第2章 ニセモノですが、本日はお日柄もよく

2-1話目


 んなバカな話は、あるか! と思わず心の中で突っ込みを入れた私を許して欲しい。

 某姫さまの顔を誰も見たことがない?

 身の回りの世話をする侍女や、離宮にいる衛士はどうした?

 ラベリ国が何処にあるのかは知らないが、ここまでどうやって来たというのか? 

 それに、私が彼女と入れ替わる?

 疑問を口にしなくとも読みやすい私の平たい顔に、はっきりと書いてあったのだろう。

 

「妃となる予定だったラベリ王国のリィネ姫というのはね。生まれた時から類稀なる魔力を有し、物心がつくまで力を上手く制御できなかったこともあり、神殿の奥深くで大切に育てられていたそうだよ。此度、フィスエラルド王国との同盟を強化することにあたって、わざわざ神殿から還俗させられることになった高魔力を持つ美しく気高い乙女というのだけれど……」

「え……? 違う、言うです?」

「そうなんだよ。離宮へと挨拶に足を運んだとき、ヴェール越しに会ったリィネ姫からは少しの魔力も感じられなかった。常に傍にいる魔術師が姫の力を押さえ込んでいるからだと言われたが、そのようなことは有り得ない。そこからさらに調べて分かったことは、これまで存在が秘匿されていた本当の理由とやらだね。なんでも神殿に隠されていたのは、高魔力ゆえではなく、現王と巫女との間に生まれた忌姫だったから、ということらしい。清廉でなければいけない巫女が、王に無理やり犯されて出来た子供がリィネ姫であると……だが実際のところ、この話も深く調べさせてみたら真実とは違うのだから驚いたよ」


 私の所有する【影】は、非常に優秀でね? とアル兄さまは、実に満足げに目を細めて見せた。


「神殿に居たのまでは本当だけれど、リィネ姫とやらは、どうも孤児らしくてね? 現王の落とし胤どころか王族の血など少しも入っていないのだよ。しかも、その娘のことを探れば探るほど不可解なことが多いというのだから。ただ、どうやら我が国フィスエラルドへ輿入れの白羽の矢が立ったのは、その娘が黒髪だったからのようだね」

「…………?! 黒髪です?」


 私が驚きに目を見張ったのも、無理はないと思う。あの頃、この世界へ初めてきたとき、私の黒髪はとても珍しいものだとして人々の話題を、さんざんに攫ったのだ。それこそ、可愛い妖精さん、などという恥ずかしい二つ名まで頂戴するほどに。

 私以外の黒髪の人、もしかしたら私と同じような人も、この世界のどこかに居るはずと、母上さまや父上さまに頼んで探して貰ったが、その結果は捗々しいものではなかった。

 それもあって、三年と言う月日をこの世界で過ごした私は、黒髪の希少性を嫌というほど知ることになったのである。


「そう、王族と偽ってでも、出自が怪しくても、わざわざ黒髪の乙女が選ばれた理由。実はそれには訳があってね? イチカ、いま君が考えていることはそう遠くないのではないかな?」

「……私? いなくなった、探したから?」


 アル兄さまとエドを見れば、二人ともが深く頷いていた。

 探していた、とエドも先ほど言っていたが、それは私が考えていたよりももっと大掛かりなものだったのだ。


「イチカ居なくなったとき、まず最初にオレたちは、イチカが、迷子になっているのかと思ったんだ」

「私たちが暮らしていた宮殿もそうだけれど、それを含めて王城内はとても広いよね?」


 確かにその通りだ。

 王城内には幾つもの宮殿があり、沢山の騎士舎や魔術塔、教会など人のいる建物だけでも沢山ある。その他にも厩舎や武器庫、演習場など、数えあげればきりがない。城内を馬や馬車で移動するのを当然とする広さだ。


「イチカは、良く迷子になっていただろ? そもそも、侍女を撒くイチカが悪いんだからな? 王城内は秘密の抜け道も多いし、好奇心から偶然、その道に紛れ込んででもしたら迷った挙句、地下水路で溺れて噴水や川で浮いて発見されることだって考えられたんだ。そのためイチカの捜索は大勢の人を使った。来る日も来る日も、な。それでも見つからないと知ったとき、次にイチカは誰かに攫われたんじゃないかと思ったんだ」

「小さな子供を攫うのは簡単だからね? 気絶させて箱の中に押し込んで仕舞えば良いのだから、協力者がいれば大した手間ではないのだよ」


 なんてことだろう。

 私ひとりが消えるくらい、大したことはないのだと思っていた。元から私はこの世界の人間ではないし、界を渡るなど個人がどうにか出来るものではなく全くの不可抗力だったこともあって、突然現れたあの子、また居なくなってしまったな、不思議だったなあ、くらいにしか思われていないのだと考えていたのだ。

 面倒をみていた娘が、突然に行方不明になったとき、相手がどう思い考えるか。

 幼かったとはいえ、考えが足りなすぎる。

 さらには、再びこの世界へとやって来た私のここまでを振り返ると、沢山の人を煩わせてしまったことも知らずに、再会を喜んでいたのだから。あまりの申し訳なさに、身の縮む思いだ。しかも、それを今になって知るとは。


「……ごめんなさい。ごめんなさい、でした。迷惑、いっぱい。ごめんなさい。それと……たくさん、ありがとうです」


 少しずつ俯いていった顔は、完全に下を向き、再び上げることなど出来そうない。冷たくなった指先を、ぎゅっと固く握りしめた膝の上の両手を、見つめたまま頭を下げた。


「イチカ」


 アル兄さまの優しげな声が聞こえる。


「なあ、イチカ」


 エドの大きくて熱い手が、私の両手の上に置かれた。

「ごめんなさい」と、身体を縮こめた私をエドのもう一方の腕が、まるで大事なものを抱えるようにして、そうっと包み込んだ。


「分かってる。いまのオレたちは、良く分かってる。イチカが消えたのは、イチカの所為じゃないってことは、な? だけど、もし迷子だったり誰かに攫われていたら? 目の前でイチカが消えてしまったのでない限りは、探すしかないだろ?」

「イチカが、申し訳なく思うことなんてないのだよ。私たちがしたくてしたのだから。それに……」


 にやり、とらしくなくアル兄さまが笑ったような気配がした。


「たとえこれが王族の我儘だったとしても、まだ良い方なのじゃないかな?」


 冗談だけれどね、とちっとも冗談とは思っていなそうな声で続ける。


「だが、まあそのような訳で、私たちが黒髪の少女を探していることは、広く知れ渡ることになったというわけだね」

「オレも兄上も、もちろんイェーオリもだけど、諦めが悪いからな。イチカが何処かで泣いてるんじゃないかって思ったら、探すのはやめられなかった。といっても、何年かする頃には捜索に充てる人数は少なくなったし、十年経つ頃にはもう黒髪の少女を見掛けたら王城へ連絡を入れさせるくらいだったんだけどな。まあ、その所為で色々あったんだ」

「……いろいろ、です?」


 何度も迷子となって、やらかしていたのは私だ。きっかけは私であって、もちろん私が悪いのだが、何年も、とは。ここまで来るともう何を言ったら良いのか分からない。頭の上に乗せられたエドの顎が、地味に重くなって来た。


「そうだね。まずは短絡的な者たちによって、黒っぽい髪の見目の良い少女が宮殿に連れて来られるようになった。どうぞ居なくなったイチカの代わりに可愛がってくださいってことかな」

「お気に召したらそのまま寵を与えて、私にも恩恵をくださいってやつだ。奴らは、自らが愚か者ですと名乗り出たことも分かってなかった」

「イチカの代わりなんて、何処にもいないのにねえ?」

「それから何年かは静かなものだった。五年を過ぎる頃になると、今度は地方でイチカを見つけたと言って来るから呼び寄せれば、まあ別人だ。だが向こうも言うんだ。成長なさったのですよ、身体つきも変われば髪の色だって薄くもなります、とな。良く見てください、面影は残っているでしょうと」

「まあ、言っては何だけれどね? お懐かしゅうございますと会って直ぐに、色仕掛けをするイチカなぞ居るわけないのだけれど、そうは言っても、彼らはイチカを知らないのだから仕方がないよねえ。試しに、イチカの腰には黒子があったと呟いてみれば、ぜひ閨でお確かめくださいとか、怒りを通り越して笑えるよね」


 全く笑えない。

 私の腰に黒子はあるのだろうか? 

 アル兄さまは、いつそれを見たというのだろう?

 いや、その前に十二歳から十四歳の子供が色仕掛け? そもそも十六歳が適齢期のこちらで、発育のよろしい身体つきの少女ならば十二歳でも有り得ない話ではないのか? アル兄さまのことだから美味しく頂きました、なんてことはないと信じているけれど、と思わず要らぬ心配をしてしまった。

 エドにもアル兄さまにも内緒である。

 気づかれていそうではあるが。


「そのようなことばかり繰り返しているものだから、エドヴァルドや私の好みは黒髪の少女だという話が周辺国にまで広がってね」

「バカばかしいことに、オレのところに釣り書きと一緒に送られてくる姿絵は、どれも髪色が濃いんだぞ」


 多分、イェーオリのところもそうだろうな、と呟いたエドの言葉に、私も乾いた笑いしか出ないのは、もう仕方がないと思う。


「そこで黒髪の乙女であるラベリ王国のリィネ姫が、満を持しての登場となるわけだよ。通常どおり、婚儀よりふた月前にリィネ姫は我が国入りを果たした。この国の妃となるための作法を学び、私との交流を図るために離宮を整え室を与えた。ここまでは、何も変わったことはないのだよ。道中もひと月半掛けて馬車を使って来たのだけれど、姫君が侍女くらいにしか姿を見せないことは不思議でも何でもないからね」

「黒髪の乙女が選ばれたのだから、直前に姿を消すことを予定していたわけではなく、オレは婚姻するつもりがあったのだと思えるんだが……」

「まあ、はっきりとは決まってなかったのだと思うよ。同盟を維持したい者と、そうではない者の派閥もあるだろうし。我が国フィスエラルドを使うことを考えていたとしても、グディイアム帝国と手を結ぶ者、ラベリ王国の独立を守りたい者とではフィスエラルドの利用の仕方が違ってくるのは当然だからね。様々な思惑が入り乱れていたのは違いない」


 ただね、とアル兄さまは静かに続けた。


「リィネ姫が何を思ってしたことなのか、どのような考えがあって姿を消したのか。自らのことなのか脅されていたのかは、分からない。ただ、ね? こちらとしては隠蔽を容易く出来る素地が揃っていたことは、大変に有り難いと言える。誰がしたことなのか、発見を遅らせるた為なのかは知らない。離宮にいた使用人でリィネ姫の近くにあって、顔を知る者たちは皆、殺されていたのだからね」


 ねえ、イチカ。良かったの? 簡単に返事をしてしまって。

 今度こそ、しっかりと顔を上げた私に、アル兄さまの形の唇が綺麗な弧を描いた。


「本当に、分かっている? まずは婚儀までの二日間、その離宮でイチカにはリィネ姫となって過ごして貰わなくてはならないのだよ?」





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