十三話

「さあ、着いた。ここが俺達の隠れ家だ」


 連れてこられたのは、貧民街にほど近い、小さな家が立ち並ぶ一画だった。その中の一軒の木造の家にミコラスは招き入れられた。部屋には最低限の家具しか置かれておらず、壁や床の板材はところどころささくれ立っていて、あまり生活感の見えない地味な家だった。


「じゃあ俺は向こうの家に行くから、後は頼んだ」


「ああ。尾行にはくれぐれも気を付けろよ」


 着いて早々、もう一人の男性はそう言うと、そそくさと外へ出ていってしまった。


「……他にも、家があるんですか?」


「隠れ家はここだけじゃなく、いくつもあるんだ」


「ここに、住んでるんですか?」


 怪訝な顔で部屋を見渡すミコラスに、男性は笑みを見せた。


「俺に決まった住みかはないけど――」


 言いながら、男性は部屋の奥の小部屋に入る。


「一応、ここが住んでる部屋だ」


 小部屋の中をミコラスはのぞいた。かなり狭い。大きな棚が置かれているせいで、人は入れても二人が限度だろう。部屋と言うよりは物置のような場所だった。こんなところで一体どうやって住むのかと思っていると、男性はおもむろに棚に手を伸ばした。するとその奥に収納されていた取っ手を引き出し、そのまま横へ押し始めた。下に車輪でも付いているのか、大きな棚はゴトゴトと音を立てながら、壁に沿って移動する。そして現れたのは、人一人が通れるほどの、狭く細い地下へと続く階段だった。


「隠し部屋……!」


「隠れ家だって言っただろ?」


 にこりと笑い、男性はミコラスに行くよう促す。薄暗い階段を慎重に一歩ずつ進むと、背後で男性は棚の扉をガタンと閉めた。外の光がさえぎられ、足下は一気に暗くなる。


「踏み外さないよう、気を付けてくれ」


 左右の壁に手を添えながら少しずつ進むと、目の前に明かりが見えてきた。ミコラスはその眩しさに目を細める。


「ここが俺達の、本当の隠れ家だ」


 階段を下りた先には、多くのランプがともる広い部屋があった。そこには何人もの男女が各々自由に過ごしている様子がある。机で作業をしている者、書き物をしている者、ベッドで休んでいる者など様々だ。だが眺めていると、その全員が十代から二十代の若者と気付く。そして顔や腕、足に傷を負っている者が多い。


「……皆、もしかして僕と同じ……」


 ミコラスが聞くと、男性はうなずいた。


「元奴隷だ。買われた先で酷使され、虐待を受け、命からがら逃げてきた人達だ。行き場がないという人をここでかくまってる」


 自分と同じ境遇の人間がこんなにもいることに、ミコラスは驚いていた。都では奴隷という存在が当たり前なのかもしれない。だとしたら、そんなひどいことはなかった。人間が人間を所有物にするなど、絶対に許されることではない。誰もが一人の人間として扱われるべきなのだ。こんなことを許している都は、やはりどこかいびつだ――ミコラスはそう強く思えた。


「何か食べるか? えーっと……そう言えば名前、聞いてなかったな」


「ミコラスです」


「俺はアーロンだ」


 差し出された手と、ミコラスは握手を交わす。


「種類はそんなにないけど、蓄えはあるから、腹が減ってるなら何か出そうか?」


 屋敷から逃げ出してから、ミコラスは何も口にしていなかった。だが奴隷生活で空腹に慣れていたミコラスは、言われて自分が腹を空かしているのに気付いた。


「それじゃあ、少しだけ……」


「遠慮するな。たくさん食べればいい。そっちの机で待っててくれ」


 部屋の右隅にある机を示し、アーロンは食べ物を取りにどこかへ向かう。ミコラスは机に着いてそれを待つ。と、すぐ傍らに本棚があり、そこに並ぶ本に目を留めた。偉人の伝記、生物事典の間に挟まれて、薬学書と書かれた本が置いてあった。風使いの一族に生まれながら、風を操れないミコラスは、かつて薬師になるために勉強していたが、中断を余儀なくされたこの五年で、憶えた内容を忘れかけていた。また勉強すれば、薬師を目指せるだろうか――どこか懐かしい思いで薬学書に手を伸ばそうとした時だった。


「こんなものでいいかな」


 アーロンが皿とコップを手にやってきて、ミコラスは伸ばした手を戻した。


「まだあるから、好きなだけ食べてくれ」


 置かれた皿には、ふかした芋や豆が山盛りにあって、その脇にソースとパンが添えられていた。


「料理好きな人がいてね。塩茹でだけじゃ飽きるからって、そのソースを作ったんだ。付けて食べてみてくれ」


 言われた通り、ミコラスはフォークで刺した芋を黄緑色のソースに付けて食べてみた。何か香辛料が入っているのか、少しピリッとした味だが、後から香草の香りとバターの味がじわじわと口に広がっていく。


「どうだ?」


「はい……こんなの、初めて食べました。すごく美味しい」


「そりゃよかった」


 向かいに座るアーロンは机に腕を置き、嬉しそうに笑う。が、すぐにその笑みを消して言った。


「食べながらで構わないから、まずは俺達のことを知ってほしい」


 真剣な表情に、ミコラスはフォークを握る手を止めると、コップの水で芋を飲み込んでからアーロンを見つめた。


「教えて、ください……あなた達は何者なんですか?」


「俺達は、この都の現状を変えるために抵抗運動をしてる、いわゆる地下組織だ。今の王政に怒ってる人間が集まって、いろいろな手段で訴えてる。街角での演説だったり、ビラ配り、金持ち達の不正の暴露……火をつけたのもその一つだ」


「訴えるのに、どうして火をつける必要があるんですか。そんなことしても聞いてもらえるとは――」


「俺達は最初からそんなことをしてたわけじゃない。当初は苦しい現状を知ってもらおうと陳情を繰り返してたんだ。でも、一年経っても三年経っても、全然変わらなかった。それどころか税は徐々に重くなって、弱者はますます困窮した。役人達の決まり内で訴えてても、俺達の声は届かないんだと知った。だから、生易しい方法じゃなく、王政の中心にいる人間に必ず聞こえるような手段を取る必要があるんだ」


「それが、放火?」


「目に付いた建物に無闇に火を放ってるわけじゃない。あの酒場は高官連中がよく使ってる店なんだ。だからそういう場所を見つけて――」


「でも、それで人が死ぬかもしれません。罪のない人を死なせて、それでもいいんですか?」


 眉根を寄せて言うミコラスに、アーロンは、ふっと笑った。


「罪がない、ねえ……。果たしてそうかな」


「だって、たまたま店に来てただけで、罪なんか――」


「この国は、人身売買を認めてないんだ。でも、周りを見てみろ。君も含めて、元奴隷は一体何人いる?」


 アーロンは真っすぐにミコラスを見据える。


「この一箇所だけでこんなにいるんだ。今も酷使されてる人を入れれば、都にはこの何倍もの数がいるはずだ。……一つ情報がある。ここにいる元奴隷達が買われた先は、すべて上流階級の家だったそうだ。ミコラス、君はどんな人間に買われたんだ?」


「僕は……大きな屋敷の……」


「金持ちそうな家、だった?」


 はい、とミコラスはうなずく。


「つまりそういうことなんだよ。金や権力のある人間が弱者からむさぼってるんだ。たとえ法に触れてようと、公にならなければ誰もやめることはない」


「でも、店に来てる高官は――」


「貴族や金持ちとはまた違う? いや、そうじゃない。役人を束ねる高官は知ってるはずなんだ。俺達は何度も人身売買について知らせてた。時には買った人間の居場所まで教えた。でも、誰かが捕まるわけでもなく、買われた人が戻ってくることもなかった……。君は、罪のない人を死なせていいのかと言うけど、知ってるか? 貧民街の外れでは、よく死体を見かけるんだ。年老いた人だったり、病気や怪我を負ってる人が多い。彼らは奴隷として買われ、命を削るほど働かされた後、そこに密かに捨てられていくんだ。罪のない人とは彼らのことで、人身売買を見て見ぬふりをしてる高官は、殺人を傍観する罪人だ。そうだろ?」


 ミコラスは何も反論することができなかった。アーロン達は、これまで何度となく弱者の現状を訴えてきたにもかかわらず、何一つ聞いてもらうことができなかった。王政は、そんな彼らの声を聞こうとしない。人の命を物のように扱い、捨て続けるのなら、もう実力行使で聞かせるしかない――それが、アーロン達の結論のようだ。ミコラスとしては、たとえ傍観している高官でも、その命まで狙うことは行き過ぎのような気がしていた。しかし、弱者の側に立つアーロンの気持ちもよく理解できる。皆、心底憤っているのだ。なけなしの金さえ税で取られ、その身は奴隷とされ、最後は何も残らない。上流階級が庶民から吸い上げるような構図――ミコラスが都を見て歩いていた時の印象は、決して間違いではなかった。今、それが現実に起こっているのだ。何も持たない弱者が虐げられるなど、この先続けてはいけない。アーロンはそれを望み、声を上げている。荒々しい手段で……。それにはやはり眉をしかめるミコラスだが、その懸命さには応援したいものがある。


「もう俺達は十分に耐えてきた。王政が目を塞ぎ、耳を塞ぐなら、それをこじ開けるまで……時機を見て、俺達組織は武力をもって立ち上がる」


「まさか、軍隊と戦うんですか?」


 アーロンは力強くうなずく。


「数ならこっちも負けてない。組織の人員と協力者を合わせれば四百人から五百人、潜在的な数も入れれば、多分千人以上はいる。戦い方次第で、勝機は必ずある。……ミコラス、君もよければ協力してくれないか」


「ぼ、僕が……? でも、戦いなんてしたこと……」


「何も最前線で戦ってほしいなんて言ってるんじゃない。組織には武器の扱い方を知らない人は多くいる。そういう人には後方での援護や支援をお願いしてるんだ。ここで暮らしてる人も、大半はそういう役目を担ってる」


「ここにいる皆は、アーロンさんに協力してるんですか?」


「まあね。助けてくれた恩義に報いたいって自発的に……あ、別に無理強いしてるわけじゃないんだ。君がどうしようと自由だし、もちろん断ったっていい。それでここから追い出すなんてことはしないから安心してくれ」


 ミコラスは広い部屋を見渡した。そこにいる若者達の体にはいくつも傷跡がある。だが、その心にはそれ以上の深い傷が刻まれているはずだ。皆、身も心もぼろぼろなはず。それなのに、アーロンと共に戦おうとしている。この都の現状を変えるために……。


「皆、強いんですね。故郷のためなら……」


「都が故郷じゃない人も中にはいるんだ。離れた田舎から連れてこられて、長いこと奴隷として使われて……王政の問題は、本当なら遠い場所での、自分とは関係のない出来事だったのかもしれないけど、はからずも当事者になってしまって、放っておけなくなったという人もいる」


 それはミコラスの心境と重なった。都には何の馴染みもないが、こんなひどい現状がまかり通っていることは、早くどうにかしなければと感じる。しかし、特に取り柄のない自分に一体何ができるのだろうか……。


「そう言えば、君は都の生まれか? それとも別の場所から?」


「僕は風使いの……!」


 はっとしたミコラスは咄嗟に言葉を止め、正面に座るアーロンを見た。


「……今、風使いって言ったのか?」


 丸くなった目がミコラスを見つめていた。気が緩んでいたのか、うっかり口にしてしまっていた。風使いという素性を知られるのは掟に反することで、ミコラスは気まずく視線を泳がせた。


「い、今のは、聞かなかったことに……」


「君は、風使いなのか?」


 驚きと興味の混じる眼差しが向けられる――もはやごまかしきれないと感じたミコラスは、諦めて聞いてみた。


「……風使いを、知ってるんですか?」


「もちろん。この国の歴史を学んだ人間なら、誰でも知ってるはずだ」


「歴史? どうして歴史で……?」


 これにアーロンは不思議そうにまばたきをした。


「君は、自分達の歴史を教わってないのか?」


 一族の村には当然、教師という存在はいたし、読み書きや計算を習う中で、風使いの歴史もある程度は教わっていた。だが、都の歴史になぜ風使いが出てくるのか、その理由がわからず、ミコラスは首をかしげるばかりだった。


「……そうか。大人は障りのないものしか教えなかったみたいだな」


「どういうことですか?」


「言った通りだよ。……都に残る風使いの歴史、聞くか?」


 やけに静かな口調で言われ、ミコラスはやや緊張しながらうなずいた。するとアーロンは机の上で両手を組み、ミコラスをじっと見据えた。


「じゃあ、話そう。これは風使いであるなら、知っておくべきものだ。……この国がまだ戦乱の時代、都には風使いが多く住んでたんだ。彼らは攻め寄せる敵軍から民を守ろうと、その力で軍に加勢し、大いに活躍した。そんな戦いで風使いの力を思い知った敵軍は次々に退却していき、国には平穏が戻った。でもそれもつかの間だった。戦争で乱れた国内では、食料が足りなかったり仕事につけない不満から抗議や暴動が起こり始めてた。当初は小規模で兵士が抑え込んでたけど、それが国中に膨らむと、もう兵士だけじゃどうにもできなくなった。城に迫る人々の波に怯えた国王は、風使い達に命令し、それを一掃させた。一説によれば、強烈な風に吹き飛ばされて、何百人もの民が死傷したと言われてる。ただ自分の身を守るためだけに……」


 掟は大昔から守られてきたものだと思っていたミコラスは、まさか一族にそんな歴史があったことに、素直に驚いた。その一方で、ではなぜ現在のような掟ができたのかという疑問も感じたが、今はひとまずアーロンの話に集中する。


「抗議する民の勢いは弱まったけど、完全には収まらなかった。声を聞かず、力で押さえようとする国王に強い反発が生まれ、それをまた国王は風使いに命令し、一掃させる……そんなひどいことが繰り返されてた。民は、かつては自分達の側だったはずなのに、弱い者を追い詰め、命を奪う風使い達を、虐殺の一族と呼び批判した。事実、都には死者が溢れてた。軍によるものもあったが、ほとんどは風使いの力によるものだった。虐殺という言葉は、決して間違ってはなかった」


 ミコラスはじっと耳を傾けていた。その胸の内には、知らなかった歴史の衝撃がじわじわと広がっていく。アーロンはそんなミコラスを見据え、続ける。


「こう話すと、風使いがまるで悪者みたいに聞こえるけど、実際はそうじゃない。彼らは国王に命令され、仕方なく力を使っただけだった。逆らえば自分達が殺されるかもしれない。そこに自由な意思はなかった。でも、だからと言って命を奪う行為は許されることじゃないし、その罪はあまりに重かった。彼らが国王の道具に成り下がらず、人として正常な心を持ち続けてたことが唯一の救いだった……。風使い達は誰にも、何も言わず、突然都から姿を消したんだ。それ以来、彼らを見た者、行方を知る者は一人もいなかった……ミコラス、君と出会う前まではね」


 見据えていたアーロンの目が、わずかに緩んだ。


「これが、都での風使いの歴史だ」


「……当時の風使い達が都を出たのは、自分達の行いに罪悪感があったからなんでしょうか」


「そうだというのが通説だ。彼らと交流のあった学者が手記を残してて、戦争や暴動時の風使い達の様子が記されてる。そこには国王の命令に葛藤する気持ちも書かれてるよ。彼らは、もう人殺しなんてしたくなかったんだ」


 その言葉で、ミコラスは疑問の答えに気付いた。掟が作られたのは、一族の戒めなのだ。人に対して風を操ってはいけないのは、もう誰の命も奪わないため。風使いと知られてはいけないのは、誰かの道具に成り下がらないため。重い罪を犯した歴史を、二度と繰り返してはならない――先祖の教訓が、掟の真意だったのだ。だがしかし、とミコラスは思う。


「そんな大きな歴史の出来事を、どうして誰も教えてくれなかったんだろ……」


「風使いという血に、きっと誇りを持ってもらいたかったんじゃないか? 虐殺の一族なんて呼ばれた時代があったことは、教えれば子供達は自虐的にとらえてしまうかもしれない。自分達一族はひどいことをした人間なんだと卑下してほしくなかった……もし本当にそんな理由だとすれば、それは間違ってるね。歴史は未来で活かせるものだ。過ちを隠してしまえば、いつかまた同じ過ちが起こる。子供が大人になっても、何も知らなきゃ結局進歩はない。誇りを持ってもらいたいなら、暗い部分まで教えるべきだ。それと現在を比較すれば、風使いの素晴らしさはいくらでも見つかるはずだ」


 ふう、と一息吐くと、アーロンはミコラスをやや上目遣いに見た。


「そんな風使いの君に出会ったのは、もしかしたら偶然じゃないのかもしれない。今の都の状況は、まさに話した歴史の状況とかなり似てる。困窮する民の声を聞かない王政――当時は力で押さえ込まれたけど、今回は違う。俺達は組織でつながり、風使いは向こうじゃなく、こっち側にいる」


 これにミコラスは慌てて言った。


「あの、ぼ、僕は確かに風使いの一族に生まれましたけど、何もできないんです」


「……何も、って?」


「一族に生まれても、風を操れない人間がいて、僕もその一人で……」


「操れない……?」


 丸い目で見つめるアーロンに、ミコラスは畏縮しながらうなずいた。


「だから、僕には協力できることが何も――」


「そうか……すまない」


 急に謝ったアーロンに、ミコラスは目をしばたたかせる。


「……え?」


「風使いは皆風を操れるものと思ってたから……勝手に変な期待をして悪かった」


「い、いえ……」


「でも、風を操れないってことは、俺達と同じってことだ。そうだろ?」


 アーロンはにこりと笑う。


「ここにいる人達は何の力がなくたって協力してくれてるんだ。ミコラスも、本当にその気があるなら、何でもいい。俺達に手を貸してほしい」


 真剣な目が真っすぐに言っていた。


「協力はしたいです……でも、僕に何ができるのか……」


「自分に向いてることとかあるだろ? 住んでたところでは何をしてたんだ?」


「村では、僕は……」


 考えながら視線を動かしていると、ミコラスは自然と傍らの本棚を見つめていた。そこには、先ほど手に取ろうとした薬学書がある。


「……薬師になろうと、勉強してました」


「へえ、じゃあ薬や薬草に詳しい?」


「奴隷にさせられて、忘れかけてますけど……」


「よし、決まりだ。ミコラスは治療係を担当してくれ」


「わ、忘れかけてるんですよ? いきなりそんなこと……」


「大丈夫だ。病気にも怪我にも詳しい人間がいるから、その下で習えばいい。忘れかけた知識も、その内よみがえるさ。焦ることはない」


 するとアーロンは椅子から立ち上がると、微笑みを浮かべて右手を差し出した。


「ありがとう。本当に助かる。今はとりあえず体と心を十分に休めてくれ。来たる時のために……協力はそれからでいい」


 ミコラスも右手を出す。それを強く握ったアーロンは微笑んだ。


「食事、ゆっくりしてくれ」


 そう言って、アーロンは部屋の奥へと消えていった。


 自分は風も操れず、何も力はないが、ここにいる人達、弱くても変えようとする人達と力を合わせれば、きっと都は本当の輝きを取り戻せる。それに自分も役立てるんだ――そんな嬉しさと希望を胸に、ミコラスは置いていたフォークを握ろうとしたが、ふと考えてから、まずは本棚の薬学書を手に取った。

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