第五話 ゲートキーパーピサロ

 俺の視界に映ったのは、地面に横たわるイルムガルドと、人型の魔物だった。


「イルムガルド!」


 育ての親に声をかけるも、反応がない。


 彼に駆け寄って首筋に手を奥と、脈があった。


 死んではいない。気を失っているだけだ。


「お前がやったのか?」


「そうだ。俺の名はピサロ。魔王様から人間界へと繋がるゲートの管理を任された者にして、魔王軍の幹部だ」


 ピサロと名乗った男の言葉を聞き、咄嗟に構える。


 あいつが言っていることが本当なら、俺がこれまで倒して来たモンスターの何倍も強い。決して油断はできない相手だ。


 こいつと戦えば、イルムガルドは邪魔になる。


「ネイチャーヒーリング」


 回復魔法を使い、イルムガルドの体内の細胞を活性化させる。


 これにより、彼の肉体は大ケガをする前まで修復された。


 これで転移させても死ぬことはないだろう。


 懐からルナさんにもらった転移石に行き先を指定する。


 場所はイルムガルドの屋敷で良いか。今、あそこがどうなっているのか分からないが、転移先としては悪くないはず。


 転移先が決まると、クリスタルは光を放つ。


 転移が始まる前に、倒れているイルムガルドにクリスタルを握らせ、巻き込まれないように離れる。


 光がイルムガルドを包み込み、彼はこの場からいなくなった。


「待たせたな。まさか俺の用が終わるまで、待っていてくれるなんて思ってもいなかった」


「壊れたオモチャには興味ない。新しいオモチャの準備ができるまで待ってやることくらいはするさ」


「そうかよ! なら始めるとするか! ファイヤーボール!」


 魔法を発動して火球を放つ。


 だが、ピサロは避ける素振りを見せずに火球が直撃する。


『グハッ』


 火球を受けたピサロは小さく声を出すと片膝を付く。


『ワハハハハハ! 同じファイヤーボールでもあの女とは比較にならない。今度のオモチャは楽しませてくれる』


 ピサロがゆっくりと立ち上がると、ニヤリと笑みを浮かべた。


 最初に攻撃を受けたのはわざとか。敢えて攻撃を受けることで、俺の力量を測っている訳だ。


 最初の攻撃を受けるなんてマゾかよ。


『なかなかのファイヤーボールだ。下級の魔法でこれだけの威力を出せるとは思わなかった。500年経ってもまだこれほどの魔力を持っている人間がいるとはな。だが、この程度で俺は倒せないぞ! 残念だったな! ワハハハハハ!』


 横腹に手を置き、ピサロは高笑いをする。


 どうやら今のが俺の全力だと思い込んだみたいだな。だけどまだまだ俺は本気ではない。


 相手は油断しているはずだ。これを逆に利用しよう。


『本当のファイヤーボールはこうするんだよ! ファイヤーボールフィンガー!』


 敵が魔法を発動した瞬間、やつの指先から火球が現れ、どんどん大きくなる。


『ファイヤーボール5つ同時展開だ! 下級魔法だが、5つ全て当たればデスボール以上のダメージを受ける。骨など残らず消し炭にしてくれる!』


 5つの火球がこちらに向かって飛んでくる。だけど俺はこの場から離れることはない。


 だってその必要がないからだ。


「ウォーターボール!」


 防御スキルを発動した瞬間、空気中の酸素と水素が磁石のように引き合い、電気的な力によって水素結合を起こす。これにより水分子間がつながり、水分子のクラスターが形成され、水の塊が出現。


 丸い形状を模ると、5つの火球に向けて放つ。


『デスボール並みの火力のある炎を、下級魔法で防げる訳がないだろうが! つまらない最後だったな! そのまま消し炭になれ!』


「それはどうかな? 負けるのはお前の魔法のほうだ」


『ワハハハハハ! 笑わせてくれる! 寝言は寝て……から……言う……」


 言葉の途中でピサロは表情を変える。


 最初は嘲笑の笑みだったが、今は驚愕に満ちた顔になっていた。


『うそだろう。俺のファイヤーボールフィンガーが打ち負けるだと!』


 敵の火球が俺の水球に触れた瞬間、激しい水蒸気が発生した。すると水球は残り続けるが、火球の方は消滅していく。


「別におかしくはない。これは当たり前のことだ」


『何が当たり前だ! こんなの魔学の常識を超えている!』


 炎が燃焼し続けるには、連鎖反応を生み出すように、酸素が連続的に供給される必要がある。


 だけど、酸素の供給が断たれれば、継続して燃え続けることができずに消えてしまう。


 火に水をかけるのは、熱を奪う能力が大きいからだ。


 水の比熱は空気の3.5倍あり、水の密度は空気の770倍程度。


 なので、3.5×770=2700倍の熱を相手から奪い取る。


 さらに水は液体であるので火によって加熱され、そのほとんどが気化する。だとが、水の温度上昇だけではなく、液体から気体に変わる状態変化と呼ばれる現象による気化熱も、大量に奪う。


 水の冷却効果が物体の発熱量を上回るのであれば、消せない炎などないのだ。


 だけど、こんなことを言っても信じないだろうな。


「ただお前の炎の発熱量よりも、俺の水球の冷却効果が上回っただけだ。俺には焚き火に水をかけるようなものだな」


『焚き火に水をかけるようなものだと……ワハハハハハ!』


 どうして俺の下級魔法が勝ったのかを説明すると、ピサロは突如笑い出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る