第十話 始まった疑いと殺戮
ルナさんとメリュジーナが謎の対抗心を燃やし、彼女たちから指チュパをされ続けた。その地獄から解放されたあと、俺はマネットライムの対策をしてから彼女たちを引き連れ、部屋を出る。
「よお兄ちゃんたち!」
宿屋から出ようとすると、カウンターにいた店主が声をかけてくる。
「何か用ですか?」
「いや、用と言うほど用って言う訳ではないが、ひとつだけ忠告しておきたいことがある」
真剣な顔で店主が見て来るので、思わず生唾を呑み込む。
いったいどんな忠告をされるんだ。
「若い頃の過ちはその後の人生の大切な経験になるが、昼間からハッスルするのはどうかと思うぞ。他の客の目もある。だからやるならみんなが寝静まった夜中にしろ」
このおっさんは、真剣な顔で何を言っているんだ。
そう思ってしまったが、勘違いをさせるようなことをしていたのは事実だ。
「ははは、ご忠告痛み入ります」
苦笑いを浮かべ、勘違いしている店主に不本意ながらも礼を言い、宿屋から出て行く。
「それで、これからどうするの? テオ君」
「マネットライムを探し出す。やつがこの町で暴れようとしているのは事実だ。一刻も早く見つけ出して倒さないと、この港町全体が大変なことになる」
やつがしようとしていることはおおよそ検討が付く。被害が拡大する前になんとしても見付け出して倒さなければ。
「2人に砂糖と塩を渡す。怪しいやつが目の前に現れたらぶっかけろ。何も起きなければ、その人はマネットライムではない」
「でも、仮に偽物ではなかったとしても、怒られることに対しては逃れることはできないわね」
「それはそうだよ。かけられた本人からしたら、悪戯されたようなものになるからね。わたしが逆の立場なら、怒って魔法を放っているかもしれない」
ルナさんがぶっかけられた人の立場のことを言い出す。
まぁ、無害だった人の場合は、困惑するか、怒るかの2択だろうな。
「調味料を使うのは最終手段だ。できるだけ見極めてから、どうしようもなくなったところで、使ってくれ」
小分けした砂糖と塩を彼女たちに渡し、港町を歩く。すると、誰かが言い合っているような声が聞こえ、急ぎそちらに向かうことにした。
「お前、良くも俺の魚を盗みやがったな!」
「それはこっちのセリフだ! 俺の貝を盗んだのはお前だろうが」
声が聞こえた方に辿り着くと、漁師と思われる2人が互いの肩を握り合い、取っ組み合いをしていた。
やっぱり、予想していたことが現実に起きてしまったか。
女の子に化けていたマネットライムは、今度は港町に住む町民に化けた。そして街中で悪事を働き、怒りや憎悪の感情が膨れ上がった状態で町民同士が互いを憎み合うようにしている。
モンスターは変身して悪事を働く。そうすれば、後は勘違いをした人同士が勝手に憎み合い、同士討ちを始めるだけだ。
本当にモンスターらしい卑怯な手を使ってくる。
「おい、やめ……」
「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
2人に声をかけようとしたその時、別方向から悲鳴が聞こえてくる。
あっちでも何か問題が発生したか。
こっちも気になるが、悲鳴が聞こえた以上は、あちらを優先させるべきだ。
「ルナさん、メリュジーナ。2人がそれ以上暴走しないように見張っていてくれ。俺は悲鳴が聞こえた方に今から向かう。スピードスター」
俊足の魔法を唱え、足の筋肉の収縮速度が向上した走りで街中を駆ける。
1分も経たない内に悲鳴が上がった場所に辿り着く。すると、鍛え上げられた筋肉にバンダナをしている男が、握っている
突き刺されている男の近くには、女性が立っていた。先ほどの悲鳴は、彼女が上げたものなのだろう。
「くそう。とうとう刃傷沙汰が起きてしまったか。エンハンスドボディー」
肉体強化の呪文を唱え、
「ネイチャーヒーリング」
刺された男に回復魔法を唱え、細胞を活性化させて肉体の修復作業を早める。
傷は治ったが、目を覚さない。顔色も悪いし、相当流れた血の量が多いのだろう。命を取り留めたとしても、大量に血を失ったことで、脳に血液が行き渡らずになんらかの障がいを患うことになるかもしれない。
「ブラッドプリュース!」
血液生産魔法を発動し、男性の骨髄から強制的に新たな血液を生み出す。失った分だけの血を補うことができたようで、彼の顔色は先ほどよりも良くなっていた。
これなら、安全な場所に連れて行けば問題ないだろう。
「早く、その人を連れて安全な場所に」
「はい。ありがとうございます。あなたは夫の命の恩人です」
女性は礼を言うと男性を連れてこの場から離れて行く。
2人が離れて行ったタイミングで、バンダナの男が戻ってくる。
「くそう。いないじゃないか! お前、よくも邪魔をしてくれたな!」
「どうしてこんなことをするんだ!」
「あの女は俺の宝を盗みやがった。だからあいつを殺して宝を奪い返す」
どうやらマネットライムが、先ほどの女性に変身して男の宝を盗んだのだろう。だから取り返すために襲った。だけど旦那が身代わりになって彼女を守った。流れからしてこんな感じか。
「彼女はお前の宝なんか盗んでいない。これは全て、モンスターの仕業だ!」
「そんなこと、簡単に信じる訳がないだろうが! 見ず知らずの他人の言うことを信じるほど、俺はお人好しじゃねぇ!」
声を荒げながら、男は距離を詰めてくる。
さすがに簡単には信じてくれないか。こうなってくると、力で捩じ伏せて大人しくなってもらうしかない。
「スリープ!」
睡眠魔法を唱え、男の脳脊髄液の中にプロスタグランジンD2が増やす。
睡眠物質の増加が、脳膜にある受容体によって検知され、アデノシン神経系を経由して、脳の睡眠を司る視床下部に伝わったことで、視床下部にあるGABA神経系が活発になり、ヒスタミン覚醒系を抑制させることで眠らせる。
魔法の直撃を受けた男はその場で倒れ、いびきを掻きながら深い眠りつく。
「これでしばらく目を覚さない。同士討ちを阻止するには、眠らせることが一番だ」
「おのれ! よくも兄貴を! 兄貴の仇だ!」
建物の上から声が聞こえ、顔を上げる。すると若い男が飛び降りながら握っている刃物で突き刺そうとしてくる。
「テオ君危ない! ファイヤーボール!」
ルナさんの声が聞こえると、男は火球に包まれて地面に落ちる。
「テオ君大丈夫?」
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