第31話 結婚祝い
「今日の授業はいつもより長く感じた……」
まだ夕食もシャワーも済ませていないのにこのままベッドにダイブしたいくらい心も体も疲れていた。
國司田みたいな人間と早朝からバトルするもんじゃない。城ケ崎さんも何でもできる側の人間だけど、國司田と話しても劣等感に押し潰されそうになるだけで目標にしたいとは思えない。
男女の違いを除けばスペック的にはほぼ同じなのにこうも印象が違うのは他人を見下しているかなんだろう。
城ケ崎さんは努力すれば自分と同じレベルに到達できると考えている。その考えが周りに理解されなくてお高く止まっているように見えるだけで、あくまでも本人の努力の賜物だ。
國司田も同じように努力はしてるんだろうけど、自分を特別な人間だと思い込んで僕みたいな人間を見下している。インタビューでは外面が良いだけに実際に会った時の印象は最悪だ。
「結婚生活、大変そうだ」
僕だったら國司田と結婚なんて絶対にイヤだ。さすがに自殺するほどじゃないけど城ケ崎さんの気持ちはわかる。
この結婚がお父さんの会社を救うことになるみたいなことを言っていたから簡単に離婚はできないだろうし、この決断を下すのにはものすごい覚悟が必要だったに違いない。
「一応……めでたいことなんだよな」
城ケ崎さんが一人で会社の立て直しを背負わなくても良くなった。せの責任の一端を僕も担がれそうになっていたのは恐ろしい。順風満帆な会社を引き継ぐならまだしも、倒れかけている会社の経営なんてド素人には絶対無理だ。とどめを刺して終わる未来しか見えない。
会社が持ち直して、國司田の力を借りなくても平気になったらすぐに離婚を切り出すかもしれない。あの城ケ崎さんならそのチャンスを虎視眈々と狙っていそうだし、すでに動き出していても不思議ではない。
「お祝いの手紙くらいなら届くかも」
國司田からは『会うな』と言われただけで他の連絡手段を使うなとは一言も言われていない。まるで小学生みたいな理論だし、会うなには連絡するなの意も含まれていると考えるのが普通だ。
だけど残念なら僕みたいな庶民には御曹司の言葉に隠された意味を理解できない。京東大卒と浪人生の頭脳レベルの差をもう少し考慮しておいた方が良かったんじゃないですかね!
「城ケ崎グループの本社にでも手紙を出してみよう。届くかどうかは関係ない。お祝いを贈って、それでこの件は完全におしまいにする」
京東大のキャンパスで再会したら伝えるのは、短期間でも家庭教師としていろいろなことを教えてくれたことに対する感謝だ。今はそれを目標に勉強を頑張っている。
いわばこの結婚はイレギュラーなもので、受験勉強の集中を乱すトラブルみたいなだものだ。自己満足でも一通の手紙でこのトラブルを解決できるのなら安いものだし、もしかしたら城ケ崎さんから愚痴で埋め尽くされた返事が来るかもしれない。
令和の時代に文通なんて古風だけど、スマホの通信記録を調べても出てこないやり取りというのは國司田の裏をかいているみたいで高揚する。
「共通の敵が居ると仲良くなるって本当なんだな」
昔テレビで見たことがある。好きなものを共有するよりも、嫌いなものを共有する方が人間は仲良くなれるそうだ。
「さて、書き方をちゃんと調べないと」
マナーに厳しい城ケ崎さんだ。きちんと書かないと添削されて戻ってくるかもしれない。だけどあまり時間も掛けられない。勉強そっちのけで手紙を書いてもそれはそれで赤ペン対象だ。
「こっちはこっちで面倒くさいのに、憎めないんだよな」
書類を送るのに使うかもと実家から切手や封筒を持ってきておいてよかった。これは願書とか入学手続きを郵送する時に向けた練習だから、家庭教師的にアリだろう?
内容についてはマナー的にはナシなものになってしまった。一見すると結婚祝いで、よく見ると本当に伝えたことは別にある。いわゆる縦読みを仕込んだから不自然な文面だ。
マリッジブルーになっていませんか?
けんかをしても、二人ならきっと乗り越え
ると信じています。
なにがあっても城ケ崎さんは強い!
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