第28話 身分の差
予備校で友達作りなんて不真面目だと思っていたけど想像以上に心は軽くなっていた。同じ一浪だから年の差で気を遣うことはないし、お互いの高校時代も自分から話さない限りは知られることもない。
もし城ケ崎さんの自殺を止めていなければ今日までずっと誰とも喋らずに生活してたわけだからもっと陰湿な人間になっていたと思う。
それ以前に目の前で人間が電車にひかれるのを目撃したら一生モノのトラウマだ。勉強どころの話ではない。
人生の転機とも言える出会いとなった家庭教師の結婚相手はどうしても気になってしまう。本当は心境の変化とかも聞きたいところだけど、それは未来のお楽しみだ。
今日で終わりにする。今日だけはネットで相手のことをいろいろ調べて、城ケ崎さんの結婚を気にするのはもうやめる。
「うへぇ……」
思わず変なため息が漏れるくらい城ケ崎さんの結婚相手はすごいスペックだった。話に聞いていた通り京東大を卒業して、親のコネという下馬評を覆す活躍ぶりであっという間に社長にまで上り詰めていた。
國司田(くにしだ)礼恩(れおん)。恵まれた体格で学生時代はいろいろなスポーツで好成績を収めていた。個人競技では水泳やスキー、団体競技では野球やサッカーと水陸両用と言った感じだ。
勉強の方は京東大卒が全てを物語っている。高学歴はこれだけで相手をねじ伏せられるから便利だ。並の難関大ではなく日本一だと誰もが知っている。京東大卒の四字熟語は日本で最も強力な一言の一つだと思う。
「顔も……イケメンだよな」
ツーブロックのやつは学生時代にたくさんヤリ捨てしてるイメージなのにこの御曹司からはそれが一切ない。むしろ爽やかで誠実そうに見える。勉強にスポーツに精を出していたら女の子とデートする暇なんてないかと思いきや、本人のインタビューを発見して僕の心は地の下に叩きつけられた。
『学生時代は正直モテてました。相手はボクのことを知ってくれていてもボクは彼女のことを知らない。だから一人一人をちゃんと向き合うために、好意を寄せてくれている子みんなに許可を取った上で何回かデートするんです。ボクはみんなのことを知れるし、彼女達はボクにアピールできる。抜け駆けはない、正々堂々としたレースですね』
「良い風に表現してるけどヤリ捨てじゃねーか!」
スマホを持った手が震えているのは怒りではなく悔しさの表れだ。二十代の処女率は二割くらいなのに対し童貞率が四割と差があるのはこういう男のせい! 男女平等を社会が謳うなら一対一の対等な関係であるべき!
城ケ崎さんがこの男と結婚したくない理由がなんとなくわかった。でも、死ぬほどではないと思う。
もちろんその尺度は人によって違うけど、ヤリチンであることを差し引いてもハイスペックなのは間違いない。
僕みたいな将来性が見えない浪人生よりかはよっぽど豊かな暮らしができるはずだ。もっともお金に関しては城ケ崎さんが自分で稼げるからあまり必要ないのかもしれないけど。
「別に城ケ崎さんも処女ってわけじゃないみたいだしな~」
お互いに初恋の相手と結婚して、初めてを旦那様に捧げたい。みたいな夢見る純情乙女ではなかった。
学生時代に何人かと付き合って、エッチして、その中で選び抜かれた人同士が結婚する。結婚まで貞操を守る時代ではない。
そんなヤリチンが城ケ崎さんを選んだ理由でインタビューは締めくくられていた。
『美鶴さんは向上心があって、一緒に居るとお互いにさらに上を目指せそうな気がしたんです。夫婦は対等であるべきで、同じレベルの人間同士がくっ付くのは自然かなって。今までデートしてきた女性のみなさんももちろん素敵でしたけどね』
さらりと自分達が他の人間よりもスペックが高いことを自慢しつつ、他者への配慮も忘れない。相手が城ケ崎さんなら女性陣も諦めがつくってことだろう。
「はは、コメントも僕と同じ意見だ」
男性からはやっかみとも取れる怒りのコメント、女性からは羨ましいというコメントが寄せられていた。ネットだから本当の性別はわからないけど、綺麗な意見の割れっぷりから男女の違いが表れていた。
城ケ崎さんはものすごい努力をしてこのレベルに到達したんだ。羨望の眼差しを向けるだけではとても成しえないということをコメントの女性陣に伝えたかった。
それは男性陣にも言えることで、きっと僕らが知らないところで努力をして大企業の社長にまで上り詰めた。ヤリチンじゃなければ素直に褒められたのに、これは男の悲しい性(さが)だ。
「よくもまあ他人の結婚でここまで盛り上がれるもんだ」
他人のことを差し置いてそんな言葉が漏れるくらいニュースのコメント蘭には多くの意見が集まっていた。僕だって当事者と言えるほど城ケ崎さんとの関係が深いわけではないし、この御曹司の方とは何の接点もない。
でも、少なくともネットで好き勝手に発言する人よりかは城ケ崎美鶴という女性のことを知っている。
勉強もスポーツも料理もできて、金銭面でも自立している京東大生。その裏ではちゃんと努力をして、その成果を遺憾なく発揮しているだけ。
言葉にすると簡単だけど、それはすごく難しいことを僕は知っている。短い間だけど生活を共にして学んだことだ。
『どうせ親のコネだろ。どっちの会社も倒産して泡落ちしたら通ってやるよwww』
ゲスなコメントが許せなくて反応しそうになる。でも、僕が城ケ崎さんと一緒に暮らして家庭教師をしてもらっていたなんて世間にバレたら大変だ。婚約者がいるのに他の男と寝泊りしていたなんて破談してもおかしくない。
ちょっとはエッチな目で見てしまったけど、実際には何もない。これが事実であっても証拠はないし、世間はいつまでも疑い続ける。
僕がここで我慢することが、城ケ崎さんを守ることになる。家庭教師の汚名を晴らしたい。だけど何もできない。もし僕にネットのコメントを否定して、名誉棄損で訴えられるくらいの力があれば……。
「身分の差……だよな」
僕は國司田(くにしだ)礼恩(れおん)には勝てない。それに、城ケ崎さんはこんなコメントなんて気にしない。僕が何か行動を起こすまでもないんだ。
京東大のキャンパスでお礼を言ったら、もう関わるのはよそう。身分の差がありすぎる。
気付けば今日の復習をする時間がないくらい夜が深くなっていた。國司田(くにしだ)礼恩(れおん)のことも、城ケ崎さんのことも調べるのはこれで最後だ。
シャワーの温度をいつもより上げた。
一人暮らしに戻って、もう慣れたはずなのにぬくもりが恋しくなった。体を重ねたことはないのに、こんなにも寂しいと感じたのは今夜が初めてだ。両親と離れて暮らし始めた時でも感情はほとんど動かなかったのに……。
「勉強、頑張ろう」
部屋の契約問題で僕を困らせないために城ケ崎さんは決断してくれた。京東大に入ることが彼女への恩返しになるはずだから。
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