第七話 優しいフェアリードラゴン

「おい、メリュジーナ! いったいどうした!」


 町の防衛に成功してみんなが喜びあっている中、突如漆黒の鱗のドラゴンが倒れた。


「メリュジーナ! しっかりしろ!」


 もう一度声をかけるも、ドラゴンは目を開けない。


 口の部分が青紫色に変色している。もしかして何かの毒にもやられたのか。


「俺のせいだ。俺が余裕ぶってゴブリンを舐めていたせいだ。このドラゴンは俺を守るために盾になった」


 防衛戦に参加していた冒険者の1人が呟く。


「それ、どう言うことだよ」


「ひっ! すまない! すまない! 許してくれ!」


 詳しい事情を聞こうとしただけなのに、男は顔色を悪くして何度も謝る。


「テオ君落ち着いて! 気持ちは分かるけど、そんなに怖い顔をしたら話すこともできないよ」


 不安を隠しきれていない表情をしているルナさんが、落ち着くように言う。


 鏡がないから自身では分からないが、どうやら眉間に皺が寄っているようだ。


 だけど、そんな顔にも自然となってしまう。俺はメリュジーナのご主人様マスターだ。心配して何が悪い。


 でも、このままでは真相に辿り着けないのも事実。


 両の頬を軽く引っ張り、表情筋を伸ばすなど、軽く顔面をマッサージする。これで少しは表情も和らぐだろう。


「待たせたな。俺は怒らないし、お前を処罰しない。だから話してくれないか」


「分かった」


 冒険者の男は、俺がモンスターハウスの洞窟内で、ピサロと戦っている間の出来事を話す。


「俺は強化された肉体を過信しすぎてモンスターに突っ込んだんだ。そしたらその中に、ゴブリンテイマーが紛れ込んでいたんだ。やつは鞭を地面に叩きつけると、ポイズンリザードが現れて俺に毒液を吹きかけた。だけど、そのドラゴンが俺の前に舞い降りて代わりに毒液を浴びた」


「そいつが言っていることは本当だ。俺もこの目で見た。だけど、その後、ドラゴンが平然とポイズンリザードを追い払ったから、ドラゴンには毒が効かないのかと関心していたのだけど、まさかこうなるなんてな」


 男の言ったことが事実であると、他の冒険者が証言する。


 メリュジーナのことだ。ここで自分が倒れたら戦力的にも、味方の戦意的にも削がれると思って痩せ我慢をしていたに違いない。


 毒に冒されている優しいドラゴンを見ながら、ギュッと拳を握る。


 どうして俺を見て助けを求めなかったんだよ。場の雰囲気が壊れるとでも思ったのか。もしそうなら、とんだ大バカものだ。


「メリュジーナを助ける。誰かポイズンリザードの毒について詳しい人はいるか」


 周辺を見渡しながら、この場にいる全員に訊ねる。


 解毒とは単純なものではない。毒にも様々な毒があり、それに合わせた解毒方法を取らなければ、いくら治療したところで意味をなさなくなる。


「俺、この町にいる獣医に話を聞いてくる。もしかしたら知っているかもしれない」


 メリュジーナが守った冒険者が、慌てて獣医を呼びに向かった。


 おそらく、彼なりに申し訳ないと思っているのかもしれないな。


 しばらくすると、この場を離れた男が白衣をきた70代と思われる白髪の老人を連れてきた。


 このおじいさんがこの町に住む獣医か。


「ほう、ほう。話を聞いて駆け付けてみたが、まさか本当にドラゴンが倒れているとは思わなかった。どれどれ、見てみよう」


 獣医が聴診器をドラゴンに当てる。


「ふむふむ。なるほどなぁ」


「おじいさん、メリュジーナの容態は!」


「毒の治療を施さなければ、今夜が峠じゃろう。奇跡が起きれば回復するかもしれないが、亡くなる可能性が高い」


 衝撃的な告白に、言葉を失ってしまう。


「毒の治療、それは毒の原因でもあるポイズンリザードの肝臓を食べることじゃ。そうすれば、このドラゴンは元気になるだろう。じゃが、肝心のポイズンリザードがどこにいるのか検討が付かない」


「そんな」


 獣医の言葉に、ルナさんは顔色を悪くして口を押さえた。


「ポイズンリザードの肝臓を取ってくればいいんだな」


 やっとの思いで声を出すと、再び拳を握る。


「今からポイズンリザードを探し出して肝臓を持って来る。だからメリュジーナも毒なんかに負けるな」


 ドラゴンの頭を優しく撫でながら応援の言葉を述べると、探査魔法を発動する。


「エコーロケーション!」


 周辺に音波を放ち、跳ね返ってくる音を分析する。


 ルナさんと初めて会った森から変わった反応が返って来たな。この大きい反応は、もしかしたらポイズンリザードかもしれない。


「スピードスター!」


 俊足魔法を唱え、足の筋肉の収縮速度を上げると、急ぎ反応があった森へと向かう。


 町を出て森の中に入り、探査魔法の音波を放ち続けながら場所の特定を急ぐ。


 次第に音と動く物体の波の周波数が異なって観測できる。この感じは近付いているな。


 足を止めることなく走り続けると、小川が流れているところに出た。


 そこには、緑色の体表に飛び出た目をしているモンスターが、長い舌を使って鳥を捕らえている光景が視界に入る。


 この特徴的なモンスターは間違いない。ポイズンリザードだ!


「悪いが、お前の肝臓を頂く! シャクルアイス!」

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