第六話 俺はこいつと戦ったことがある?

 どうして俺の魔法が打ち勝ったのかを説明すると、ピサロ突然笑い出す。


「何がおかしい!」


『ワハハハハハ! 可笑しいも何もあるかよ。見た目が全然違っていたから分からなかったが、まさかお前とこうして再会するとは思わなかったぞ。なぁ、ハルト? あの時の戦いの決着を付けようじゃないか』


 ピサロが突然聞き覚えのない人物の名前を口に出す。


 ハルトっていったい誰だ? 俺はこいつとは初対面だぞ。誰かと勘違いしているのか?


「ッツ!」


 心内で独り言を呟いていると、突如頭に痛みが走る。そして脳裏にとある映像が浮かんだ。


 俺ではない男が、この世界にはないデザインの学生服を着てピサロと戦い、そして彼ごと黒い渦に押し込んでゲートを封印する映像だ。


 この映像、もしかして俺の前世の記憶なのか。生まれ変わる前の俺は、こいつを戦ったことがある。


「お前が言ったことは理解した。だけど、俺はハルトであってハルトではない。俺の名はテオ・ローゼだ! ショック!」


『ガアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!』


 魔法を発動すると、ピサロは胸を押さえて苦しみ出す。


 この魔法は、無敵貫通魔法として恐れられる究極魔法のひとつ、失神魔法だ。


 人間は耐えきれないほどの激痛を感じると、迷走神経を活性化することがある。これが活性化すると血管が広がり、心臓に戻る血流量が減少して心拍数が低下する。これが原因で失神を起こすのだが、この魔法はそれを強制的にするものだ。


『この痛み、懐かしいなぁおい! まさかあの時の再現をしてくるとは思わなかったぜ。なら、俺も前回と同じことをしてやるよぉ! ビルドアップ!』


 ピサロが呪文を唱えるとやつの筋肉が膨れ上がる。


 失神魔法の影響下にあっても、気を失わないとは、魔王軍の幹部と言うだけはあるな。


 それにしても、記憶の一部分しか思い出せなかったけど、前世のハルトと同じことをしていたんだな。でも、だからと言って同じことを再現していいのか? それって過去を繰り返して同じ結末を辿るだけってことじゃあ。


『俺の拳でぶっ潰してくれる』


「そうはさせるかよ。スピードスター」


 俺の思考は敵の攻撃により強制的に中断された。俊足の魔法を唱え、足の筋肉の収縮速度をより速くしたことで、瞬時に拳を躱して移動する。


『その魔法を使ってくるとはな! 俺が前回の再現をしたことで、釣られて同じことをするとはバカめ! 俺の背後に回っていることはバレバレだ』


 あちゃあ、偶然とは言え、またしても同じことをしていたのかよ。行動パターンがバレバレじゃないか。でも、少しばかり違うんだよね。


「バカはお前だ! 誰が後にいると言った。俺がいるのはお前の前だ」


『何!』


 ピサロは体を捻って後方を見ながら拳を放っていたが、やつは攻撃はをスカした。


 捻った体を元に戻したタイミングで跳躍すると、俺の拳はやつの顎にクリーヒットする。


『ガハッ!』


 顎を殴られたピサロはバランスを崩して地面に倒れるも、俺の拳もダメージを受けていた。


 なんて言う固さだ。肉体強化の魔法を使っていなかったから、自分自身にまでダメージを負ってしまった。


 まぁ、そうは言っても、タンスの角に小指をぶつけた程度の痛みだ。全然我慢できないレベルではない。


 地面に横たわっているピサロに視線を向けると、やつは仰向けからうつ伏せになって、起きあがろうとしていた。


 そうはさせるか。そのまま地面に這いつくばってもらう。


「グラビィテープラス!」


『ガハッ!』


 魔法を唱えると、ピサロは口から鮮血を噴き出す。


『おのれ、魔王軍幹部であるこの俺を地面に這いつくばせるとは。だが、まだ起き上がれないほどではない』


「へー、2倍の重力くらいではまだまだ平気か。なら、どこまで耐え切れるか試してあげるよ」


 この魔法は、一部の範囲にかかる重力を増やす魔法だ。一般的な人は2倍まで、鍛えている人でも4倍の重力までは耐えることができると言われている。人型のモンスターはどこまで耐えられるかな。


「3倍……4倍……5倍……6倍……7倍」


 起きあがろうとする度に重力を増やし、ピサロを跪かせる。8倍になったところで、やつは動きを止めて地面に這いつくばったままだ。


 どうやらこいつの限界は8倍までのようだな。これ以上やったらまるで俺が虐めているみたいだ。これを参考記録として今後につなげるとしよう。


「終わりだ。10倍!」


 10倍の重力がピサロに降りかかった瞬間、やつの肉体が保たなくなり、押しつぶされて肉や血が飛び散った。


「ふぅ、何とか魔王の幹部を倒すことができたな。あとは再度この渦を封印するだけだ。ロック」


 岩の魔法を発動して岩石を出現させると、渦の上に乗せる。その後、近くに落ちていた札を拾い、岩に貼り付ける。


「これで一時凌ぎにはなるだろう。でも、早いところこの封印の札を作った人物を探して、ちゃんとした封印をしてもらわないといけないな」


 とりあずはこれで、魔物たちが魔界から現れることはないだろう。これで心置きなく、この町から出ることができる。


 町の防衛に成功したことに安堵し、俺はモンスターハウスの洞窟を出て町に戻った。


 俺の帰還に、町の人々は喜んでくれた。


「お前が向かった後、モンスターが現れなくなった。元凶を絶ってくれたんだよな。ありがとう。感謝する」


「お前がいなければ、今頃この町は滅んでいた。ありがとう。お前はこの町の救世主だ」


「さすがテオ君! みんなあなたのことを褒めてくれているわ! やっぱり私が見込んだだけはあるわね」


 ルナさんやギルドマスター、それに町の人々から称賛の声を聞かされる中、漆黒のドラゴンが俺を見下ろす。


『やっぱりご主人様マスターは凄いね。1人で解決するなんてあなた……がご主人様マスターで……良かった』


 メリュジーナが俺に称賛の声を浴びせた直後、漆黒のドラゴンはその場で倒れた。


「メリュジーナ!」

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