第43話 勘当
「はっはっは! 実に不愉快だ」
会場の空気を一変させる高笑いを上げたのは白いスーツを着た男性だった。鶴蔵さんが暴力派のヤクザだとしたら、この人は頭脳派のヤクザという印象を受ける。
「だが、同時に刺激的で愉快だ。こんな感情を抱くのは何年振りか。なあ礼恩」
「お父様……」
あの國司田が委縮している。今まで傍観していたお父様と呼ばれた男が僕を見つめる。城ケ崎さんの手は掴んだ。あとはここから走り去ればいいだけなのに足が動かない。
「僕は
「…………」
インテリヤクザな外見だけあって話し方に威圧感はない。ないはずなのに強者のオーラみたいなものがびしびしと放たれている。さっきまで連絡を取り合っていたスタッフも万さんの言葉を遮ってはいけないと一切口を開かない。
「美鶴さんは礼恩とは結婚したくないんだろう?」
「はい」
迷わずに頷いた。その決心に揺るぎがないことは僕が一番よくわかっている。
「ふぅむ」
口元に手を当てて思考を巡らせる姿がさまになっている。一応敵ということになるはずなのに、その洗練されたスタイルに思わず見惚れてしまう。
「ではこうしよう。城ケ崎社長。娘さんと縁を切ってください。そうすればM&Aの話は継続ということで」
「縁を切る……ですか?」
「はい。こちらも大々的に報じられた結婚が破談になって礼恩のイメージダウンは免れません。この空気で式を続行するのは無理でしょう? ですから、娘さんと縁を切って会社を守るか、あの青年との結婚を認めて会社は自分でどうにかするかの二択です。さあ、ご決断を」
鶴蔵さんの顔が真っ赤になる。青ざめるのではなく怒りと興奮で頭に血が上っているのが遠目からでもわかるくらい赤い。スキンヘッドなのが相まってまるで茹で蛸のようだ。
「お前はもう娘でもなんでもない!! 勘当だ! 今すぐ出ていけ!! 育ててやった恩を仇で返しやがって!!」
「なっ!」
ほぼ即答だった。吐き捨てるように城ケ崎さんに向けられた言葉はあまりにも鮮烈で僕の心にも突き刺さる。
鶴蔵さんは娘と会社を天秤に掛けて迷わず会社を選んだ。
「賢明な判断です。今からM&Aをなかったことにされると我が社にとっても大打撃なので助かりました。礼恩、また素敵な女性を見つければいいさ」
「はい……」
國司田は國司田で一切口ごたえすることなく城ケ崎さんの勘当を受け入れた。愛がないというより、父親の決定に逆らうことを恐れているように見える。
「さあ、みなさん。勇気ある若者の門出を祝福しましょう。二つの大企業を相手に単身で乗り込んだ愛の戦士に盛大な拍手を」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!
万さんの一言で会場中から拍手が沸き上がった。一人一人の表情には戸惑いの色が浮かんでいるけど手だけはしっかりと動いている。
「行くわよ勇気」
「え、はい」
城ケ崎さんに導かれる形で足早に教会をあとにする。扉をくぐったあとも拍手の音が聞こえる。いつまでも鳴り止まない音は祝福というよりも害獣除けの超音波みたいだった。
「城ケ崎さん、その格好で外に出るつもり?」
「当然じゃない。着替えに戻るなんてマヌケするぎわ」
「ですよね」
「もしかして荷物は処分しちゃった? 通販で届くまでは引きこもり生活ね」
「粗大ごみを出すには平日に手続きが必要だからまだ残ってますよ。ただ……ガムテープでぐるぐる巻きにしてるからまずはそれを解かないと」
「なんでそんなことになってるのよ」
「もう城ケ崎さんが僕の部屋に来ることはないと思ったからですよ。國司田と結婚するんだから」
「でも、来てくれたのね」
「最初に言ってたじゃないですか、僕には命を助けた責任があるって。捨て猫を拾ったのと同じ感覚ですよ」
「あら、言ってくれるじゃない。その捨て猫の教育を受けないと京東大に合格できないくせに」
「うっ……たしかに。予備校にも通い続けられるかわからないし」
こっそりと突破した別館の玄関が近付いてきた。あそこをくぐればいよいよ外の世界だ。僕はともかくウエディングドレスを着た城ケ崎さんは異質な存在になる。
とても似合っているし美しいけどこの恰好で電車に乗ったら撮影会が始まるに違いない。
現実が間近に迫っている。漫画みたいな展開の連続に興奮していた心臓が少しずつ冷静さを取り戻して新たな問題に直面していることを伝えてくる。
「実はうちの両親、城ケ崎グループの会社に勤めてて……今回の件にクビになるかもなんです。一応謝罪のメールは下書きを作ってあるんですけど、もう送った方がいいですかね」
「M&Aの話はなくならないみたいだし、パパは……もうパパって呼ばない方がいいのかしら。勘当されたし。えーっと、たぶん勇気のご両親に興味はないはずよ。自分の会社が存続すればそれでいい。私を勘当するにに躊躇がなかったでしょ? 娘を奪ったあの男が許せないなんて考えるタイプじゃないのよ」
希望的観測ではあるもののひとまず両親が職を失う可能性は五分五分くらいなのは朗報だ。だけど城ケ崎さんは家族を失った。あんなにも簡単に捨てられるくらい、鶴蔵さんにとって城ケ崎さんは軽い存在だったのだろうか。
「あっつ」
あんなに爽やかだった朝がウソだったみたいに太陽が照り付けている。Tシャツで着たのは正解だ。
「あ、スマホ」
「え?」
「着替えはいいけどスマホがないのはマズいわね。タクシーも呼べないし支払いもできないわ」
「い、今から急いで取りに行けば誰にも見つからないですよ。さあ、すぐに!」
「イヤよ。私は勘当された身よ? この結婚式の部外者なの」
「それを言ったら僕なんて最初から関係ないですよ。泣きの一回。さすがに着替えと荷物を取りに行くのは許されますって」
「絶対にイヤ。勇気が強引に荷物を取りに行かせるなら……」
握る手の力がグッと強くなる。絶対にどこまでも連れていくという強い意志がひしひしと伝わってくる。
「勇気と一緒に道路に飛び込むから」
「やめてください。恋人でもないのに」
実績がある人の言葉は重い。普通なら最初で最後になる自殺という経験を、僕が助けてしまったがために二度目の機会を与えてしまった。
「そうね。私達は恋人じゃないものね」
「ようやくわかってくれましたか」
國司田との結婚という死ぬほどイヤなことを強引にさせられたことで他人のイヤがることにも敏感になってくれたに違いない。
城ケ崎さんは学んだことを活かしてここまで来た人だ。人間はいくつになっても成長できることをその身を以て証明する家庭教師の鑑である。
「もう夫婦ですものね。籍を入れるのは勇気が京東大を卒業してからだけど」
「……なんでそうなるんですか?」
「あの男の父親も言ってたじゃない。勇気ある二人の門出って。第三者から見ると私達は結婚する流れなのよ」
「いや、僕は城ケ崎さんに対して恋愛感情は……自殺から助けた責任と、境遇に自分と似た部分があって放っておけなかったというか……あっ」
気付けばホテルの敷地から出ていた。通り行く人はみんな城ケ崎さんに視線を奪われている。最初は羨望の眼差しを向けて、数秒経つとその瞳に疑問が宿っていた。
「とりあえず帰りましょう。私達の家に」
「僕の家です」
ボロアパートの一室は僕が一人で住む契約になっている。まあ、ウエディングドレスを着た女性を何日か泊めるくらいなら問題ないはずだ。
大家さんはなんだかんだ良い人だから。
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