第三話 お前たち逃げたんじゃなかったのか

 モンスターの軍勢の一部を倒すも、後続が次々と前進してくる。


「アイシクル!」


 空気中の酸素と水素が結合し、水分子のクラスターによって水が出現すると、三角錐を形成。


 その後、水の気温が下がり、熱エネルギーが極端に低くなったことで氷へと変化、複数の氷柱を作り上げると一気に解き放つ。


『グッギャ!』


『ブッヒー!』


 放たれた氷柱はゴブリンやオークたちに突き刺さり、地面に倒れる。


 これで何体目だ? 300を越えたあたりから、数えるのが面倒臭くなってもう数えていない。


 だけど、モンスターたちは次々と前進してくる。


 ルナさんの方をチラリと見ると、彼女の額から汗が流れ落ちていた。


 彼女も限界に近いのかもしれない。速いところ決着を付けなければ。


「テオ君危ない!」


 よそ見をしていると、ルナさんが叫ぶ。ハッとなって前方を見ると、オークが手に持っている槍を投げていた。


 まずい。今から避けようにも間に合わない。ここはあえて攻撃を受けるしかないか。


 腕をクロスさせ、衝撃に備える。


「やらせるかよ!」


 聞き覚えのある声が聞こえると、俺の前に強面の男が立ち塞がり、飛んで来た槍を叩き落とす。


「よぉ、待たせたな」


「お前は……誰だ?」


 誰だったのか思い出せずにいると、助けてくれた男は額に青筋を浮き出させる。


「俺だよ、俺! お前にボコボコにされただろうが!」


「悪い、自分よりも弱いやつの顔は中々覚えられないんだ」


「テオ君、その男、あなたのファンよ。サインを書いて上げたじゃない」


「ああ、あの時の男か」


「そんなので思い出すな! それに俺はお前のファンじゃねぇ!」


 ルナさんの補足でようやく思い出したが、なぜか強面の男はファンではないと言い張る。


「お前には負けた借りがあるからな。お前をボコボコにするまでは死なれては困る」


「いや、俺は全然死ぬなんて思っていないぞ。これくらいまだまだ余裕だ」


「たく、痩せ我慢するなよ」


 いや、本当のことを言っているのだけど? どうして信じてくれないんだよ。まぁ、戦力が増えたからよしとするか。いないよりかマシ程度の戦力だけどな。


 後方から雄叫びが聞こえ、振り返る。するとギルドにいた冒険者がこちらに向かって走ってきた。


 あいつら、逃げたんじゃなかったのか?


「みんな、お前たちが戦っていることを知って考えを改めたみたいだ」


「テオ君やったじゃない! あなたの勇姿が、みんなの心を変えたのよ!」


 戦況が大きく変わったことに、ルナさんは喜ぶ。


 確かにこいつらが戦闘に加わってくれれば、少しは楽ができる。


「俺がお前たちに強化をしつつ、敵を弱体化させる! 思いっきり暴れろ!」


 冒険者たちに指示を出し、右手をモンスター側に、左手を冒険者側に向ける。


「サルコペニア! エンハンスドボディー!」


 筋肉の元となる筋タンパク質の分解が、筋タンパク質の合成を上回せ、それにより筋肉の量を減少させたモンスターは、全身の筋力低下が発生し、攻撃力、防御力、素早さが著しく低くなる。


 そしてバフの効果を得た冒険者たちは、神経による運動制御の抑制を外し、自分の筋肉の限界に近い力を発揮させる状態になった。


「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 強化された強面の男がゴブリンを殴る。するとモンスターは後方に吹き飛ばされ、後続を巻き込んで倒れた。


「す、すげー! 何だ今の一撃は! 普通じゃなかったぞ!」


「俺たちもあんな風に戦えるのか!」


「勝てる! これなら俺たちでも勝てる!」


 男の活躍に、冒険者たちは奮起すると一斉に駆け出してモンスターたちを倒していく。


 これなら何も問題はないだろう。俺はモンスターハウスと呼ばれる洞窟に向かうとするか。


 俺のユニークスキル【前世の記憶】によるものなのか、一応再度封印する方法は分かっている。


 この戦いを終わらせるには、元凶となっているものを排除しなければならない。


「おい見ろ! あれってドラゴンじゃないか!」


「マジかよ! あんなやつまで戦わないといけないのかよ」


 冒険者たちの驚く声が聞こえる中、上空を見上げる。


 雲ひとつない青空を、漆黒のドラゴンが飛翔していた。

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