第21話 二度寝
人間の体は不思議なもので習慣化された起床時間には勝手に目が覚めてしまう。寝心地が悪くて疲労が体に残っていても、そろそろ走る時間だぞと脳が体に指令を送っていた。
「すげーな」
ベッドの中はもぬけの殻だった。いきなり家を出てホテル暮らしに切り替えたというわけではなそうと判断できたのは、いつも持ち歩いているハンドバッグとかが残されているから。
あれだけ言い争いをして気まずい雰囲気の夜を過ごしても日課のジョギングは欠かさない。さすがに僕を叩き起こして一緒に走る図太さは持ち合わせていないようだけど、いつもより早い時間に出発して僕と顔を合わせないようにする意識の高さはお見事だ。
「これだけメンタルが強いなら父親とちゃんと話せばいいのに」
お金があるならホテルに泊まればいいとは言ったけど、本当のところは親ときちんと話して政略結婚の件を解決してほしかった。自殺するくらい思い詰めてるんだからそのまま結婚させるのもどうかと思う。
「走りに行くと家に入れないんだよな」
さすがに戸締りせずにジョギングするわけにもいかないので今日のところは休ませてもらおう。城ケ崎さんを住まわせる責任はないけど、あともう少しの間くらいは泊まらせるくらいの度量はある。
「……二度寝するか」
ベッドでもうひと眠りすると彼女の温もりを求めているみたいな恰好になるのでタオルケットにくるまって目をつむった。
徐々に差し込んでくる朝陽が室温をじわじわと上げていく。まだ五月なのにこんなに暑いと夏本番はどこまで高音になってしまうんだろう。高校が夏休みに入ると現役生が予備校に押し寄せる。
一歳しか違わないのに現役生というだけでどこか輝いて見える彼らと同じ空間に居るのはいたたまれないけど、電気代を節約する意味でも自習室を利用したい。
本来は気持ち良いはずの二度寝がこんなにも重く苦しいのは初めての経験だった。
意識が消え入りそうで半分残っているような状態がしばらく続いて、ガチャリとドアが開く音が耳に入る。
何も言わずにトントントンといつもの調子で包丁を使い、味噌の良い香りが鼻腔をくすぐった。さっきまで感じていたどんよりとした重い雰囲気が優しい朝の空気に変わっていく。
「おはようございます。早いですね」
「ええ」
ジョギングに行かなったことを注意されるでもなく、短い言葉のやり取りだけで終わってしまった。狭い部屋は再び気まずい雰囲気に満たされていく。
せっかくの美味しい朝食が味気なく感じたのは、この二週間で初めてのことだった。
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