第四話 山のモンスターの秘密

 建物に隠れながら俺たちを見張っていたのは、小さな女の子だった。おそらく6歳くらいだろうか。赤いワンピースを着て髪を2つ結びにしている可愛らしい幼女だ。


 女の子は堂々と俺たちに近づき、睨むように視線を送る。


「どうして私が隠れているのが分かったの」


 どうして場所がわかったのか、女の子が訊ねてくる。


 うーん、どう説明したものだろうか。こんな小さい女の子に魔法の原理を話したところで、理解できるわけがない。ここはとりあえず、子どもが納得しそうな言葉で説明するか。


「それはな。俺が凄い存在だからだ。だから君の隠れている場所なんか簡単に分かる」


 バカっぽく説明をすると、女の子は冷ややかな視線を送ってきた。


 あれ、俺が思い描いたような反応をしてくれない。子どもなら『すごい、すごい!』と言ってはしゃぎ出しそうなものなのだけどな。


 予想と違う反応に戸惑っていると、ルナさんが女の子に近付く。


「あなた、お名前は何て言うのかな?」


「え? 名前? えーと、えーと」


 名前を訊ねられ、女の子は戸惑う。もしかしたら、親から知らない人に名前を簡単に教えるなと教育を受けているのかもしれないな。


「えーと、ディジー」


「ディジーちゃんね。私はルナよ。宜しくね」


 女の子の手を握り、ルナさんは笑みを浮かべる。


「それで、ディジーちゃんはどうして私たちを見ていたのかな?」


 どうして見張っていたのかをルナさんが訊ねると、女の子は顔を俯かせて暗い表情をした。


「あ、ごめんね。別にあなたを叱っている訳じゃないのよ。ただ、何か理由があるのなら話してほしいなって思ったから」


 ディジーの反応を見て、慌ててルナさんが謝る。そして彼女を怖がらせないように、優しい口調で語りかけた。


「お爺ちゃんは、悪くない。お爺ちゃんはみんなを助けるために、モンスターのお花を育てている」


「それってどう言うことなんだい? あのショーンとか言う男が言っていたのと、内容が違うのだけど?」


 続いてメリュジーナが女の子に近付き、彼女に訊ねる。


「あいつ悪者、お爺ちゃんをこの町から追い出そうとしている。あの森にいるモンスターはいいお花だよ。モンスターの蜜を飲めば、たちまち元気になる」


「ディジーちゃんのお爺ちゃんってこの町の町長さんよね?」


 ルナさんの質問に、女の子は無言で頷く。


「テオ君どうしようか? この子が言っていることが本当だったら、取り返しのつかないことになるよ」


「私嘘言っていない。お願い信じて!」


 必死に女の子が訴えるも、全部を信じてあげる訳にはいかない。


 ここまで傍観していたが、この女の子もショーンの時のように違和感を覚える箇所がある。


 完全に鵜呑みにするのは危険だ。


「とりあえずは、教えてもらった山に行こう。そこでこの目で真実を確かめる。どちらかが巧みに嘘をついていたとしても、事実は変わらないからな」


 足を一歩前に出した時、誤って石の上に足を置いてしまった。そのせいでバランスを崩し、転倒してしまう。


「テオ君、大丈夫?」


ご主人様マスターがドジをするなんて珍しいね」


 2人に苦笑いを浮かべると、手に持っていた香水の瓶がないことに気付く。


 あれ? 俺が貰った香水がないぞ?


「きゃあ!」


 首を左右に振って香水の行方を探していたその時、ディジーの短い悲鳴が聞こえ、彼女を見る。


 香水の瓶が割れ、ディジーが香水塗れになっていた。


「すまない、大丈夫か?」


「大丈夫な訳ない! どうしてくれるの! 絶対にあの男の野望を阻止しないと許さないのだから!」


 香水塗れにされ、独特の香りが充満しているからか、彼女に近付こうとすると鼻を摘みそうになる。


 確か、香水は付けすぎると、周囲に嫌悪感を与えるって聞いたことがあるな。まさかここまで強烈だとは思わなかった。


「悪かった。謝る。だから許してくれ」


「だから許さないって言っているじゃない! あの男の野望を阻止してお花のモンスターを守って! そしたら許してあげるから」


 頑なに自分の意思を押し通そうとする彼女に、どうしたものかと頭を抱えたい気持ちになった。


「悪かった。別に君くらいに嫌われても良い。1番大事なのは、真実を見極めて町民たちを助けることだ。ルナさん、メリュジーナ行こう」


 少し悪者になりながらも、俺はディジーから離れ、山の方角に向けて歩く。


「ごめんね! テオ君には後で叱っておくから。このタオルを使ってね。早くお風呂に入らないと匂いが染みついちゃうよ」


「すまない。私はご主人様マスターの名に従う必要がある」


 後方から2人の声が聞こえてきたかと思うと走って来たようで、直ぐに俺の隣りを歩く。


「もう、どうしてあんな態度を取るの! ちゃんと謝らないとダメでしょう!」


「いくらご主人様マスターといっても、あれはさすがに少し酷いと思う」


 2人の言葉を聞き、思わず口角を上げる。


 彼女たちが俺を酷い男だと判断したなら、策は半分成功したな。後は実際に山に行ってから確かめよう。


 町を出て山に向かい、山道を登る。


 1時間ほど歩いただろうか。そろそろ教えてもらった場所だな。


 問題のモンスターがいる場所に近付いたその時、道の奥からか蔓や蔦が飛び出し、俺たちに襲いかかってきた。

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