第六話 どうやら、俺が追放されたことは広まっているらしい
「ちょっと待った! そこのお前、足を止めろ!」
ギルドの受付に向かおうとすると、1人の男に呼び止められる。頭を角刈りにした屈強そうな体付きをしている男だ。彼は俺の顔を見ながらこちらに近付いてくる。
「その黒い髪に黒い瞳、そしてムカつく程の整った顔立ち。お前、テオだな」
「そうだが、それがどうかしたか?」
「プッ、ダハハ! ダハハハハハ!」
テオ本人であることを告げると、角刈りの男はいきなり笑い出した。
こいつ、いきなりどうして笑い出す? 俺、別に変なことを言っていないよな?
「ダハハハハハ! まさかイルムガルド率いる貴族パーティーから追放されるような間抜けに、こうして出会えるとは思わなかったぜ」
続けて語る男の言葉を聞き、どうして彼が笑い出したのか理解する。
あー、やっぱり俺って、イルムガルドから追放された男として有名人なんだな。
「俺ってそんなに有名なのか?」
「ああ、有名だ。サインが欲しいくらいにな。ダハハハハ!」
なるほど、彼は俺のサインが欲しいのか。だから声をかけてきたんだな。
「ルナさんペンを持っている?」
「羽ペン? ええ、持っているわよ」
ショルダーバッグ型のアイテムボックスから、ルナさんが羽ペンとインクを取り出すと俺に手渡す。
彼女から受け取り、蓋を開けて羽ペンにインクを染み込ませると、男の手の甲に『テオ』と書く。
「テメー! 何をしやがる!」
「え? 俺のサインが欲しいって言ったじゃないか。だから書いてあげたのに……ああ、場所が嫌だったのか? ならその額に書いてあげようか?」
「ふざけるな! サインが欲しいって言ったのはお前をバカにするために決まっているだろう!」
えー! 俺のことをバカにしていたの! てっきり熱烈なファンなのかと思っていたのだけど。
「もう怒った! イルムガルドから追放されるようなクズは、俺様が叩きのめしてくれる!」
「いい加減にしてよ! これ以上暴れたら他の冒険者たちに迷惑がかかるじゃない! それに悪いのはイルムガルドよ。テオ君を追放したのは間違っているわ!」
角刈りの男が声を上げ、殴りかかろうとしたその時、ルナさんが声を上げて俺を庇ってくれた。
彼女の声を聞いた角刈りの男は動きを止め、ルナさんの方に顔を向ける。
「何だと! このアマ…………ズッキューン!」
一旦ルナさんを睨み付けたかと思うと、男は変な効果音を口にして体を仰け反る。
「上品なクラシカルストレートの赤髪、長いまつ毛に美しい容姿、そして何より大きいおっぱい! 俺好みの女じゃないか!」
声音を強めてルナさんの魅力を語り出す角刈りの男は、仰け反った体を元に戻すと右手を前に差し出す。
「俺様はオルガって言います。あなたに一目惚れだ。どうか、俺と付き合ってくれ!」
「嫌よ。あなたって全然タイプじゃないもの」
「ガハッ!」
思い切った告白を即答で拒絶された男は、膝から崩れ落ちて両手を床につける。
「うっわダッセー、女に告白して瞬殺されてやるの」
「オルガ、1回自分の顔を鏡で見た方が良いぞ。そんな顔ではブスくらいしか、落とせねぇって」
傍観していた冒険者たちが、オルガが振られたことに対して野次を飛ばしてくる。
なんだか、可哀想に思えてきたな。
「元気出せよ。いつか良い出会いが巡ってくるから」
「うるせー! 俺は女にモテたくってAランク冒険者まで上り詰めたのだぞ! それなのに、顔面凶器だの! 顔がキモいだの! 髪型がダサいなどと言って俺様をフリやがって! これで通算101回目の失恋だぞ! この気持ち、お前のような顔立ちの整ったやつには分かるまい。こうなったら八つ当たりだ!」
オルガが勢いよく立ち上がると、腕を引いて素早く拳を放ってくる。
腕のバネを効かせて鋭い一撃を当てようとしているな。でも、バカ正直に攻撃を食らってあげる訳にはいかない。
「サルコペニア」
魔法を発動した瞬間、男の動きが鈍くなる。スピードが落ちた拳は簡単に避けることができ、足を前に出すとオルガは引っかかって転倒し、顔面を床にぶつける。
「いったい何が起きた」
顔面を抑えながらオルガはよろよろと立ち上がる。そして手を離すと、彼の前歯が1本なくなっていた。
床に思いっきりぶつけたことで、歯が折れてしまったんだな。これは狙ってはいなかったけど、まさかここまで筋肉が減少するとは思わなかった。
今使ったサルコペニアは、筋肉の量を減少させる弱体化魔法だ。
あの魔法を受けると、筋肉の元となる筋タンパク質の分解が、筋タンパク質の合成を上回せる。それにより筋肉の量を減少させたのだ。
デバフの影響で全身の筋力低下が発生し、攻撃力、防御力、素早さが著しく低くなる。
この魔法はひとつで3つの効果を与えることができる。さらに、速度が落ちたことで回避率が下がり、攻撃側は必中に近い状態にすることも可能だ。
「さて、ここまで弱体化させれば、俺にバフをかけなくても良いだろう」
オルガの腕を掴み、一本背負いで彼を床に叩き付ける。
「ガハッ!」
叩き付けた際に打ちどころが悪かったのか、彼は白目を剥いて気を失っていた。
「嘘だろう。筋肉だけが取り柄のAランク冒険者のオルガを倒すなんて」
「今の感じからして、別に肉体強化の魔法は使っていなかったよな」
「イルムガルドはこんなに才能があるテオを追放したって言うのか?」
「もしかしてあの貴族様の方が無能なんじゃないのか?」
簡単にAランク冒険者を倒したことで、ギルド内にいた他の冒険者たちもがざわめき出す。
邪魔が入ってしまったけど、これで心置きなく依頼を受けられる。
今度こそ依頼を受けようと受付に向かったその時。
「騒がしいぞ! 俺が気持ちよく眠っていたのに起こしやがって! よくも俺の安眠を邪魔してくれたな!」
ギルドマスター室と書かれたプレートのある部屋から、1人の男が飛び出してきた。
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