第五話 炎が水を消すのは普通じゃないか。え?規模が違いすぎるって
俺の生み出した炎が近くにあった木に燃え移り、山火事になりかけていた。
「木に炎が移っちゃった! 早く消火しないと! えーと、こんな時に役に立つ水の魔法は」
燃えた木を見て、ルナさんが慌てている。だけど頭の中が混乱しているようで、直ぐに消火作業に入ろうとはしなかった。
まぁ、俺の蒔いた種から出た芽だ。自分で尻拭いをするか。
火を消すには水だよな。でも、弱い水では消火しきれない。炎の発熱量を上回る水でなければならない。
「よし、やってみるか」
右手を前に出して頭の中でイメージを膨らませる。
水と言うのは、水素と酸素の化合物だ。空気中の酸素と水素が磁石のように引き合い、電気的な力によって水素結合を起こす。これにより水分子間がつながり、水分子のクラスターが形成され、水の塊が出現する。こんなイメージだろう。
頭の中で水が生まれる現象を思い描くと、体内にある魔力が反応して水が現れた。
よし、イメージ通りに水の魔法を使うことができた。あとはホースから出る水のように勢いよく吹きかけるだけだ。
更にイメージを膨らませると、水は筒状に変化した。
「行け!」
筒状になった水を燃えた木に噴射する。すると木を燃やしている炎の発熱量を上回り、水蒸気が発生する中、炎を消していく。
数秒で木に燃え移った炎は消え、どうにか山火事の被害を最小限にとどめることに成功した。
ふぅ、危なかった。危うく山火事の責任を負って、
上空には俺の生み出した巨大な火球が残っている。あの火球も消火しておくか。
もう一度先ほどと同じ魔法を発動して、巨大な火球に筒状の水を当てる。1分ほど前の消火作業と同様に、巨大な火球は次第に小さくなって行くと最後は消滅した。
「中級魔法のウォーターポンプが、上級魔法のデスボールに打ち勝つなんて……いったい何が起きているの?」
消火作業を目の当たりにして、ルナさんは驚愕していた。
どうしてそんなに驚いているのだろうか?
「何をそんなに驚いているのですか? 水は火に強いに決まっているじゃないですか?」
「そうだけど、そうじゃないの! 魔学の常識からして、中級魔法が上級魔法を打ち消すなんて普通はあり得ないのよ!」
叫ぶように声を上げるルナさんに、俺も納得する。
ああ、確かに魔学だとそうだよな。俺が利用したものは、ユニークスキル【前世の記憶】から得た科学と呼ばれる現象だ。
「別に不思議ではないですよ。水の比熱は空気の3.5倍あり、水の密度は空気の770倍程度。なので、3.5×770=2700倍の熱を相手から奪い取ることができます。さらに水は液体であるので火によって加熱され、そのほとんどが気化しますが、水の温度上昇だけではなく、液体から気体に変わる状態変化と呼ばれる現象による気化熱も、大量に奪います」
どうして上級魔法なのに中級魔法を打ち消すことができたのかを説明するも、ルナさんは理解していないようでポカンとしていた。
「ようは、水の冷却効果が物体の発熱量を上回るのであれば、消せない炎などないってことです」
一言で説明するも、ルナさんは信じられないと言いたげな表情をする。
まぁ、魔学の常識が一般化されているから当たり前の反応か。俺もこのユニークスキルがなければ、とても信じられないからな。
「テ、テオ君! あなた魔力診断をした?」
「いえ、魔力診断もユニークスキルの鑑定をした後の予定でしたので、まだやっていません」
「なら、今から診断をしましょう。それで全てが分かるわ」
ルナさんが険しい表情を浮かべながら、ショルダーバッグ型のアイテムボックスに腕を突っ込む。
そして腕輪のようなものを取り出した。
「この腕輪を嵌めて魔力を流してみて。もしかしたら虹色に光るかもしれない」
腕輪を手渡し、ルナさんは腕に嵌めるように促す。
彼女の指示に従い、腕輪を左手に嵌めて魔力を流した。
「この腕輪に魔力を送ると、赤、茶色、黄色、緑、青、銀、金、虹色のどれかになるわ。普通の人は茶色や黄色だけど、もしかしたらテオ君なら虹色に光るかもしれない」
ルナさんの説明を聞きながら診断結果が出るのを待つ。
すると、彼女の言う通りに腕輪は虹色に光った。だが、それも一瞬のことで、腕輪から発せられる光が収束すると腕輪は砕け散ってしまう。
「うそ……魔力鑑定アイテムが……壊れた」
「す、すす、すみません! 大事な魔力診断のできるアイテムを壊してしまって」
これでも一応元貴族だ。魔力鑑定できるアイテムが、どれだけ高価なものなのかを知っている。それを壊してしまったとなると、弁償しなければならない。さすがにローブの時のようにはいかないだろう。
「すみません。魔力鑑定アイテムの弁償は時間がかかってもします。壊してしまい、すみません」
頭を下げ、ルナさんに謝る。
「テオ……君」
ルナさんの声音が普段よりも低いような気がする。これはやっぱり説教くらいはされるか。
怒られるのを覚悟すると、彼女は俺の肩に手を置く。
「凄いわ!」
「え?」
予想外の言葉に、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
「普通、魔力鑑定アイテムは壊れないようになっているのよ。それを壊すなんて凄まじい量の魔力を持っているってことよ! やっぱり凄い逸材なのね! テオ君と出会えるなんて本当にラッキーだわ!」
まるで欲しかったオモチャを買ってもらった子どものように、ルナさんは目を輝かせていた。
「ルナさん、怒らないのですか? 貴重なアイテムを壊したのですよ?」
「なんでテオ君を怒らないといけないのよ。鑑定アイテムが判定できないほどの男ってことじゃない。そんな人を怒ったら、逆に天罰が下されるわよ」
当然のように言われると、それはそれで申し訳ないような気持ちになってしまう。
まぁ、鑑定アイテムの弁償は、なんらかの形で返すとするか。
「もう、私からテオ君に教えることは何もないわ。免許皆伝よ。これからは自分の力で好きなように魔法を生み出せばいいわ。それだけの力を、君は持っている。それじゃ、町に行きましょうか」
ご機嫌な様子でルナさんが歩き出し、俺は彼女に付いて行く。
それから1時間ほど歩くと、森を抜けてギルドのある町に辿り着く。
ルナさんが町の門番に話をつけ、町の中に入る許可をもらうと、俺たちは早速ギルドに向かった。
さて、一刻も早く依頼を受けて、着替えと宿代を稼がないとな。いつまでもローブの内側が全裸と言う訳にもいかない。
ギルドの扉を開けて建物の中に入る。そして受付に向かおうとしたその時。
「ちょっと待った! そこのお前、足を止めろ!」
見知らぬ男から声をかけられ、俺は足を止めた。
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