第19話 変わり始めた

 城ケ崎さんが家庭教師としてこの部屋に転がり込んで早くも二週間が経過した。僕らの関係に進展はなく、平日はお互いに予備校、大学へ。土曜日は僕だけが外出して、城ケ崎さんは留守番している。


 勉強と体力作りと、シャワータイムでの賢者への転職。毎日本気で取り組むと夜にはくたくたになり、だけど食事が充実しているおかげで眠ればスッキリ回復できる。


 浪人生としては理想的な時間の経過だと思う。家での勉強も城ケ崎さんが教えてくれるおかげで効率が上がっているし、理解が深まっていた。


「こんなに上の方に名前が載るのは初めてだ」


 城ケ崎さんの存在による効果は気のせいではなく成績として表れていた。週明けに行われる先週の復習を兼ねたテストで好成績を収めることができた。受験というのは自分との戦いであると同時に周りの受験生との戦いでもあるという方針から成績は貼り出される。


 知り合いが一人も居ない僕はいつも上位に名を連ねる人物が誰なのかわからない。この二か月で何度か見るうちに自然と記憶するようになっていた。


「お礼は言わなきゃな」


 いつも順位表の下から自分の名前を探した方が早かった僕は、今回は上位陣の名前を見たあとすぐに発見できた。自分一人の力ではこんなに急激な成績の向上はなかったので、これに関しては素直に感謝しなかればならない。


「あぁ、気が重い」


 成績が伸びただけでは解決できない問題はたくさんある。家庭教師に感謝すると同時に、どうしても伝えなければいけないことを考えると胃がキュッと締め付けられる。


 一週間で終わると思っていた家庭教師が生活が何事もなく二週間続いていて、それはこの先も、入試本番まで続いていきそうな雰囲気が漂う。成績のことだけを考えれば喜ばしい。だけど、この生活には常に不安が付きまとう。


 今のところは恋人が泊まりに来ているだけと大家さんは信じてくれているけど、頻繁に顔を合わせたり毎日声が聞こえていたら同棲を疑われてしまう。契約変更が生じたら親にも知られて、城ケ崎さんの家族とも連絡を取らざるを得なくなる。


「娘のことが心配じゃないのかよ」


 結婚相手まで決めるような父親なのに捜索願いも出していない。その証拠に女子大生が行方不明になっているニュースを一度も見ていない。住んでいたマンションを解約しただけで大学には通っているから正確には行方不明ではないんだけど、家を失っている状態で放置するなんてあり得るのか?


 その結婚が会社を立て直す政略結婚的なものなら尚更娘の所在が気になるはずなのに、警察や探偵がうちの周りを調べている様子は微塵もない。


「他人の家庭の問題に首を突っ込みたくはないけど、モヤモヤしたままなのも受験に影響があるよな」


 受験を盾に城ケ崎さんに家族との話し合いをさせる。勉強を教えてもらった恩を仇で返してるみたいでちょっと申し訳ない気持ちもある。


 いや、命を救った恩返しに勉強を教えてもらってるのか。恩返しの恩返し? その辺をちゃんと考えるとちょっとややこしい。


 城ケ崎さんの勢いに押されていつもはぐらかされてしまうけど、今日こそはちゃんと話をしよう。一歩くらいはハイスペックなお嬢様と対等な立場に近付けたはず。僕だって成長しているところを見せつけてやろう。

 

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