第42話 乱入

 バタンッ!!


 思っていたよりも軽い扉は大きな音を立てて勢いよく開いた。巨大な聖母像とパイプオルガン、礼拝堂らしい長椅子がいくつも並んでいてこの建物の中に教会をそのまま運んで来たような構造だ。


「その結婚待った!」


 漫画みたいなセリフをリアルで言ってしまった恥ずかしさと、本来の主役である新婦新婦よりも注目を集めている状況に体温が上がるのを感じる。

 もし別人の結婚式だったらただの不審者だ。早く花嫁の顔を見たいのに、純白のベールに包まれた彼女だけがこちらを見てくれない。


「亀田くんじゃないか。俺達の結婚を祝福しに来てくれたのかな? 予備校の授業をサボって」


 あえて予備校の部分を強調するのがいかにも國司田らしい。皮肉を交えて突然のトラブルにも自分は動じていないと周囲にアピールしているようだ。


「奥さんを守らなくてもいいんですか? もしかしたら僕が凶器を持ってるかもしれないのに」


 本当に城ケ崎さんを愛しているのなら身を挺して守るはず。だけど國司田は堂々と胸を張り僕にマウントを取ることを優先していた。そこを指摘すれば周囲の評価が変わり結婚がなくなるかもと考えた咄嗟のアドリブだ。


「え? 凶器?」「警備は何をしているんだ」「礼恩くんの知り合いみたいだが?」「結婚式にTシャツで来るやつがですか?」「浪人生かしら、恐いわねぇ」


 そう簡単に思い通りに事が進むわけもなく、むしろ凶器の部分が会場の耳に残りより一層僕の不審者感が増してしまった。あまり長居すると警備員が駆け付けてしまう。


「あの時はごめん。期待に応えられなくて。今更こんなことをする方が迷惑だってわかってる。でも、僕には責任があるから。あの日のこと」


 自殺未遂のことは伏せた。あまりセンシティブな情報は会場の意識が別に向いてしまう。さっきの凶器発言でそれがハッキリした。あくまでも城ケ崎さんの意志を尊重する。会場の意見は関係ない。


「僕が助けたからこうなったんだ。城ケ崎さんが言う責任の意味がようやくわかった。だから、僕と……」


「おい! 亀田! 娘の結婚式を邪魔するとは何事だ。住所もすでに特定している。両親がうちの系列に務めていることも忘れたか!」


 スキンヘッドにタキシードというなかなかに厳つい恰好をした鶴蔵さんが声を荒げる。その雰囲気に飲まれたのかざわついていた会場も一気に静まり返った。國司田グループの傘下に入る形とはいえ大企業の社長が発する言葉には迫力がある。


 鶴蔵さんをなだめる人もいなければ、僕を糾弾する声もない。國司田ですら二の句が出ないほど空気が張り詰めていた。


「忘れてません! そもそも京東大の受験だって親の言いなりになってやっていたことです。今では自分の目標になってますけど……でも城ケ崎さんは違う! 親の言いなりになんてなる必要がないくらい自立してる。娘を会社存続の道具にするなんておかしいです!」


「おかしなものか! 私が娘にいくら掛けたと思っている。最高の教育を施し、様々な分野で才能を伸ばした。その能力に見合う男と結婚させるのは親として当然だろう。貴様が礼恩くんに勝る点はあるのか!?」


「僕が城ケ崎さんに結婚を迫られた男です! その一点においては國司田……さんに負けてません。一番大切な部分で僕が勝っています。ですよね?」


 城ケ崎さんにパスを出しても当の本人はこちらを振り向いてくれない。実は國司田と仲良くなってこの結婚に乗り気みたいな展開はやめてくれよ?

 自殺するくらい悩んでいたじゃないか。意図してるかどうかわからないけど、ネットニュースのコメントで助けを求めるくらい追い詰められてたじゃないか!


「ええい! 警備は何をしてる。この男をつまみだせ! いや、警察に付き出せ!」


 鶴蔵さんが叫んでも警備員らしき人が来る気配はない。他のスタッフも連絡を取っている様子はあっても直接僕を捕まえる動きはない。最近体を鍛え始めたくらいで複数人に勝てるとは思っていないし、そもそも國司田が出張ってきたら終わりだ。

 

 対格差も運動経験もあいつに負けている。拳を止められたあの日からものすごく強くなったわけもないので敗北は濃厚だ。


「城ケ崎さん! 一緒に帰ろう。あとは自分で何とかできるんでしょ!?」


 自分で言ってて情けなくなった。ここから逃げて僕が養うでもなく、結局は彼女任せだ。だって仕方ないじゃないか。お金を稼ぐ能力は城ケ崎さんの方が圧倒的に上だし、京東大であの美貌なら無一文になったとしてもタレントやモデルで活躍できる。


 それに対して僕は冴えない浪人生。実家から縁を切られたら何も残らない。


「城ケ崎さんっ!!」


 だけど、親の言いなりに辛さはよくわかる。子供のためを想ってのことだとしてもイヤなものはイヤなんだ。

 それこそ自殺を選ぶくらいに辛いことを強要するなら縁なんて切ってしまえばいい。城ケ崎家の事情に首を突っ込めるくらいのことを僕はした。あの日、僕が手を伸ばさなければ娘は死んでいたんだ。


「まったく、遅いのよ。あの時に助けてくれたらこんな想いしなくて済んだのに」


 純白のヴェールを投げ捨てると美しい黒髪がなびいた。ドレスの白がより黒を引き立てる。どんなに高級なドレスでも城ケ崎さんの存在感には及ばない。

 コルセットで強調された胸にも一瞬視線を奪われたけど、今まで一番の笑顔に心を奪われてしまった。


 ドレスの裾をつまんで駆ける城ケ崎さんに向かって手を伸ばす。線路に飛び込んだあの日とは違う。明確な自分の意志だ。


「勇気!」「城ケ崎さん!」


 力強く。だけど優しく包み込むようにお互いの手が重なり合う。


「ふふっ、あははははは」


 結婚式に乱入して花嫁を連れ去る。漫画みたいな展開に気分が高揚て笑いが止まらなくなった。

 その気持ちは城ケ崎さんも同じみたいで、混乱する会場の空気とは打って変わって僕らだけが歓喜の声を上げている。


 やってしまった。大企業の御曹司と令嬢の結婚式を破壊してしまった。株価とかも影響するのだとしたら、一介の浪人生にしてはものすごいことをしでかしたと思う。悪い意味で伝説になるかもしれない。


 一度きりの人生、生きていればこんなこともある。

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