第34話 バレてる

「この部屋、國司田にバレてますよ。城ケ崎さんがこの部屋で暮らしている間、ずっと監視してたとかで。だから家出したってなったら真っ先にここに来るかも」


「そう。なら問題ないわね」


「問題だらけだと思いますけど。僕が誘拐犯扱いされたら例え作り話でも真実にさせられますって!」


 ボロアパートの存在が國司田にバレていることで取り乱すかと思いきや城ケ崎さんは落ち着いていた。その綺麗な横顔は取り繕っているのではなく本当に何も問題ないと信じている。


「ここは勇気のホームでしょ? 自宅という意味も含めて」


「それは……まあ」


「高級ホテルの一室や國司田グループの本社で話し合いなったら勇気はどう?」


「ビビって何も言えないと思います」


「つまり、ここで戦えば勇気が圧倒的に有利ということね」


「戦いませんよ! ケンカしても勝てないし裁判でも無理だし、僕は堅実に京東大に受かって、それで……」


 京東大のキャンパスで城ケ崎さんにお礼を言います。危うく口に仕掛けて言葉を飲み込んだ。目標を達成してお礼を言うってなかなかに感動的なシチュエーションだと個人的には思っていて、でも事前にネタバレされていたら感動は薄い。

 ある種のサプライズ的な演出を自分で台無しにしてしまうところだった。


「四月に京東大のキャンパスで私に合格の報告とお礼でもするつもりだった?」


「え!? は……えと、もちろんそりゃ、家庭教師をしてくれたわけですからそれくらいは……ねぇ?」


「そこは悪態の一つでも付いておきなさいよ。事前に知らされてるサプライズで驚くこっちの身にもなってちょうだい」


「驚く宣言されてもなおサプライズをする身にもなってほしいんですが」


「ま、ちゃんと合格しないとその計画も頓挫するわ。まずは受験に集中することね」


「その集中を乱すような問題を持ち込んだ本人が言います?」


「失礼ね。それを補って余りある家庭教師としての教育を施すのに」


 自分にはそれができると信じて疑わない表情は見ているこっちまで自信が湧いてくる。家庭教師が付いてくれるのはありがたい。でも、そう簡単な話ではないのも事実。


 相手は婚約者が居てメディアの注目も集めている。スキャンダルをネタに賠償を求められでもしたらいよいよ人生の終わりだ。

 もしかしたら國司田グループの地下労働施設に送られてしまうかもしれない。


「ほら、早く出発しないと予備校に遅れるわよ。友達と待ち合わせもしてるんでしょう?」


「そうだった! あぁ、でも本当に一人で残して大丈夫ですか? 國司田に無理矢理連れて行かれたりとか」


 時刻は七時半近い。小走りで駅に向かわないといつもの電車には間に合わない。雨上がりで湿度は高いけど気温はまだ低めなのがせめてもの救いだ。久しぶりに走るから明日は筋肉痛かも」


「私がこの部屋に居なかったら警察に通報しておいて。未来の妻が誘拐されましたって」


「余計に話がこじれるでしょう。テレビで結婚報道までされてるのに」


「つまりそういうことよ。あの男は会社のイメージがあるから手荒なマネはできない。外堀を埋めるのに時間は掛かるから、今日明日は何も起きないはずよ」


「言われてみれば、アパートの人達に挨拶周りしてからこの部屋に来てましたね」


「準備に時間が掛かる分、いざ行動を起こした時の影響も大きいんだけど……それを今考えても仕方ないわ。その時が来たら勇気にも協力してもらうから」


「やっぱり僕も巻き込まれるんですね……」


「当然よ。私と結婚するんだから」


「めちゃくちゃ話がこじれそうじゃないですかそれ……」


「こじれないわよ。私は勇気と結婚する。会社は倒産するかもしれないけど、それはパパが自分で何とかする。ね? シンプルでしょ?」


「言葉にすると簡単ですけど実際はめちゃくちゃ大変なことになるじゃないですか!」


「今は細かいことは気にしない。さ、いってらっしゃい。あ! 食材を買いにスーパーに行くけど鍵は閉めなくて平気よね? どうせ空き巣なんて入らないわ」


「一応閉めてください! 通帳とか置いてあるので。今日だけ鍵を預けておきます。だから、留守を頼みます。鍵を開けたままどこかに行かないでくださいよ?」


「いつもオートロックだから忘れるかもしれないわね」


「京東大に現役合格できる頭脳があるんだから出掛ける時に鍵を閉めるってことくらい覚えておいてくださいよ」


「あら、言うようになったじゃない。それでこそ私と対等な男よ」


「褒めても僕は城ケ崎さんと結婚しませんからね。全然対等でもないですし」


「対等っていうのは学力や財力だけじゃないってことよ。ほらほら、遅刻するわよ」


「ヤバッ! えと、鍵です。本当にちゃんと部屋に居てくださいね。買い物中に連れ去れるのとか本当に止めてくださいよ!」


「そうね。鍵を閉めたままどこかに行ったら、勇気はずっと部屋に入れないものね」


「最悪大家さんに頼めば何とかなりますけど、絶対変な誤解をされるので避けたいです」


「っていう照れ隠しね。私にはバレてるから。安心して予備校に行ってきなさい」


「いや、本気で心配してるんですけど……」


 鍵ではなくて城ケ崎さんの身を。

 万が一、鍵を落とした時に備えてGPS付きのキーホルダーを付けてある。もし外で誘拐されたらその信号を利用して探し出せる。

 もちろん、相手がキーホルダーの存在に気が付かなければの話だけど。


 僕だって城ケ崎さんの力になりたい。できる範囲はすごく限られているとしても、その中でやれることをしたい。なお、結婚は含まれていないのであしからず。

 城ケ崎さんにはもっと相応しい男が居るはずだって! 僕には荷が重すぎるよ……。

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