第40話 決意
結婚式日和だった。七月のわりに気温はそこまで高くなく爽やかな風が吹き抜ける。夏のジョギングはどうするか悩んでいたけどこんな陽気ならぜひ走りたい。最初はイヤイヤだった習慣も今ではすっかり虜になっていた。
雲一つない青空は二人の門出を祝福しているみたいで、本人の気持ちと真逆なのは皮肉だとしてもせめて天気くらいは良くあってほしい。
どこか遠くの豪華な式場で誓いの口付けを交わす二人を、僕は授業を受けながら心のどこかで祝福をする。とても祝福できるような結婚ではないことは重々承知だ。だけど、恨み節を言うのは違う。
せめてちょっとでも幸せを感じる瞬間があってほしい。そう願うことに罪はないはずだ。
「そうだ。アプリ」
どうせなら結婚式を挙げる日に全てを無にしたかった。もう城ケ崎さんの手から離れてしまっていても、僕よりも最後の瞬間まで一緒に過ごしたキーホルダーだ。そいつとの関係を絶つのも一日待ってしまった。
「あれ?」
GPSの信号は京東大近くのホテルから発信されていた。調べると結婚式もできる高級な場所だ。
京東大卒と現役京東大生。そんな二人の式には相応しい場所である。
「めちゃくちゃ遠くに行ったはずなのに。電池切れでバグってるのかな」
この信号はバグに違いない。もし本当にこのホテルなら今からでも間に合う。招待状はないから行ったところで中には入れないし、下手したら通報されるだろけど。
「本当に受験が終わるな。いろんな意味で」
親はクビになり僕は刑務所行き。勉強する時間を取れないし受験料も払えなくて完全終了だ。城ケ崎さんの僕に対する評価も下がって対等な関係を諦めて二度と関わることがないまま一生を終える。
「恩を仇で返すってこのことだ」
嫌いな男との結婚は人生を捨てるようなものだ。それを我慢して今日の式に挑む。おかげで両親は会社をクビにならず、僕はこれからも予備校に通える。そんな城ケ崎さんを裏切るなんて僕にできない。
「でも……」
ニュース記事に隠された『たすけて』が頭をチラつく。自分で変な縦読みを手紙に仕込んだせいで意識しまっているただの偶然なのに、城ケ崎さんの声がホテルの方角から聞こえてくるみたいで心がざわついた。
一番履き慣れているスニーカーを履いて玄関を出る。明日は模試だ。この三か月の成果を全国レベルで測る大事な日。結果が悪ければさらに勉強を頑張るし、良くても油断せず勉強を頑張る。
どんな結果でも模試のあとにすることは同じ。爽やかな空気を思いきり吸い込んで、そして体の中に溜まったモヤモヤを一気に吐き出した。
「よしっ!」
心は決まった。どんな言葉を浴びせられても僕は耐える。
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