?」

「ここだ」

秀明の問いに、妹子本人が姿を現しながら答えた。華奢で短い両腕に、五本のスポーツドリンクを抱えている。

「おおっ、差し入れとは気が利くねえ」

単純で調子のいい綱吉。悪気はないのだが…。

「こ、これ、どうしたんだよ」

秀明は戸惑った。彼はとりわけ利口というわけではないものの、そこそこ空気の読める常識人なのである。

「満瑠くんのお金で買ってきたらしいのよ」

「な、なんだって!?さすがに悪いよ、後輩の金でそんな…」

「いいんです、僕は佐藤キャプテンを追い出してすぐ、部長になるので」

「部長って…一年生で!?」

「僕の実力なら、不可能ではありません」

「そりゃ能力的には任せられそうだが、如何せん部活には学校のルールってものが…」

「ルールは僕が変えます」

「どうやって…」

「詳しくは言えませんが、僕には心強い協力者がいるので」



一方、果たし状をメールで受け取った佐藤たちはというと。

「ったく、どこまでも生意気なやつめ!!こんどこそ捻り潰してやる!!」

「だ、だけどよぉ、お前のその足、まだ治ってないだろ?」

「そうですよ先輩、回復とリハビリがすむまで待てって医者にも言われて」

「医者がなんだ!!俺の体の調子は俺が決める…だいたい、足利も気に食わんが他のメンバーも気に食わん。斧野とかいう金魚のフンに加え、幽霊部員が三人と来たもんだ。あいつら二年生のくせに、一体どういうつもりだ!?」

「きっと…足利を買い被って甘やかしてるんすよ」

「それより、キャプテンは怪我の治りを待って」

「いいや!俺は今日からだって練習する。治りを待ってたら間に合わねえ!」

「んなこと言ったって、まだ歩ける状態じゃねえだろ?」

「下半身が治ってねえなら、上半身だけ先に鍛えりゃいいんだ!俺はやるぞ。何かあるはずだ。足に負担をかけず、腕をメインに戦う方法が…」



ウォーミングアップの体操・筋トレを一通り終えた満瑠達。

「さて、今日はどんな練習メニューを組もうかねえ、足利キャプテン?」

後輩をヨイショする綱吉。

「そうですね、まずは新しい異能力を登録して、すぐにでも試しましょう」

「登録?そんなの、ウォーミングアップの前にやりなさいよ」

幸穂が口を挟む。

「いえ、そこまで時間をかけずともできますよ。事前に僕が、皆さんの分も選んでおいたので」

「マジかよ!」

思わず秀明が驚きを声に出す。

「どうしました?」

「いや、その…そこまでしてもらってなんか悪いなって」

「さっきも言ったじゃないですか、僕はキャプテンになる器なんです。相手が先輩であっても、部員の面倒は僕が見ないと」

「まあ、責任感があるのはいいけどよぉ…」

「あたしは遠慮するわ。昨日、自分でとっておきの異能力を新しく登録したばかりだもの」

「では一応、登録のときに僕にも確認させてください」

「なっ…好きにすればぁ!?」



異能力の登録は、専用体育館の傍に設置された登録用ATMで行うことができる。まず持ち主の発生装置をATMにセットし、パスワードを入れる。すると異能力の一覧が画面に表示され、一つ一つの詳細をみたり、差し替えたりすることができるのだ。ちなみに登録できる異能力は、公的機関に申請して取り寄せたカードに記録されたものに限られる。

「まずは真田先輩の異能力から…」

「どう?前より進化してるはずよ」

「確認してよかった。これじゃあんまり変わってませんね」

「はぁあ!?」

「言ったじゃないですか、真田先輩には上級者向けの戦い方をしていただきたいって。ところがいま登録してあるのは、剣とハンマーが一つずつと、遠距離攻撃が二つ、そして防御用の盾が一枚。組み合わせとしては、前と全く同じ」

「威力は軒並みあがってるわ!」

「それじゃ駄目なんです。僕が用意したのに差し替えましょう」

ホルダーからカードを取り出し、幸穂の異能力を勝手に変更する満瑠。

「ちょ、ちょっと!!勝手なことしないでよ!!」

「それはこっちの台詞です。このチームのリーダーは僕なんですから」

「あのねえ…キミぃやっていいことと悪いことがぁ」

食い縛った歯の隙間から声を出す幸穂。

「先輩にはもっとへりくだれって言うんですか?」

「んなこと一言も言ってないわよ!!ぁぁああん!!?」

「まず剣があるからハンマーは要らない、遠距離攻撃は僕が選んだ三つに差し替えて…防御とパワーも僕が選んだこれに全て賭ける。うん、完璧です!」

「どこが完璧なのよ!近距離武装は二種類あるのが基本でしょ?それに、なんか見たこともないのが一つ混ざってるし!」

「それでハンマーと盾の分を補うんです。使ってみればわかりますよ」

「はあ…そこまでオススメされたら断れないか…あーあ、せっかく自分で登録したのに」

「いいじゃないですか、無料なんですし」

「それはそうだけど…」

「真田先輩のはこれでよし。次は小林先輩のを登録しましょう」



登録を終えた五人は、さっそく練習に取りかかった。

今回は試合形式ではなく、新しい異能力を発動して使い心地を確かめ、そして慣れるために使い続けるといった形の、いかにも練習らしい練習。

まずは遠距離攻撃の訓練。体育館地下に位置する射的場で、異能力を起動し的を狙って撃つ。満瑠は終始、百発百中。幸穂は最初こそ不調だったものの、次第にコツを掴んでいき、やがて中心をはずさなくなった。秀明と綱吉はそこそこで、妹子はお世辞にも上手いとはいえない。

次に近距離攻撃の訓練。こちらは的ではなく、人間と同サイズのダミー人形が並べられた部屋で行う。人形に攻撃が当たると箇所・強度などが感知され、データとして一時的に保存されるので、モニタールームで確認できる。満瑠は人形のどの部位にもバランスよく、威力・スピードも十分な攻撃を叩き込んだ。幸穂は一発あたりの威力とスピードに優れる一方で狙う部位にムラがあり、具体的には相手の上半身ばかり切り刻んだ結果に。秀明は狙いこそバランスがよくスピードもあるが、威力に難あり。狙いにムラがないのは綱吉も同じだが、こちらは威力が十分でスピード不足。そして妹子は…ちゃんと全体を狙ってはいるのだが、威力もスピードもまるで足りていない。

そのあとは各自、新しい大技の練習。秀明と妹子は再び射的場に向かった。満瑠・幸穂・綱吉の三人は体育館一階の試合用スペースで機動力や防御力を意識した技を実験。


こうして一時間半を費やし、一度休憩を入れることに。

満瑠が立ったままスポーツドリンクを飲んでいると。


「満瑠くん、これ」

幸穂が差し出してきた掌には、四百五十円が。

「何ですか?これ」

「何って、小銭だけど」

「そうじゃなくて、なぜ僕に?」

「スポーツドリンク代よ。あたしたち三人から、百五十円ずつ」

「一本百二十円のはずですが」

「それはお駄賃だよ、手間かけさせちまったからな」

綱吉が補足。

「受け取れませんよ、僕はキャプテンになる器なので」


「なあ満瑠、俺らはお前がキャプテンになっても構わないし、むしろそのほうがいいと思う。ついてこいと言われればついていくし、格下扱いでも文句は言えない。でも金の話は別だ。部員としての立場だけじゃなく、学年や年齢も関わってくるからな。それにこいつはデリケートな問題だ。お前の意思だけで決めるのはちょっと…」


説得を試みる秀明。


…だが。

「じゃあ、僕の分も妹子にあげてください」

「もうあの子には三百円あげてあるわよ。キミは意地でも受け取れないっていうの?」

「いえ、妹子にあげたほうが喜ぶと思うので」



それからの二週間、満瑠達は睡眠・食事と勉強以外の全ての時間を練習に費やした。

一方、佐藤は足をなるべく使わず戦うための異能力を登録して一式揃え、他の部員達の反対を押しきって練習に参加した。



決戦当日。

団体戦では、それぞれのチームが先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の五人を選抜し、順番に一対一で対決する。それぞれの試合は四分以内に決着がつかない場合引き分けとなり、大将戦を終えてもチーム全体での決着がつかなかった場合のみ、大将どうしの延長戦が行われる。

満瑠チームは、先鋒が秀明で次鋒が妹子、中堅が幸穂、そして副将が綱吉。当然、大将は満瑠である。

佐藤チームは、先鋒から順に鈴木、吉井、倉田、鈴木、そして大将は佐藤。いずれも体力に自信のある男子。鈴木が二人いるが、特に血縁関係などはない赤の他人。吉井と副将のほうの鈴木は二年生で、他は三年生。

「ああ~!!」

顔を合わせたとき、幸穂が倉田の顔を指して叫んだ。

「なんで民主校の倉田がここにいるのよ!!」

“民主校”とは、“民主復活党立高校”の略である。鎖国と異次元に追いやられた民主主義を取り戻そうとする党によって作られた。

「フン、俺は対価を貰ったんだ、期待には答えないとな」

要するに、佐藤に金で雇われたのだ。

「他の高校からエースを引っ張ってきちゃ駄目な約束なんてないだろ?」

薄気味悪い笑みを浮かべる佐藤。

「いいでしょう。あなた達がそこまで本気を出してくれたら、僕らも練習した甲斐がありますからね」

「それより、そっちは女子が二人。戦う前から結果は決まってんじゃねえのか?次鋒ならまだしも、中堅が女子ってのはねえ…」

女性を見下すような発言をする佐藤(異次元バトルがスポーツである以上、一般的に身体能力の男女差が考慮されることはよくある。事実、女子は女子だけの試合にしか出ないか、男女混合戦でも特に重要度の高い先鋒・中堅・大将は避けることが多い。…だが、それにしたって言い方というものがあるし、そもそも佐藤は女性を尊重できるほど真っ当な性格の男ではない。現に幸穂の首から下を、何度も舐め回すように見ている。所詮は性根の腐ったクソ野郎なのだ)。

「満瑠くん。あたし達でこいつら叩き潰して、時代、変えるわよ」

佐藤を睨みつけて目をそらさないまま、幸穂が言った。



先鋒、秀明対鈴木。

鈴木は黄緑色の髪が特徴の小太りで、先鋒としての役割には慣れている(といっても、異次元バトルの団体戦自体、剣道から輸入したルールでしかなく、歴史が浅いので慣れてるもクソもないが)。グイグイ攻めるパワータイプなのだ。


「試合開始!!」

角刈りの顧問が叫ぶと同時に、秀明めがけて突進する鈴木。同時に1のボタンを押す。左腕が棍棒に変形。

秀明は冷静に3のボタンを押すと、バズーカに変形させた左腕から爆風を発射した。

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